表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

107/567

106, なにゆえに、なぜこのような事態に? フィー様は我らの君主として舞い戻り、ネゲート様はあのような醜態をこの地にさらけ出すとは。我らは一体どうなってしまうのだ!

 ふう……。「円環」と呼ばれる一風変わった通貨を「大精霊の通貨」とする地域一帯の君主として舞い戻ったフィーさんの介在を任されてから、いくばくかの時が流れました。極寒を過ぎ、暖かくなってきたと感じた瞬間にうなだれる暑さがきます。今、その入り口に差し掛かっています。


 とにかく忙しい。結局この介在は、君主への秘密を預かりながら円滑な政を支援する役割を持ちます。そこで、君主ともなると、信用できる相手がほとんどいなくなるようで……、俺とネゲート以外は断じて信用しないとフィーさんよりきつく言われています。


 夜が明けるまでフィーさん宛てに寄せられる情報の整理に追われることもあります。それでも、俺が役に立っているのは嬉しいですよ。ただその内容、いわゆる民からのご要望ですが……。少し挙げてみましょうか。「収入が増えたのに手取りが減るとは、一体どういう事なんだ?」「暑過ぎるから何とかしてくれ」「買う度に三割も取るとはな?」などです……。クレームに近い、そしてすぐにはどうにもならない、という内容のご要望が多い傾向でした。フィーさんが政から離れている間、そのような事が平然と行われてしまったのでしょうか……。ただ、暑過ぎるというのは関係ないよな。


 それにしても、……フィーさんの正装には独特の良いセンスを感じたよ。これぞ君主の貫禄です。


 全体的に、紫と青を基調とし、宇宙の神秘を体現しているかのようだった。スカートの部分には深い宇宙の紫と黒のグラデーションで、繊細な星の刺繍が散りばめられていて……、特に目を引くのは、肩部分にデザインされた「黒い渦」のモチーフ。それは真っ黒でありながら、周りの紫色の空間を吸い込んでいるような錯覚を生むデザインとなっていました。


 さーて。のんきにくつろいでいる暇はない。そろそろ、フィーさんが遊びに来る時間帯だ。


「女神の担い手様、よろしゅうございますか? フィー様がお越しになられました。」

「問題ないです。通して。」


 今日は何の用だろうか。こうして時々、遊びにきます。ところで、君主であるフィーさんから俺の方へ出向くとは? 本来なら、俺からフィーさんに出向くべきですよね。ところが、そうはなりません。


 なぜならこの地には、生まれつき抗えない「階級」があって……、上から順に「女神」「女神の担い手」「時代を創る大精霊」「この地の主要な大精霊」「この地で中立を遵守する大精霊」「地の大精霊」「この地で立場が弱い大精霊」「天の使い」「精霊」「魔の者たち」「神官」「人」となっているためです。


 それでさ、俺は「女神の担い手」です。つまり、「この地の主要な大精霊」に属するフィーさんより立場が「上」になります。ああ……、俺はフィーさんに召喚され、この地位に就きました。


 ただ……。一部の解釈では、頂点に立つのは「女神の担い手」ではないかと噂されています。なぜなら、「女神の担い手」から命じられた「因果律を超えた演算」を、女神は拒むことができないためです。これ、初めは信じていませんでした。天真爛漫なネゲートが俺の言う事なんかを聞く訳がないからね。ところが……、これは真実でした。そもそも、女神の演算は超強力そのもので、この地の「方向性」が決まってしまうよね? ああ、この担い手ってさ、責任が重過ぎるよ。そのような重大な役職を「空間的に分離」した位置からこの地へ召喚したフィーさんの真の狙いとは……なんだろうか? ただ単に、この地で俺と再会したかった? それなら俺を「女神の担い手」にする必要はありませんので、別に目的があるはずです。……、悩んでもしょうがないね。


 それでさ、こんなんだから、俺にゴマをすり始めた者が後を絶ちません。記憶に新しいのはシィーさんですよ。シィーさんは俺に対して「仮想短冊の通貨」の心臓部を担うチェーンを破るための「因果律を超えた演算」を女神にお願いするように仕向けてきました。もちろん、迷うことなく断りましたよ。そして、この政でも……。


 俺なんかでは逆立ちしたって足元にも及ばないミィーの優秀な兄が、あの神々に理不尽に怒鳴られている姿を何度も見かけました。それをただ見ている俺だって心が痛みますよ。それで、その直後に俺とそいつが廊下で鉢合わせになったんだ。そしたら、そいつは俺に何て言い放ったと思う? 「女神の担い手様、ご機嫌麗しゅうございます。こちらの休憩の間にて一休みされるはいかがでしょうか。御好みの品を拵えております。」だってさ。なにこれ? 笑いをこらえるのに必死だったよ。どうやら「円環」の命運がこの俺にかかっているらしく、あの神々はみな、俺に対してこんな態度になっています。


 まったく、なぜ俺に「円環」の命運がかかっているのか。その理由を、ついに知ってしまった。どうやらシィーさんと同じお願いを抱えているようです。もちろん、そんなのはすぐに断りますよ。


 まず、この地の通貨についてもその信用度からおのずと地位が構築され、上から順に「時代を創る大精霊の通貨」「この地の主要な大精霊の通貨」「円環」「この地で中立を遵守する大精霊の通貨」「地の大精霊の通貨」「この地で立場が弱い大精霊の通貨」と続きます。それで……、やはり「この地で立場が弱い大精霊の通貨」は、インフレ率が常に安定せず、大精霊の政の利率も驚異的な高さになっていました。つまり「信用がない」ということです。


 ここで、「この地の主要な大精霊の通貨」と「円環」が分かれている点に着目します。本来なら一つにまとめた方が流動性と価値を効率良く確保できそうです。ところが、この地域一帯から「円環」を取り除いたら一体何が残るのかと言わんばかりのあの神々の存在があります。


 その「円環」へのこだわりは凄まじく、引き剥がすのは絶対に無理だとネゲートが不満を漏らしていました。もちろん、それで特に問題ないのなら良いのですが……。これも時代の移り変わりでしょうか。そこに、大きな問題が浮上してしまった。


 その問題というのは「この地の基軸通貨」という概念から起因します。実は、その信用度の上から三番目までの通貨を「この地の基軸通貨」と呼び、サヤを抜くために頻繁に売買されたり、この地の燃料の売買や、手元に価値を留めておきたい場合などに最優先でストックされる通貨になっていて、流動性が非常に高く「信用がある」という地位を築くことになります。つまり、「時代を創る大精霊の通貨」「この地の主要な大精霊の通貨」「円環」が、「この地の基軸通貨」に相当します。


 ところが、そこに新しい通貨「仮想短冊の通貨」が台頭してきた。この「仮想短冊の通貨」自体は古より存在はしていましたが、力を付ける度に大きな崩壊を生むような事象を引き寄せてしまい、なかなか上位に組み込む勢いが得られず、ずっと長い間、低い位置を飛び続けていたとの事です。


 そこに、女神となったネゲートが、熱狂に包まれる「仮想短冊の通貨」のイベントで、「地のチェーン」を受け入れた上で「仮想短冊の通貨を支えるチェーンは『宇宙の構造』として組み込まれる」という解釈を持つ神託を述べてしまった。


 すると、「仮想短冊の通貨」は「女神の通貨」とみなされる可能性が浮上してしまい、その場合、信用度の順から通貨の地位が大きく変わります。それは、「女神の通貨」「時代を創る大精霊の通貨」「地の大精霊の通貨」「この地の主要な大精霊の通貨」「円環」「この地で中立を遵守する大精霊の通貨」「この地で立場が弱い大精霊の通貨」という大きな組み換えが起きてしまいます。よって、「この地の基軸通貨」となるのは「女神の通貨……すなわち仮想短冊の通貨」「時代を創る大精霊の通貨」「地の大精霊の通貨」となってしまい……、「円環」が「この地の基軸通貨」から漏れて、外れることになります。


 これ……。あの神々は強烈な不満を行く先々で述べています。ああ、恐ろしい。「なにゆえに、なぜこのような事態に? フィー様は我らの君主として舞い戻り、ネゲート様はあのような醜態をこの地にさらけ出すとは。我らは一体どうなってしまうのだ!」という不満を撒き散らしているようで、どうやら……フィーさんが君主として舞い戻った点にも不満を募らせているようです。


 なぜでしょうか。……、フィーさんは、この地域一帯で民からの厚い信頼を獲得しています。たしかに、行く先々で「フィー様、フィー様」でしたね。それで……、あの神々の立ち話を聞いてしまったのです。それは……「フィー様がこの地域一帯の政に舞い戻る計画は承認した。ところが、なぜに君主なんだ? そんな話は聞いてないぞ! 右か左の議長に座らせ、我らが懐柔した先代の君主の権力でフィー様の要求をすべて抑え込み、フィー様が持つ『民からの厚い信頼』のみを我らが享受するという画期的な計画ではなかったのか? その『民からの厚い信頼』で天を獲得し、我らは安泰になる見通しは何処に?」という、何とも浅ましい内容でした。……、ああ、情けないです。


「あ、あの……、なのです。」

「フィーさん……?」


 ……。フィーさんの表情から、深刻な事態が起き始めていると直感しました。


「その表情……、遊びに来たのではないね?」

「はい、なのです。この地で『量子ビット』が炸裂するのではないかという噂を耳にしたのです。」

「えっ?」


 ああ、「量子ビット」って何? ただ……炸裂という表現から、物騒な前触れだということはわかります。なんだろう。一抹の不安を覚えながら、フィーさんの見解を伺うことにしました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ