108, なんだこの通貨は……。大きな耳を持ち、尻尾を生やした女神ネゲートが「犬」を名乗っているぞ。しかも、やばい上がり方をしています。
連日の忙しさから解放される、つかの間の休日がやってきました。それでつい……だらだらとマッピングをウォッチしてしまいます。
もちろん、こんなご時世ですから、シィーさんの「きずな」の件はトップ扱いでマッピングに流れてきます。何とも不穏な動き。元トレーダーとしての勘ですが、「きずな」を中心として各指標を組み立てている感じがしてなりません。本来なら各指標を参考に「きずな」の立ち位置が決まるはずです。つまり、目的と手段が逆となって、そんな違和感がたちまち拡散のち市場を覆い尽くしていく。
そこにふとわき出した「量子ビットの炸裂」という、魔の者たちすら恐れる概念のご登場です。万一、こんな概念で「総生産を上回る真っ赤な大精霊のきずな」と「マネタリーベースが壊れた大精霊の通貨」を買わせるようでは、それこそ「おしまい」です。ネゲートから伺った話では、フィーさんの目論見通り、近頃シィーさんの様子がおかしいようで……。「量子ビットの炸裂」の概念はいつでも手の内にあるとかなんとか……。ただ、そんな程度であっても利率は動いていたので、一定の効果があるようです……。いったい何の期待感で買われているのだろうか。ああ……。
ただ、この地は「量子ビットの炸裂」のような悲しい出来事ばかりが目立つのかと思いきや、そうでもなく……、そんなニュースばかりを眺めていると気が滅入るので、何気なく「仮想短冊の通貨」を眺めていました。これね……、ほんと、ネゲートが「七のぞろ目」で非代替性に登場した日を境に、全体的に相場の理を超えた上がり方をしていますよ。さらに、そこから拍車をかけたのが「仮想短冊の通貨」のイベントでネゲートが登壇したあの瞬間……、その時のやばい上げ幅といったら……。それを目の当たりにした俺は、「仮想短冊の通貨」にストップ幅やサーキットブレイカーの概念はなく「上にも下にも値幅制限なしで自由自在に動き回る」ことを初めて知りましたよ……。それでも、ああ、トレードしたい。そんな気持ちにもなります。
あの上げ幅に乗れるのならさ、俺が散ったあの相場でやりがちな「信用全力」なんて、極悪な相場で惨劇なショーを演じて自己満足に浸っていただけだ。何をしても「お咎めなし」の奴らの手の平の上で転がされながら弄ばされ、最後は蹂躙される。その繰り返しだった。フィーさんのご指摘通り、俺のような者を儲けさせるために存在する仕組みなんてある訳がない。相場は「現物」に限りますね。
そんな惨劇な思い出に浸りながら、急騰した「仮想短冊の通貨」を紹介するマッピングをぼんやりと眺めていると、そこには……その場で大声をあげてしまうほど驚きを隠せない通貨をみつけてしまいました。
それは、大きな耳を持ち、尻尾を生やした女神ネゲートがその通貨の象徴として描かれ、その名は確か「ネゲート犬」だった。……、犬? なにこれ、ですよね? その仮想短冊のコミュニティでは「ネゲ犬」という愛称で親しまれているようです。
さすがに……、こんなのを誰が買うのだろうか、となりますよね? ところが……、これさ、これ……。もし、底で少し買って、握っているだけで、なんと……「人生が変わるほどの含み益」になっているはずです。そんな状況であっても下がる気配は一切なく、押し目待ちに押し目なし、という格言通りになっています。
さて。この「ネゲ犬」の真相について、ソファの上で寝転がっている麗しき女神ネゲート様に伺ってみましょう。この地の「女神の担い手」として、これだけは明らかにしなくてはなりません。
「おーい、『ネゲ犬』様。」
「……。わたしをその名で呼ぶとは。」
はい。間違いなくご存知のようです。
「お休みのところ、ちょっといいかい?」
「もちろんよ。『女神の担い手』から頂いた休憩は貴重な時間。だいぶ、回復してきたわよ。」
そうそう、ネゲートに休憩するように指示したのは俺です。そうでもしないと、こいつも休みませんから。本当に……「女神の担い手」から命じられた指令は厳守すること、それがこの地の女神という存在でした。……、シィーさんすら俺にあのような態度でネゲートにあんな命令をするように迫ってきたから位だ。気を付けないとな。
「この上げ幅。誰だって目を疑うさ。その辺でランチする程度の少額分を買っただけで……。この上げ幅は本物……なんだよね? 流動性も凄まじいから、その値で売れるし……。これが女神の力なのか?」
「だったら何よ? わたし……その通貨と何の関係もないわよ?」
「えっ?」
何を言っているんだ、こいつは。
「おいおい。大きな耳を持ち、尻尾を生やしたネゲートが通貨の象徴として描かれているんだぞ? それで、知らないはずないね?」
「もう……。そういう通貨は『ミーム』というのよ。つまり、わたしが『犬』として描かれた通貨を、どこかのコミュニティが気まぐれで出したの。ただ、それだけ。」
「……、まじなの? それ?」
気まぐれで、見知らぬ誰かが、一応はこの地の女神の立場であるネゲートを「犬の通貨」なんかにして出す訳? ちょっと……、理解を超えてしまいました。
「うん、本当よ。」
「……。」
「それらの象徴を一般的に『ミーム』と呼ぶんだ?」
「そうよ。それで……、『ミーム』について知りたいのかしら?」
「それは気になるさ! どんな感じなの?」
「この『ミーム』を端的にまとめると、強力なコミュニティに支えられえた投機的な通貨、ってことよ。どうせ、あんたが喜んで触っていたあれらだって、このような性質を暗に帯びていたはずよ?」
俺が喜んで触っていた銘柄だと? ああ……。製品発表だけはご立派な場所で華やかに登壇し、値をつり上げてから売り逃げして、最後はお決まりの代表を含めいなくなってしまうような、あんな銘柄たちの事ですね。
「おお、つまり『ミーム』とは、俺が喜んで触っていた銘柄を指すようだね? そうだね……、そうだそうだ。」
ミームの概念は完全に理解しました。
「ちなみにね、あんたがフィーから託されて握っている『犬』だって……。」
「えっ? これも『ミーム』だったの?」
「そうよ。強力なコミュニティは『膨大な価値』になるのよ。結局、通貨とはそれがすべてなのかもしれない。安心して持っていられる。通貨の基本的な考えに準じているわ。」
「それなら『ネゲ犬』は下がりそうにないね。なんと言ってもカネについては深い造詣を持っていらっしゃる女神ネゲート様の『ミーム』だからね。」
「ちょっと……。何かしら? それは……?」
過去の件を掘り返すのは野暮だが、ちょっとだけ、です。
「最近さ、俺から『犬』をねだらなくなったよね? 少し前までは頻繁にねだられて困っていた位だ。でもさ、この地の荒れた環境を復元するというあの目的で使っているのなら惜しみなく渡すつもりだった。ところが、最近はどうしたのだ?」
「な、なによ?」
「さて、女神ネゲート様。『ネゲ犬』を何枚持っているのかな?」
「もう……、わたしは関係ないの。『ネゲ犬』をデプロイするということで、その無料配布に陰ながら参加しただけよ。」
……。嘘は下手なんだね、この女神様。それは関係ないとかではなく、はじめから「ネゲ犬」を持っていたと解釈します。でも……、無料配布って?
「無料配布だと? なんだそれは。」
「なによ? そのままの意味よ?」
「俺だって元トレーダーだぞ。あれだけ値が上がって価値のある通貨が無料配布されていたなんて絶対にあり得ない。相場で、人生を変えてしまうほどのカネをあげるような信じがたい真似をする者がいる訳がない。そんな話があるもんか。」
「あんたは甘いわね。『仮想短冊の通貨』では、それがあるのよ。」
「……、本当なの?」
「本当よ。この性質から『仮想短冊の通貨』では、初めは『知識に投資』してくださいと謳われているのよ。通貨の性質を自分で調べ上げる力が身に着けば、元手がなくても相場に参加できる。もともと、そういうものなのよ。」
「……。その話っぷり、本当なんだね。」
「もう。少しは信じなさいよ。もともと『仮想短冊の通貨』には『この地で立場が弱い大精霊』の地域一帯に富を分配するという役割も担っているの。結局、欲張りな『強い大精霊』の目の前に甘いものを置くと、すぐさま全部取り囲んで自分のものにしてしまう。それで、立場が弱い地域一帯があんな状況になっているの。それで、そんな絶望的な状況を治療できるのは『仮想短冊の通貨』しかなく、その哲学を受け継いでデプロイするので、ほぼ決まって無料配布があるのよ。」
……。知識さえあれば元手ゼロから資産を築けるのかよ。すごいな、それは。元手が無くても参加できるのは、そのような哲学からだったのか。そうだよな、この地で立場が弱い地域一帯では、その元手すら確保が難しい。それでは相場に参加できないので、知識さえ身に着けば誰にでもチャンスが得られる仕組みにしたようですね。それとも、自然にそうなったのかな……。
「そういう哲学があったとは。それを、シィーさんは……。」
「そうよ。宇宙の構造すら弱い作用が大切なの。よってシィーは、大きな勘違いをしているのよ。その勘違いとは強い作用のみで宇宙を構築できるという、信じがたい大きな誤り。」
「……。」
大きな勘違いか。ああ……、そうだ。
「そうだ、ネゲート。あの神々が、何やら困っているらしい。」
「えっ?」
「これも何かの『大きな勘違い』だと思うけど、なんか……震えている様子なんだ。」
「震えている?」
「そうなんだ。どうやら、カネの件で追い込まれているらしい。いったい、何をしでかしたんだ。」
「……。」
「それで、女神ネゲート様への忠誠心ではこの地で誰にも負けない、だから大丈夫だ。という趣旨の内容を話していたんだぞ。」
「そこで、わたしの名が出たのね?」
「そうだよ。どうするの? あの様子では……ネゲートが話をまとめないとやばそうだぞ?」
「……。そうなるわね。」
「これって、やっぱりフィーさんが君主として復帰したから、出てきてしまったのかな?」
「それはないわ。カネの問題なんて大部分が絡んでいるのは明白。もし君主がそのような問題を表に出してしまうと、大部分がその問題で動けなくなり、政が壊れてしまうよ。」
ああ……。違和感なく納得してしまう。
「なるほど。カネの問題にはお詳しい女神ネゲート様。それこそディープな領域にまで首を突っ込んで熱心に調査されていただけあって、説得力がありますね。」
「調査って、もう……。そうなると、原因はあれかしら。」
「あれとは?」
「つい先日、シィーが『量子ビットの炸裂』に触れたでしょう。それに、あの神々が苦言を呈したのよ。それで……、怒りに狂ったシィーは、その復讐としてあの神々のカネの問題をリークしたのよ。」
「……、シィーさんって、そんな事をする大精霊なの?」
「そうよ。シィーは執念深く、リークを好んで使うのよ。あの『仮想短冊の通貨』を窮地に追い込むための『豪快な件』だってリークが発端だったわ。いつもリークばかり。それがシィーなのよ。」
「その執念のターゲットに、ネゲートや俺もすでに入っているとみたよ。」
「そうなるわね。ただ、この地の立場ではシィーよりも上。つまりリークでは対応できず、別の手段を講じてくるでしょうね。」
「……。」
「なんか、巻き込んでしまったようね。……。」
「これ位は平気だよ。何の心配もない。立場の都合でフィーさんでは難しいようだね。ネゲートと俺で決着を付けるしかない。」
「それでこそ、わたしの担い手よ。なんか安心したわ。頑張りましょう。」
「量子ビットの炸裂」に対して苦言を呈した点は評価できますが……、シィーさんが絡んでくるとなると大いに揉めそうですね。ああ、こうしてまた厄介な問題が積まれていきます。




