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115, ここで「数の叡智による同一視」について考えます。その概要とは、ある比較対象同士の誤差ベクトルをゼロに近づける調整です。ところで「仮想短冊の通貨」における誤差ベクトルとは……?

「それでは、『シグハッシュオール』による不思議な事象とは、いったい何かしら? ちゃんと、こいつにもわかるように説明しなさいよ?」

「えっ?」


 この流れで俺に話を振らないでくれ……。


「それでは、女神ネゲート様、そして女神の担い手様。ここで『数の叡智による同一視』について考えます。」

「……。」


 いきなり、そんなのが飛び出てきたのでは、もはや打つ手がないため、黙っておきます。これも戦略の一つです。それにしても、チェーン自体が『数の叡智』の塊であることはよくわかりました。


「同一視? それで?」

「女神ネゲート様。その概要を簡単にまとめると、ある比較対象同士の誤差ベクトルをゼロに近づける調整です。」

「そうね。ところで、なぜ誤差ベクトルなのかしら?」

「女神ネゲート様。誤差ベクトルの概念自体は『精霊の知恵……深層学習』などに好んで利用される手法で、回帰や分類などで多用されております。例えば、『大過去』から現実に映し出された実際の値と、まだ『大過去』において『非局所性の確率』により揺らいでいる期待値から表わされた値との差をゼロに近づける過程などで誤差ベクトルを扱う機会があると存じます。」


 フィーさんがこの場にいたら、泣いて喜びそうな内容ですね。


「それで、そのような誤差ベクトルが、どうやって『仮想短冊の通貨』に絡んでくるのかしら?」

「女神ネゲート様。ここで、彼らの言葉を思い出してみてください。」

「彼らの言葉……? そうね……、『仮想短冊は善を信じない。数の叡智により、どんな奴らであってもその強制力から従うざるを得ず、時間単位で発行枚数が定まる非中央な通貨』……、これよね? よって、数の叡智で緻密に計算されているはず。そこに誤差ベクトルなんて、あり得ないわよ?」

「女神ネゲート様。たしかに、ごく普通に『仮想短冊の通貨』を利用している分には、そこに誤差ベクトルの概念など一切ございません。ウォレットと呼ばれる機構が正確に計算しております。」

「つまり……。ごく普通に利用している分には……、それって!」

「さようでございます、女神ネゲート様。そのお気づきの点です。彼らは『どんな奴らであっても』と表現しています。ところで、そのような奴らが、果たして普通の使い方をするのでしょうか。」

「それ、普通ではない使い方で、誤差ベクトルの概念が発生すると言いたいのね?」

「さようでございます、女神ネゲート様。まず、この手法についての発言は避けますが、もし誤差ベクトルが生じた場合であっても、その誤差ベクトル自身が『シグハッシュオール』に含まれているのなら、誤差ベクトルの概念が現実に映し出された瞬間にハッシュが変わるため、それにより署名が変わります。よって、普通ではない使い方をする奴らに見破られる確率はほぼゼロに匹敵し、実用上、問題はないはずでした。この点は『数の叡智』を専門とする神官の方々により確認できております。」

「それって……。誤差ベクトルが現実に映し出されても、ハッシュは変化なしだったようね?」

「さようでございます、女神ネゲート様。よって、普通ではない使い方をする奴らが生み出したおぞましい署名と、誤差ベクトルの概念がない本物の署名が『同一視』される可能性が、僅かにある。そこに問題がございます。」

「……。もしかしたら、『仮想短冊の通貨』を奪うという行為を大精霊が民に推奨している地域一帯に、よく取られちゃうのって、それなのかしら?」


 よく取られちゃうって……。おいおい。というか、そんな大精霊がいるのかよ。ああでもそういや、シィーさんが「豪快な件」で騒いでいた頃、たくさん出てきていたな。


「女神ネゲート様。まずは落ち着いてください。」

「わかったわ。深呼吸よね。……。それにしても、わたしはダメな女神ね。……。」


 ダメな女神か……。少しは反省し、ちょっとは落ち着くのかな。


「女神ネゲート様。そう、落ち込む必要はございません。実は今回、大精霊フィー様より『精霊の推論』の利用許可をいただけた要因として、この問題を修復する事が含まれています。」

「……。そうよね、フィーの許可がないと『精霊の推論』は使えないはず。なんだ……。それで、ちゃんと修復できる見通しがあるようね!」

「さようでございます、女神ネゲート様。あらゆる方向性からシミュレーションする過程が残ってはおりますが、手立てはあります。そこで、その代わりとして、お願いごとがございます。」

「お願いごと? それは、なにかしら?」


 直るのなら朗報ではないか。でも、そこでしっかりとお願いごとを挟む、ですね。


「それは、彼らを過信してはならないということです。なぜなら、この問題について……彼らはすでに知っている可能性もあるためです。そこで、非常に遠回しな表現として『プライバシーの保護』という言葉を執拗に繰り返して便利に使っていたという状況証拠がございます。正直、プライバシー位なら、多少のトランザクションが第三者にみられたところで、そんなの誰も気にしないでしょう。ところが、この問題は、特に『額が大きい場合』は困ります。」

「……。肝に銘じるわ。ありがとう。なんか、つながってきた感じがあるわ。たしかに、『プライバシーの保護』にこだわっていた。でも、もともとが『全取引を公開するのがポリシー』なのだから、そこまで気にする必要はないわよね、という疑問は常にあった。つまり、その『プライバシーの保護』というのは、プライバシーの保護が重要だったのではなくて、その『同一視』の確率を大幅に下げるための必要不可欠な行動だった、こんな感じかしら?」

「さようでございます、女神ネゲート様。要点を完璧に述べられました。」


 無理難題を要求してくると思いきや、ネゲートを護るためのお願いだった。「カネの問題」でマイナス評価だったのですが、ちょっとは見直しましたよ。


「結局……『プライバシーの保護』という概念がスケープゴートになっていた可能性がある、ということね。だから、しつこかった。」


 それにしても、俺なんかにはよくわからない仮想短冊の仕組みです。でもね、あの取引内容が第三者に公開されたところで、気になる点は特にありません。なるほど、でした。

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