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111, 新しい時代の始まり。ただし、ある地域一帯を除いて。

 あのシィーさんが「仮想短冊の通貨」を受け入れた。あれだけ「チェーン管理精霊」などに反発姿勢を崩さなかった「時代を創る大精霊」のシィーさんが「仮想短冊の通貨」を承認したという大きな時代の変化……すなわち「新しい時代の始まり」は、瞬く間にこの地全体を駆け巡りました。


 たまにはネゲートを褒めてやろうと奮い立ちましたが……、フィーさんの「甘いもの」をつまみ食いしているのでやめました。


「なにかしら? そうね……、いっしょに食べる?」

「あのな……、それ、フィーさんの『甘いもの』だろ。少しは遠慮しろよ……。」

「あら? なにか言いたそうね?」

「言いたいことね……。うーん。」

「そうね……、もっと褒めていいのよ。」

「そうくるか……。」


 無邪気な喜びに満ちた表情を浮かべながら、俺を深く揺さぶってきます。ああ……。


「ところで、女神としての評価はいかほどかしら?」

「ああ、それについては素晴らしいの一言に尽きるよ。我慢の限界を迎えたラムダを落ち着かせ、地のチェーンを受け入れながら、『仮想短冊の通貨』を拒絶して一切心を開かなかったシィーさんを説得するなんてね。」

「そうそう。もっと褒めて。」


 そうです。ネゲートは調子に乗りやすい。褒めるのはこの辺にしておきましょう。


「ああ、それでさ……、いよいよ俺の『ミーム』がデプロイみたいだね……。」

「それね、最高な機会に恵まれたわよ。」

「でもさ、俺の『ミーム』の象徴……。『ネゲ犬』の俺版のようなネーミングって……。」

「気にしないで。わかりやすさはとっても大事なのよ。特にあんたの名は……、『仮想短冊の通貨』と深い関わりがあるから。」

「深い関わり……?」


 おいおい、平仮名で三文字のごく平凡な名だぞ。これが、どう関わっているのだろうか……。気にはなるが、難解な話になりそうな予感がするので、遠慮させていただき、そっとその話題から離れることにしました。


「とにかく、困難な局面を乗り越えた。チェーンのメインストリームに携わっていたフィーさんも安心したはずだよ。」

「なーに、この程度のこと、女神ネゲート様にまかせておきなさい。フィーはああ見えて、このような非局所性が強い、いわゆる勝負事が大いに関わる交渉には弱い傾向があるの。そのあたりは女神であるわたしが今後もサポートしていく形になるわ。」

「そうなんだ。ふーん。」

「あら? 意外なご様子ね?」

「まあね。」


 フィーさんには大量の「犬」を回転させて大いに増やした経緯があるため、勝負事には強いのかなと勝手に思い描いてはいたのですが、そうではなかったようですね。


「特にフィーの弱い面については……『非局所性な確率』は苦手なの。もちろんフィーのことだから、その概念や式などは完璧に理解しているわよ。それでも苦手。今でも時々『創造主が宇宙をそんな仕組みにするわけがない』と、ごねるときがあるのよ。その悪い癖だけは今後も直りそうにないわね。」


 ……。それはまずい。そんなのに巻き込まれたら、どうにもならない。おそらく「甘いもの」でご機嫌を取る巧妙な作戦すら歯が立たないだろう。


「そんな訳のわからないものは苦手で問題ないと、『女神の担い手』の立場で判断させていただきます。フィーさんの解釈で大正解です。」

「な、なによ……、もう。」


 とにかく無事で何よりです。最近は胸が締め付けられる話題ばかりだったので、やっと、穏やかでいい感じになってきました。


「それでさ……、ちょっといいかな?」

「なによ? 改まって?」

「いやその……。シィーさんが『仮想短冊の通貨』を受け入れたら、短冊の価値が急激に大きく跳ね上がるとみていたんだが……、そうでもないよね? いったん下がってから、じわじわと上げ始めたよね?」

「あのね……。それには訳があるのよ。『仮想短冊の通貨』には、シィーが『売り売り』で壊した『ノルム』の修復という大切な役割があるから、その壊れた場所の修復に、どうしても短冊に宿った価値が奪われるのよ。実際に、そのような価値の移動……換金があったようね。でも、その修復の成果もあって、シィーの『きずな』の利率は何とか危険水準一歩手前で踏み止まっているわよ。」

「やっぱりそれか。」

「それで、今だから話せるけど……、シィーの『きずな』の保有者が、隙を見ながら己の保有するシィーの『きずな』を売り続けていたのよ。それで、そんな状況にも関わらず、シィーはより多くの『きずな』を売ろうと試みたのよ。ところが、当然ながら買い手には関心がない。そのため、その余った『きずな』については、シィーとは独立した『シィーの頼れる精霊によって構成された専門の機関』に介入させる形で買わせようとしていたのよ……。ところがそのような事をしたら、ただでさえ悪い傾向のインフレがさらに悪化してしまう。そこで考え付いたのが、そう……どこかの地域一帯に買い占めてもらうように働きかけていたのよ。それはもう、極上の待遇で招き入れ、その余ったシィーの『きずな』を全て買い占めていただくのかしら。」


 ……。なんだよ、どこかに必ず買ってもらえることを前提とした「きずな」の売り方……。


「あのさ、それ……、シィーさんの余った『きずな』を買い占めていただく、ではなくて、押し付けられた、だよね?」

「やっとわかってきたようね? この地の暗黙のルールについて。」

「そして、シィー様にありがたく買わせていただきました、になるんだ。そうだよね。」

「そうそう、それそれ。」

「いつも……そんな感じなの? それにしても、そんなのを押し付けられた所は泣きたくもなる。」

「そうよ。」

「そんな状況、長くは持たない。早いところ『ノルム』の修復をしよう。そうだね?」

「もう……。そんなに簡単な話ではないわよ。ある程度『ノルム』が修復されてきたところで、それに安堵を覚えたシィーが『売り売り』を再開しない事が重要なのよ。」


 ……。やっとの事で直ってきたら、また「売り売り」してしまうのか。


「えっ? シィーさんは『売り売り』に懲りたのでは?」

「シィーがそう簡単に『売り売り』をやめるわけがないの。すでに、シィーがいつ『売り売り』を本格的に再開するのか……そんな『観測』が市場を駆け巡っているわよ。」

「なんだよそれは、そんな『観測』って……。」

「実際、こんな状況でシィーが『売り売り』を再開したら……値が泡のように膨れ上がるからね。」

「……。そういうことか。それでも短期なら儲かる。ああもう、どうなっているんだ。」

「でもね、シィーが悪いわけではないの。では、何が悪なのか。それについて考えてみなさい。」

「えっ? そうだね……。」


 唐突に、そう問われてもな……。なんだろう。


「……。」

「このような問いへの答えには『悪い方向に染まってしまう弱い心』など、それに類似した解釈でまとまっていることが多いわね。でも、それでは的を得ていないのよ。なぜなら、『悪い方向に染まってしまう』原因が何なのか、それを具体的に示していないからよ。」

「つまり、その具体的な原因が、悪になるのね?」

「そうよ。そしてそれは……『きずな』になるの。」


 やはり「きずな」でした。シィーさんをおかしな方向へ走らせる、それが「きずな」ですから。


「そうなるよね。シィーさんが暴走したのではなく……『きずな』が暴走したと解釈できるから。」

「そうよ。『きずな』の最大の問題点は、政に左右され、価値を保持する短冊に価値をロックするための機構が存在しない点よ。つまり、精霊や大精霊なら、短冊に宿る価値を自由に書き換えながら引き出せるのよ。それで……気が付いたら、とんでもないことになるの。それが、今よ。」

「……。」

「それに対して『仮想短冊の通貨』は、価値を保持する短冊に価値をロックするための機構が備わっている点が重要なのよ。そして、そのロックを含めた短冊をハッシュにしてチェーンで結んでいく。そのハッシュの不可逆性により、そのロックされた内容をチェーン承認後に変えることが絶対にできない。もしロックの内容を書き換えるとハッシュが変わるので、チェーンとして結べなくなる仕組みが備わっている点も重要で、決まった額以上は自由に引き出せない仕組みが、そこにあるのよ。」


 なるほど。


「何となくだけど、そのロックは精霊や大精霊の力でも解除できない。そうだよね?」

「そうよ、大正解。そのロックを解除できるのは、そのロックを解除できる鍵を持っている方のみになるわ。そして、その鍵は特別な仕様ではない。つまり、精霊や大精霊に限定されず誰にでも鍵を持てるのよ。それゆえに『非中央』になる。それがわたしの神託に刻まれているわ。」

「その神託……、マッピングでは『平和への神託』と呼ばれ始めたよ。たしか、シィーさんの地域一帯でも若い世代を中心に『仮想短冊の通貨』がすでに広く普及していて、『量子ビットの炸裂』のような概念には断固反対の立場を表明していたよ。こんな概念でも利率が動いていたからね……。」

「その平和への流れ……本当に感慨深いわ。利率が動く理由については、『きずな』が暴走して手に負えなくなり、ついにそれをリセットする時を迎えると……、『量子ビットの炸裂』のような物騒な概念が必要となるからなの。ねぇ、こんなのでは……、もうダメでしょう。こんな仕組みで持続可能と考える方がよっぽど、頭の治療が必要よね。ふふふ。」

「ああ……。」


 俺がこの地に呼ばれたのは、そのためなのか。……。この女神様を護り抜けば、平和が訪れるであろう。そんな気がした。


「では、あともう一つ。わかるかしら?」

「えっ? まだあるの? それは……。」

「もう。あんた、元トレーダーでしょう?」

「ああ、はい。」

「だったらわかるはず。この地最大の市場へようこそというニュアンスを持つ一種のご洗礼よ。いわゆる挨拶代わりの『売り』を忘れてはならないわ。」

「……。ああ、それか。そうだよね。シィーさんの市場の挨拶は『売り』だ。『売り』で歓迎……ウエルカムしてきたのか!」


 売りでご挨拶。何ともシィーさんらしいですね。


「どうしてもアルゴリズム型のステーブルが嫌で『豪快な件』を引き起こす位だからね。ご洗礼くらい、平然とやるわよ。」

「『豪快な件』って……。ああ、あれか。あれ……。そうなんだ。」


 ステーブルという概念はよくわからないが、あれほどの事態を引き起こすほど嫌だったのか。


「『豪快な件』は断罪すると強気になっていたようだけど……。その結果はそろそろかしら。そんな事はせず、素直にステーブルの件を認め、元の生活に戻すよう切に願うわ。」

「……。そう、願いたいね。」

「さーて。雑談はここまでにしましょう。そこにいるのでしょう? 入ってきなさい。」


 はい? 急に……?


「誰か来るの、ここに?」

「そう。新しい時代を始まりを歓迎できない者が来るのよ。」

「それって……。新しい時代の始まり。ただし、ある地域一帯を除いて。こんな感じかな。全部はうまく回らない。」

「あら、女神の担い手としての自覚に芽生えてきたようね?」

「色々なことがあり過ぎて、嫌でも成長するのさ。これでいいかい?」

「そうね……。色々なこと、ね。」


 ネゲートがしんみりとした表情を浮かべている。何か、心を寂しさで包むような想い出を静かに頭の中で巡らせているかのようだった。その様子は……、見ているこっちまで寂しい気持ちにさせた。なんだろう……。


 そして、急に場の空気が重くなります。ゆっくりと扉が開き、そこには……、怪訝な表情を浮かべたあの神々が姿を現します……。見た瞬間、俺と目が合います。こいつは……、俺がこの地にやってきて日が浅いころ、フィーさんとシィーさんを呼び出してさ、フィーさんを自分の勢力に取り込もうとした謀を企てた者だ。あの頃のシィーさんは穏やかだった。まだ余裕があったのだろう。


 でも、そう考えると……「時代を創る大精霊」を相手にしても、勝てる見通しがあるのなら謀を仕掛けてくる。そんな奴だ。まあ……フィーさんも女神だった時代があるので、その地点で……。


 その表情から察するに、ネゲートに対して何か強く言いたいことがあるのだろう。相手が女神であっても、怯むことなく自分の意見を押し通してくるだろう。ただし、ネゲートは手強い相手になるね。こいつも、平然と先々を見越しながら、反論を述べ始めたら止まらないからね。


 ただ……。俺とネゲートの前で、ひれ伏し、何かを乞うような態度を取り始めた。いきなり何だよ。


「女神ネゲート様への忠義の情、絶えず曇ることなく明朗にしてあります。どうか、この度は我らをお救い賜わりますよう、よろしくお願い申し上げます。」


 堅苦しい挨拶から始まりました。


「そう。それなら、いきなり本題からでもよろしいかしら?」

「ありがたき幸せに存じます、女神ネゲート様。我らの忠誠は常に、女神ネゲート様へと捧げられます。」


 あの……。その忠誠って……。ここの君主様はフィーさんですよ……。まあ……、シィーさんに対しても非常に丁寧な言い回しをしていたので、こんなものなのかな。


「それでは本題よ。妖精たちが『カネの問題』で騒ぎ始めた件についてね。その事象が起きたのは、あなたが『量子ビットの炸裂』の件でシィーに苦言を呈した数日後。それで合っているわね?」

「さようでございますとも、女神ネゲート様。」

「うん、それなら大丈夫。すでに解決済みよ。シィーが『仮想短冊の通貨』を受け入れたことで、シィーの『きずな』の利率が落ち着き始めたの。つまり、近いうちにシィーの飼い犬たちは手を引く事でしょう。これでよろしいかしら?」


 ……。俺はフィーさんの介在をしています。よって、フィーさん宛てには、不満が募った民からの応援に近いメッセージがたくさん届きます。でもこれってさ……、ああ……。思わずネゲートの顔を覗き込んでしまいました。


「ちょっと、あんた。変な目でわたしをみないでくれる?」

「だって、それって……、『カネの問題』でしょう。なんか、論点がずれ過ぎて、ついていけない。」

「もう……。早く慣れなさい。量子ビットがこの地で炸裂するより、全然ましでしょう。わたしだって、もう……。」

「……。はーい。」


 わかったよ。これも処世の一つ。これ以上はノーコメント。深い位置で触れてはならない。そう強く心に刻みます。でもな……。


「感謝の念、尽きることなく存じ上げます、女神ネゲート様。ところが、まだ問題がございます。」

「まだあると? 何かしら? 言ってみなさい。」


 その瞬間、俺は見逃さなかった。急に、攻撃的な顔つきにガラッと変わりました。つまり、あの神々にとっては、本題は「カネの問題」ではなく、これから問題提議される内容、ということです、何だろう。


「女神ネゲート様、それは『地のチェーン』の存在、そのものでございます。」


 えっ? 何で、そこで「地のチェーン」が出てくるのさ?


「それで? 続きを話しなさい。」

「それでは女神ネゲート様、しかと我らの願いを、その寛容なお心にしっかりとお受け止めください。今回先立ってシィー様が是認されたアセットにつきましては、それは『現物のゴールド』に匹敵するものであって『この地の主要な大精霊の通貨』とは直接的に敵対するものではございません。それゆえに、シィー様は受け入れる事ができたと、我らは頑なに信じてやまないのです。」

「それで?」

「ところが『地のチェーン』については、その事情が大きく異なります。この地の経済を創り、支える『この地の主要な大精霊の通貨』や『大精霊のきずな』が、地のチェーンによって危険に晒される事になります。つまり、間違いなくこの地のバランスを大きく乱すことにつながります。」


 えっ?


「それで?」

「信じがたいことに、彼らは……、超越した力に匹敵するものとして『膨大な数のトランザクションを一度に処理』するという、とんでもない代物をこの地に呼び起こそうと企てているとは……。これは、過去に起きた凄惨な出来事……、すべての『地の大精霊』たちを敵に回した『無尽蔵なエネルギー』に匹敵するのでございます。ですから、この場でお目覚めください、女神ネゲート様。」

「そう……。それで、何に目覚めろと、女神に要求しているのかしら?」

「女神ネゲート様、このような超越した力に匹敵するものは……便利という概念には当たらず、ただただ『恐ろしい』。この一言に尽きます。何事も、ほどほどの力がちょうど良い。女神ネゲート様、どうか、我らの願いをお受け止めください! いつの時代も、このような超越したものは、恐れられ、混乱や厄災を招きます。」

「そう。言いたいことはそれだけかしら?」


 ネゲートは腕を組み、じっとその者をみつめている。


「我らは今でも……、麗しき女神コンジュゲート様への忠義の心を忘れません。この地のバランスを崩すという事は……、女神でさえも抗えぬ力に押しつぶされる。そう、我らは解釈しているのでございます。」


 女神コンジュゲートって? 初めて聞く名だ。その方が、この地のバランスを崩したの?


「……。そこで、わたしの姉の名を出すなんて……。なるほど、それでわたしを説き伏せようと悪知恵を絞ってきたようね?」


 えっ? ネゲートに姉がいるんだ。それが……麗しきコンジュゲート様、ね。ただなぜか……ネゲートの表情が暗いです。こいつ、すぐ表情に出るからね。それなのに、意図や戦略を相手に読まれないようにすることが大切な交渉の場にはなぜか強いときた。


「女神ネゲート様。この地のバランスを崩しては絶対になりません。『地のチェーン』がシィー様に受け入れられる前に、あのチェーンだけは絶対に止めるのです。現地点では、シィー様に『地のチェーン』が受け入れられる確率は半々だと……、シィー様の頼れる精霊の方々より伺い、ほっと胸をなでおろしましたが……、本来、そのような承認など、絶対にあってはならない。このような助言に至るのは、女神ネゲート様がご心配ゆえへのお願いでございます。なぜなら、女神コンジュゲート様は、無尽蔵のエネルギーの件で心半ばこの地から……。」

「ちょっと! それ以上は……怒るわよ?」


 ネゲートがあの神々の説き伏せを怒号で遮りました。それにしても……、コンジュゲートは心半ばでこの地から、とは……? ネゲートの暗い表情から察するに、それは……。


「女神ネゲート様、誠に申し訳なく存じます。憂慮のあまり、度を越えたる発言を……。」

「ふざけないで! もう少しまともな知恵の絞り方はできないのかしら?」

「女神ネゲート様、ふざけてなどございません。女神ネゲート様はこの地の宝です。その女神様より賜れたあの神託も尊重します。それでも、この地のバランスを崩す事だけは絶対に許されません。どうか、この願いを……この地のために、この場で受け入れて賜るよう、よろしくお願い申し上げるのです。」


 ああ……。しつこく食らい付いてきますね。


「あら、そうね。そっちがわたしの姉の名を出してまで説き伏せてくる気なら、わたしだってあなたに伺いたいことがあるの。そうね……、そうそう、ある市場で、さっそく網にめがけて餌をまき、その網に集めた小魚たちを幸福感に包ませ、その間に、シィーが放った獰猛なサメ達に、それらを捕食させたようね?」

「女神ネゲート様……。そ、それは!」


 えっ、何? 餌をまいて、サメに食わせた……? いや違う、それは何かの例え。ああ、その小魚って、相場でボロ負けした俺のような集まりだろうな!


「だからなに? 真実でしょう。何を思い立ったのか、キャピタルやインカムから『民が精霊に納めるお願い』を大幅に免除したのよね? それでつい、やってしまったのかしらね? この大判振る舞いによって、誰もがバラ色の人生を歩める、ですって?」


 ……。よくわからんが、キャピタルやインカムにかかる、あれが、免除されるのかな? あれってさ、相場で利益確定する度に同時に引かれていた、あれだよね? そういう仕組みだったよ。とはいえ、損切りの時は戻ってきた。そこだけは公平だった。なつかしい。


「女神ネゲート様、それは邪推し過ぎのようでございます。我らは公平な投資機会を民に与えたにすぎませぬ。そのような揶揄は、行き過ぎております。」

「そうね。一応、その公平な投資機会を与えるというポリシーに沿って、投資の教育は始めたようね?」

「さようでございます、女神ネゲート様。」

「それで、ちゃんと教えたのかしら? シィーが市場に放った、どう猛なサメ達に、食われたら、おしまいって。それこそ売買板を壊すような無茶苦茶な売り方をしても、シィーに忠義を尽くすサメたちにはお咎めが一切ないので、民は泣き寝入りのみで、どうしようもない。それも、ちゃんと教えた? そのようなシィーのサメたちは『飢えた獣』と揶揄され、いくら哀れな小魚たちを捕食しても、その腹は決して満たされない。一度でも狙われたら、何度でも、売ってくる。それも、ちゃんと教えた?」


 ……。


「そ、それは……。女神ネゲート様、落ち着いてください。」

「何が、落ち着いてください、よ? どうせ最後は、女神の担い手に泣き付く策で、わざわざここに足を運んだのよね? ほんと、考えが甘い。」

「女神ネゲート様、それは……。」


 俺に泣き付くだと? そんな相場をみせられた上で、頼み事など勘弁してくれよ。


「とにかくわたしは、考えを変えるつもりは一切ないから。『地のチェーン』はわたしが女神の力で受け入れたのよ? それには複雑な事象の絡み合い……この地のバランスを十分に考慮して受け入れたの。女神としてのこの決意、あなたにわかるかしら?」

「そうですとも……。そうです、このような危機に備え、創造神様は『女神の担い手』様をこの地に遣わせたのでございます。今回は、我らに正義がございます。」

「ちょっと? わたしの話を聞いているのかしら? 何か危機なの? 正義? ふざけているのかしら? いい加減にしなさいよ?」


 どうやら俺の出番ですね。俺だって考えを変えるつもりは一切ありません。しっかりと、この女神様を護り抜きます。おそらく「この地の基軸通貨」の件が絡んできます。なぜなら、あの神々は女神の与信を恐れていたからです。確かに、女神の力は利便性を大きく通り過ごして、触れることすらできない、ただ恐れられる存在……それこそ「畏怖による脅威」になっているのかもしれません。しかし、「平和への神託」を導けるのも女神の力のみです。そこを強調し、説得します。

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