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10, チャートに存在するノイズ

 ようやく、犬の投げに大成功して嬉しすぎる俺。おいおい、そんなのが、そんなに嬉しいのかって? 一応、この地に連れてこられて以来の最大の成果なんですから、当然です。あのまま記憶を失っていき、フィーさんの犬……ペットになるかもしれないという拭えない不安から解放されたことも大きいです! もちろん、信用はしていましたが、そこだけは……心配でした! 最近は、毎朝がスッキリで快適です。


 それにしても、犬を受け取った直後の、あの、ゆるんだミィーの表情が、頭から離れない。あの表情……、帯の付いた札束が飛び交う現場でよくみたんです。おっ、このあたりはまだ鮮明に憶えているのかな。いや、絶対に忘れないだろう。なぜなら、そのような取引を割り切っていた奴なんかが「そんなのは朝飯前です」という自己PRを転職の際の……の強みとして、平然と並べ、それを自慢げに語っていたからです。メンタル面を含めて十分に鍛えさせていただたので、どうぞ、みたいです。どうぞ、ですって。しかもさ、その部分がとても気に入られて、採用だったとか。ちなみに、ただ書いただけではなく、その詳細を「しっかり書き上げた」のが良かったみたいです。これっ! もしよろしければ、ご参考にしていただけますと幸いでございます。……、えっ? 冒頭から、おかしな事を平然と口にするなって? 俺だって……、嘘であって欲しいですよ。


 さてさて、そのミィーです。あれから、うまくやっているのだろうか。俺から犬を受け取った後も、なかなか諦めずにフィーさんに承認をねだっていたからな。でも、あの諦めの悪さについては、ミィーの良い面かもしれませんね。それで粘って粘って粘って、結局……、たしか「設計図」だっけ? あれからすべてやり直し! で決着していました。あれだけの犬を渡したのだから、当分は余裕にやっていけるはずですから。でも、「設計図」って呼ぶくらいだから、それだけ、描くのは大変なのかな? まあ、頑張れや。


 そして、そろそろ俺自身も、この「犬」ってのに慣れてきたな。この犬で取引や、恵む行為を行うなんて、と思っていましたが、慣れると、これが普通になっていきます。犬は可愛いからという理由だけで誕生したらしいですね、これ。今は、その理由までもが気に入り始めました。だって、本当に価値があったのですから。


 そういや、今日は……、何をするんだっけ? 最近の朝は、こんな感じで始まります。案外、ゆったりとしたこのような朝って、すごく良い感じです。あっ! そうそう。投げるのに成功したご褒美に、フィーさんの投機手法の一部を授けていただく日だったな。はいっ! すでに散った俺に必要かどうかは、もはや関係ないんです。ここまで来たらさ、どうやったら勝てたのか、散った後に強く勉強というやつでしょうか。いや、それは違う! なぜかこんな俺にさ……「大切な犬」を授けたフィーさんです。もうこれ以上、失敗したくない! という強い気持ちがあります。


「おはようございます。」

「ディグさん、おはようございます、です。今日は、いよいよですね?」

「いよいよ? ……、本当に良いのですか?」

「たしか、わたしの手法でしたよね? ディグさんになら、それくらい、構いませんよ。」

「……念のための確認だったのですが、案外、あっさりと承諾だった事については、正直、驚いています。そういう手の内って、明かさないのが当たり前だと思っていたので……。」

「……、そうなのですか? この地では、書物などで、沢山、出回っているのですよ?」


 ああ……、フィーさん。その「書物」って、内容の方は大丈夫……? 俺の故郷でも、その手のものなら沢山ありましたよ。もちろん、ちゃんと分析した結果に基づいて書いてあるのなら良いのですが……、酷いのになると、新興ならあれが百以上になるのは当然とか、あれが一を切っているのは割安とか……、これから時流に乗る銘柄を買おうとか! ミニバブルでどうのこうとか……、そんなんで儲けられるなら、涙するほど楽ですよ! と言いたくなるものが多かったです。


 ちなみに、ミニバブルの前に、個人の大半はやられます。なぜか相場は、そういう成分で構成されているからです。そのような噂が出始めたら、必ず、近くに迫っている「大きなイベント」をチェックです。絶対に、そこに魔物が潜んでいます。無茶をしないように……。俺なんかに言われても……説得力ゼロか。


「俺の故郷でも沢山ありましたよ。すぐに儲かりそうな雰囲気があるので、ついつい、手を出して……。」

「ディグさん? ……、書物に儲かる手法を書く方など、絶対に、いないのです。」

「えっ!?」


 どういう意味なのですか、それは……?


「書物を手に取る方も、近い将来、ライバルになる可能性があるのですから、そこに、儲かる手法など書きません。書物に書くべきことは……『理論』なのです。」


 り、理論……?


「理論……って?」


 たしか今日は、手法の一部を授けていただく、だった、はず。理論って……。理論って……。少し位、遊び心というか、面白みを持たせた儲かる手法を書いたって、良いではないかっ! この地って、案外、お堅いのか? でもな……、犬。犬。大切な犬、です。


「ご興味があるのですね! さすがなのです。」


 いや、ないです! ……とは、言えないよな。


「まあ、儲けられるのなら何でも……。」

「では、朝食後、わたしのお気に入りの場にご招待いたします。」

「お気に入りの場……?」


 フィーさんのお気に入りの場って……。この地点で、寒気がしたんだ。うん、そこは……、俺にとって、とてもきつい場所なんだろうな。


 とりあえず、朝食後か。最近は反省の念も兼ね、朝食に……、あの「緑色の小さな実」を採用しました。この地の主食なのかな? たしかに、まずくておいしくなくて青臭いのがきついんですが、体は軽いです! 栄養満点なのは、たしかです。フィーさんも、最近は俺がこればかりなので、それに合わせたのか、これになりました。そもそもさ、ちょっと前まで思う存分いただいていた故郷の豪華な食べ物……、なぜ、フィーさんは口にしないのだろうか。別に、一緒にいただいてもね? ただ、未だにあれらの調達先が不明だった。まさか……いや、疑うのはダメ、やめておこう。味や風味は故郷と同じで、しっかりとしていたからね、自分の舌を信じます。そういう事情があるので、わざわざ詳細について伺うのも……ヤブから棒で、何だか、です。


 そんなことを考えていたら、アイスでも食いたくなってきた。もちろん、怒られますが……。


 栄養満点の実を、吐き出しそうになりながら! 完食です。いよいよ、フィーさんお気に入りの場へ、レッツゴーです。Go To フィーさんお気に入りの場、です!


「ここに、隠し扉があるのです。」

「隠し扉!?」


 いきなり、やばい始まり方です。隠し扉の先に、なにがあるのだろうか。一応、歩くための通路はキレイに整っていて、しっかりとあるのですが、案外長いです。しかも、下ってないかこれ!? ということは……地下か。


「ここなのです。」

「!?」


 何やら、机の上に沢山の読みかけの書物が開いたまま、沢山置かれている。


「あっ! それらは、今、さらに解読している書物です。」

「さらに解読!?」

「はい、なのです。常に知識を蓄えて、いざって時に活用するのです。そして、それらは全て、なんと、ディグさんの故郷で『チャート』と呼ばれているものに関する書物なのです。そして実は……、こちらでも『チャート』と呼ぶのです。なかなか、楽しいのですよ!」


 さらに解読って……。しかも、なんか楽しそうです。いや、すぐにその雰囲気はわかります。


「これは……。ああ……、はい。」

「どうです? 沢山あるので、いくら時間があっても足らないのです。」


 地下特有のぼんやりとした明るさも手伝って、どこまで本棚が並んでいるのか……。先々まで見通せないため、それが逆に、圧倒的な書物の存在感を掻き立てます。


「そ、そうなの? では、その読みかけの書物で、今日は、問題ないです!」


 何とか書物に触れなくて済むように、まじでそれだけは勘弁してほしいので、その場の書物だけで済むように、要領よく手配した、つもりだった。しかし……、なんて俺は愚かなんでしょうか。あのフィーさんが「読みかけ」だったんですよね? そうです、読みかけだったということは、あのフィーさんが、苦戦するような内容だったという事を示していました! そんなやばい書物たちに話題をふってしまった俺。魔物に向かって突進したようなもんです! 気が付いたら、狂った銘柄をたっぷりと信用で抱え込んでて、身動きが取れない! これと一緒か。


「ディグさん……、わたし、とても嬉しいのです。こんな日がくるなんて……。」

「そ、そうなの?」

「まずこの読みかけなのですが……、『チャート』をプリミティブな式に分解して、その分解過程に回転因子を用いるという、なかなかの内容なのです。」

「そ、そうなの? それはすごい……。」


 うん、チャートまではわかったよ。チャートまではね。


「プリミティブな式に分解できるってだけでもすごいのです! わたし、これだけで、気になって二日は寝付けなくなりました。ディグさんは、どうですか?」


 さて、どうしましょうか。プリミティブって、原始的な生物が……とかに使われる「原始的な」って意味だよね? それが式になるのかな? さてさて、何も思い浮かばない!


「うん、そうだね。原始的な式って、魅力的だよね?」

「ディグさん……、そこに魅力を感じるなんて……。」

「まあ、そうだね……。」

「今日はとことん、話が合いそうで、嬉しいのです!」


 適当なことを言って、さらに……、底なし沼に片足を突っ込んでしまった状況になっていないか、これ。まずいな、これは。どこかで緊急脱出でもしないと手遅れになるかも? ただ、こんなに嬉しそうなフィーさんをみるのは初めてかもしれない。まあ、何とかしますか。


「これで『チャート』に含まれる成分を、すべて取り出すのです。すると、面白い性質がみえてきます。そして、明らかに、ノイズが含まれているのです。さらに面白いのは、それが決まったパターンで訪れています。これは、そうです! ディグさん? なんでしょうか?」

「えっ!」


 急に問いなの? どうしましょう!


「ディグさん? すみません……。わたしって、興味分野になると、こういった悪い癖が出てしまうのです。今後は注意です。」

「ああ、別に、それくらいは……。」


 ホッとした瞬間でした。


「明らかに、事前に情報を掴んだ筋が売買した形跡なのです。」

「それってさ……!」


 それは市場の公平性から、絶対にダメなやつでは……。


「その筋は、うまくやったと高笑いで、さらには……『神々』の御前で、歴史に名を刻む話でもしているのでしょう。『チャート』をパッと見ただけでは、何もわかりませんから! しかし、プリミティブな分解には耐えられいのです。そこでわたしは、この性質と係数の探索に没頭し、その『ノイズ』を事前に割り出すことに成功したのです。そして、この『ノイズ』さえわかれば、あとはディグさん、わかりますよね? そう、『投機』……なのです。千倍返しのはじまりなのです。」


 フィーさん……。筋の動きを先読みして、投機で成功した。これが、ミィーや民がフィーさんを称える「時を詠む」に相当するのかな。もちろん、これについてはまったく問題ないさ。すごいと本気で思います! ただ……「神々」の御前でって、どういうこと? ああ……、はい。

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