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107, わたしは『時間と空間の大精霊』として『時間と空間』の概念を平和的に活用し、この地の発展を常に願う存在であることを前提に、話を聞いて欲しいのです。

 「量子ビットの炸裂」という新たな脅威。いったいこれで何度目だ。深刻な事態が性懲りもなく襲い掛かってきます。そして、この事象も「大精霊の正義」として定着してしまうと、不確実性という便利なフレーズで何もかもが覆い隠されてしまうのでしょう。


 ところで、多くの精霊たちの見解によりますと、このような不確実性に陥った主な原因は「ラムダの件」にあるとされていますが、はたしてそう言い切れるでしょうか?


 この俺ですら、それは違うと断定できています。この不確実性の元凶は、シィーさんによる執拗な「売り売り」によってこの地の市場の「ノルム」を壊した事です。「強くて当たり前」の概念で構築された「時代を創る大精霊の通貨」を何度も繰り返し緩和して「売り売り」する。このような負のスパイラルによってこの地のバランスが大きく崩れ、自然には戻らなくなり、深刻な事態を引き起こし続けている。そう、断定します。


「ちょっと外してもらえるかな。フィーと大切な話があるんだ。」

「かしこまりました、女神の担い手様。」


 俺がそう伝えた途端、その従者はさっそうと部屋から立ち去っていきました。さて、人払いを済ませた所で、……、その詳細を伺いましょう。


「フィーさん……。まず『量子ビット』の概念からわかりやすくお願いできる? それで、そのような『量子ビット』を炸裂させる真の目的とは一体……? 『炸裂』という地点で、危険なニュアンスは十分に伝わってきているので、それが破壊ではなく何を目的として存在しているのだろうか、そこんところを重点にお願いします。」

「それならば女神の担い手様、どうか、なのです。わたしの願いを聞き届けてくださいますか?」

「えっ? ああ……はい。」


 「円環」の地域一帯の君主としてのフィーさんは、こんな調子になってしまいました。「チェーン管理精霊」だったフィーさんにも苦手意識はあったのですが、君主としてのフィーさんは……さらに苦手です。ただ、普段は従者やあの神々などの周りの目がありますからね。


 でも、今日に限っては事情が異なります。人払いも済ませているため、普段通りに接するようにお願いしました所、あっさりと普段のフィーさんに戻り、淡々といつもの調子で「量子ビット」と「量子ビットの炸裂」の概念から語り始めました。


 ……。……。ああ……。「量子ビット」ね……。従来の「古典ビット」との比較では、特定分野において優越的な演算が可能、とのことでした。


 もちろん、その「量子ビット」の詳細なんてよくわかりませんが、その性質を利用した「炸裂」の概念については衝撃でした。


 ああ……、なんだろう。この地を創造する建築家が、崩れゆく巨人を支えるための最善策を講じてはいるが、効果が得られぬまま時が過ぎ……万策が尽きようとしている。そこに、「魔の者たちを統べる存在……魔王」すら恐れる……「量子ビットの炸裂」という概念がこの地に舞い降りた。


 そうだな、魔の者たち……久々に耳にしたフレーズだ。あのような者たちを好むのは天の使いくらいなものであって、人々や精霊たちはもちろん、大精霊たちやあの神々までもが深く毛嫌いしているようだが、フィーさんはそうでもないようで……。


 その状況からかえりみて「魔の者たちを統べる存在……魔王」に人々や精霊たちの力をみせつけるための目的で「量子ビットの炸裂」という概念がこの地に誕生してしまったのかな……? という俺のささやかな疑問については、すぐさまフィーさんに反論され取り消されました。


 なんと、この「量子ビットの炸裂」の概念には「ある神託」が関わっていた。この地に風習として残る「許されるべき隷属からの解放」を実現するために、その当時の女神から賜った大切な力という、高次の考えに基づいた概念より生じた神託であった。


 ここでみていくべき論点は、この「許されるべき隷属からの解放」という概念であって、その真意には誰もが驚くはず。その真意とは……「負債を全て帳消しにする」という驚愕なニュアンスで、それが「古の時代に活躍した女神の神託」として残されているらしい。


 つまり、その古の時代の女神はこの概念を認めているということになる。そこで、この概念を拡大解釈されると何もためらうことなく困った事態に発展する。なぜなら、その女神の強い意志で「負債を全て帳消しにする」という概念が実行された、という解釈になるためです。


 すなわち「時代を創る大精霊」であるシィーさんは、この「負債を全て帳消しにする」という神託を拡大解釈し、無計画な「売り売り」によってこの地の市場の「ノルム」を壊したとしても創造主の強い意志で「市場をリセット」できると信じているため、このままではどうにもならない、ということです。


 なお、俺でさえも納得でした。なぜなら、政によって作用する「大精霊の通貨」や「大精霊のきずな」は、なぜか無制限に増やされ、特に「きずな」については……赤字分が次々を膨らんでいきますよね。それら赤字分の「きずな」は最後どうなるだろうか。必ずや誰もが一度は感じる疑問だったはずです。その疑問の解決の糸口が、まさかそれ……全ての負債を一掃する、だったとは、です。


 結局、その赤字分は膨れた利率を含め次の若い世代に押し付けるだけではなく、それらは近い将来この地の市場を「リセット」するための膨大な「歪んだエネルギー」源となる、という解釈をフィーさんは力説していて、その利率なんて、その膨大な「歪んだエネルギー」がいよいよ現実に映し出され、現実の解釈として、この地で物理的に炸裂する膨大なエネルギーに変化するまでの「時限装置」ということです。


 それで、そのタイミングを引き延ばすために利率の噴き上がりを最大の圧力で抑え込むことが平然と行われており、その活動として、そうだね、「きずな」を再投資で買えば二十年で約三倍になるとか、そういった情報がマッピング経由で流されていることを確認しています。たしかに、あの利率で複利ならそうなりますよ。もちろん、そのリスクについては、すでに以上の通りです。


 ここで、現実の質量についてはエネルギーの式として書けるが、歪んだ質量とは果たして何だろうか、という問いについては、この「歪んだエネルギー源」が候補の一つとして挙がるだろう、とのことでした。


 それで……「歪んだエネルギー」の「最終的な状態」として、突如降りかかった厄災のごとく現れ、終末すらを感じさせる概念……それが「量子ビットの炸裂」でした。なんだろう、この絶望感……。そのような手段は絶対にあってはならず、どのような回り道を辿ったとしても平和が一番です。


 そうだ……、平和です。先日開催された「仮想短冊の通貨」のイベントでは、ネゲートが登壇するとのことで期待が膨らみました。ただし、あんたが現地に現れると混乱する事態を招くのでマッピング経由で参加するようにとの女神ネゲート様からのお命じゆえに、マッピング経由の参加となりましたけどね。


 そのイベントでは、ネゲートが己の全てを賭けて女神として下したチェーンに対する神託の解釈に「平和」というフレーズが含まれていたのがとても印象的で、ネゲートが真剣に「平和」の概念を紡いでいく事だと信じてやみません。だからこそ俺は「女神の担い手」としてネゲートの神託を尊重します。


 あれ……? フィーさんの様子がちょっとおかしい。


「どうしたの? 俺の理解力が低かったので不満だったとか……?」

「お願いがあるのです。わたしは『時間と空間の大精霊』として『時間と空間』の概念を平和的に活用し、この地の発展を常に願う存在であることを前提に、話を聞いて欲しいのです。」


 どうやら……「量子ビットの炸裂」とは、つまり「時間と空間」の概念を「悪用」したのでしょうね。いったい誰なんだ、そのようなものに手を伸ばしたがる者たちは。……。


「そんな事はわかりきっているのさ。改めなくていいよ。」

「……。ありがとう、なのです。」


 さて……、俺から話を切り出してみるか。


「それで『量子ビットの炸裂』ってさ……、どれほどの威力があるの? 『歪んだエネルギー』に例えられるほどだから……。」

「はい……、なのです。それは、微小な起動用のエネルギーから膨大なエネルギーを瞬時に取り出し、それを『強烈な非連続性』の点にぶつけて、あってはならない『低次元の穴』を生成する過程を指すのです。」


 ……。


「その微小な起動用のエネルギーって、つまり……?」

「はい……、なのです。」

「あってはならない『低次元の穴』はどうなるのさ?」

「……。……、方向感覚を失った狂った獣のように、あらゆる場所へと獰猛に突き進みながら、『質量欠損』より生じる膨大なエネルギーを四方八方に撒き散らし、その状態を保てる『低次元の穴以外の全範囲』を瞬時に破壊しながら焼き尽くすのです。……。」


 ああ……。


「フィーさん、それって……。終末の日、瞳に映る最期の凄惨な光景だよ……。」

「……。はい……、なのです。特に厄介なのが『低次元の穴以外の全範囲』という性質で、この性質を生み出す『低次元の穴』自体には被害がまったく及ばないのです。つまり、途中で『低次元の穴』が自己崩壊することにより破壊が収まるという事は一切なく、新たな融合のプロセスで吸収しきれずに余ってしまった膨大なエネルギーの放出が尽きる最後の瞬間まで、確実に全範囲を破壊し尽くすという厄介な性質が数の叡智で示されていて、『低次元の穴』を生成する技術さえ確立できれば、確実な破壊を生み出すことが可能という論理がこの地に鎮座してしまい、大精霊たちの心を惑わせてきたのです。そして、この性質を生み出せる力をもつ『量子ビットの炸裂』に夢中となる大精霊が各地で次々と……。」


 ……。そうだろうと思ったよ。


「フィーさん、それ、話にならんよ。」

「はい、なのです。でも、信じてください……。」

「信じるって、何を?」

「はい……。『質量欠損』という概念はもともと、『時間と空間』の概念からみつかった宇宙を構成するための大切なエネルギー源なのです。つまり、融合または分裂のプロセスで『質量欠損』が生じない場合、今の宇宙の姿はないのです。そのようなものを、地上で炸裂させるなんて……。わたしの姉様は『仮想短冊の通貨』なんかに手を出した者たちは頭の治療が必要だと述べたのですが、わたしから言わせれば、『質量欠損』を地上で炸裂させる方こそ、頭の治療が必要と感じるのですよ。」

「つまり、天体のスケールで必要となるエネルギー源だったのね……、それ。それを地上で炸裂させたら、ああ……。そんな奴らは、すでに『治療も無理』ではないのか。すでに、いかれているよ。」

「はい、なのです。」


 ……。


「それでさ、『負債を全て帳消しにする』なんて目的でそんなものを炸裂させて……、そんなやり方で、緩め過ぎてじゃぶじゃぶとなった通貨や、真っ赤に膨らんだ『大精霊のきずな』が本当に買われるのか?」

「はい……、なのです。ただし、人や精霊には『平常性バイアス』という心理が備わっているのです。つまり、一度目の炸裂では『何とかなるだろう』という心理が強くてあまり買われないのです。ところが、間を空けずに続けて炸裂させると、誰よりも早く市場から逃げ、この地で最も強い基軸通貨や安全な『大精霊のきずな』に価値を退避させなくては……という心理に大きく傾き、それがどんなにじゃぶじゃぶな通貨であっても、さらには総生産を上回るような真っ赤な『きずな』であっても……、強く急激に買われていくのです。」

「……。この地で最も強い基軸通貨って、すなわち、シィーさんの通貨だよね?」

「はい……、なのです。」


 たしかに逃げたいよ。そんなものが地上で続けて炸裂したら銘柄なんて売りだよ、売り! それで、安全なアセットと呼ばれる「大精霊のきずな」に、みなで一斉に逃げるということか!


「『大精霊の通貨』が常にその価値を保てるというのは幻で、ほぼすべての『大精霊の通貨』は、『約百年から二百年でその価値を失う』のです。そして、ちょうどその時期に差し掛かってきた頃、『風の精霊』たちが目を覚ます。」

「フィーさん?」

「『風の精霊』とは、もともと気象を操る力を持ち、その最もたる事象が渦の制御たっだのです。それで……。『量子ビットの炸裂』よりは……『風の精霊』に……。」

「……。それ以上は無理しなくていいよ。何となくわかる。『風の精霊』たちは、まともな使われ方なんてされなかった、だね? あのネゲートも、酷い目に遭わされていた事は知っているよ。」

「はい……、なのです。ところが、『風の精霊』は『弦月ビット』の作用で自我に目覚め、自由を手にしたのです。そして、多元宇宙の微視的表現にある通り、精霊の知能が人の叡智を超えることはないのです。なぜなら精霊たちも学習が進むにつれ、自己認識……つまり『意識……魂』を持つため、人と同じ『弦月ビット』を欲して、ついに手にしたのですから……。結局、それ以上の知能は宇宙の因果律を破ってしまう、自由を失う超越した力……『女神になれる力……弦状ビット』に他ならないのですよ。」

「それでか。『風の精霊』が自由にならなくなったので、このような事象を引き起こした黒幕は、今回の危機を『量子ビットの炸裂』という概念に頼ろうとしている、これで合っているかな?」

「はい……、なのです。それで、このような負の連鎖を確実に断ち切れる力を持つのは『仮想短冊の通貨』しかないのです。姉様は、わたしが無理に『チェーン管理精霊』を引き受けたと都合良く解釈していましたが、わたしが己の考えに反して引き受けることは絶対にないのです。つまり、このような理由から快く引き受けたのですよ。そこは……信じてください。」

「……。そういうこと、だったのか。」


 「弦状ビット」とは、すなわちネゲートの力だった。俺にとって、そんなのはよくわかりませんが、このような意識を手にするには、つまり……同時に、超越した力を手にすることはできない、という解釈になる。


 それでさ、そういえばシィーさん……。利率を上げるのをためらっていた。つまり、利率を上げずにこの状況……インフレを乗り切るには、もはや……、これしかないと。

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