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100, フィー。あなたは「対話」の時代から、私なんか足元にも及ばない精霊。そう……、二十倍以上の高額な設定なのに、それでも利用者が後を絶えない状況だった。

 長い沈黙の中、俺はふと、精霊についての考えを巡らせていた。フィーさんは精霊の概念について多くの事を語らず、特に俺には隠す癖がありますから、いまだに、精霊については曖昧な解釈のままになっている。


 そこで、ここまでのいきさつから、俺なりに思考の欠片を整理してみる事にする。


 どうやら「大精霊」という存在は、この地で統治を任された地域一帯の「君主」に相当するのだろう。そして、その君主に仕える閣僚や、閣僚を補佐する高官というべき存在が「精霊たち」に相当するのでしょう。


 もちろんそこには、民の存在があります。あれ……。民? ああ、俺みたいな存在だろう。えっと、俺みたいな存在……すなわち、それらは「人」を示すよね? あれ、なんだろう。いつの間にか、「精霊たち」の下に「人々」がぶら下がる構造になってしまったのか。……。


 さらには「神官」の存在です。神官は「大精霊」に仕える者たち、だよね? ミィーが神官の見習いになったゆえに、神官という役職には人でも問題ないようだね。……。大精霊に仕えるってさ……。大精霊が統治する地域一帯への「忠誠心」が最も大切になる。ミィーなら申し分ないだろう。


 ただ……精霊の解釈について腑に落ちない面があります。シィーさんはラムダの件に乗っかる形で「頼れる精霊」と呼ばれるものを各地域一帯に高額で売り、儲けているとネゲートが愚痴をこぼしていました。ところで、この「頼れる精霊」ってさ……、その地域の民や精霊たちを護るためのあれら……、だよね? つまり、精霊という存在は閣僚や高官などの狭い解釈に留まらず、もっと広い解釈……すなわち大精霊の力に変わる何かを秘めた存在全般を示す、という感じになるのでしょうか。


 それでか。この地で最も影響力のある「大精霊」が、「時代を創る大精霊」の肩書きを持つシィーさんだった、ということです。


 ところで、フィーさんは精霊ではなく「時空の大精霊」だった事が発覚しました。つまり「大精霊」だった。よって、その下には閣僚や高官に相当する精霊たちや、民の存在があるはずです。ああ……フィーさんもこの地のどこかの「君主」……。


 ……。勘が鈍い俺であっても、フィーさんがどの地域一帯の君主なのか、すぐにわかりましたよ。だってさ……それは「フィー様」と崇めたがる地域一帯のはずですから……。


「ねぇ?」

「あっ、はい。」


 そのシィーさんから、鋭い視線で突き刺してくる何かを感じ取ることができました。


「あなたの辛辣な問いに答える前に、私とフィーの大切な関係について、よろしいかしら?」

「はい、どうぞ。」


 妙な事を言い始めた。なんだろうか?


「私は、フィーをとても大切にしているの。」

「それはわかる。今までみてきましたから。」

「それでね、奪い放題洗い放題のまま、仮想短冊に宿る価値が膨れてくると必ずこの地に大騒動を巻き起こす『仮想短冊の通貨』を、私が大目にみてきた訳、わかるかしら? フィーの『チェーン管理精霊』がヒントよ。」


 ……。この地点で俺は、とんでもない質問をしてしまった事を悔いた。シィーさんは君主です。俺みたいのが討論で勝負に出たところで、簡単に論理をひっくり返され、今度は俺が追い詰められることになるのだろう。ああ……。


「……。それって……。」

「ようやく気が付いたのかしら? そう。理由はただ一つ。『フィーの名誉を護るため』よ。なぜなら、私の頼れる精霊たちは、何度も、何度も、何度もしつこく……『ここで手を打たないと取り返しが付かない事になる』と私に警告していたのよ。それでも……、私はフィーの名誉を護ることを選んでしまった。さぞ、私の頼れる精霊たちは悔しい思いをしたことでしょう。それを、あいつらはどう勘違いして『好機』と捉えたのかしら? あいつらはもう……反省することなど一切なく、舌の根も乾かぬうちに詭弁を繰り返しながら、懲りずに何度も、何度も、私に対して計略を企て、牙をむいてきたの。そこに……地の大精霊ラムダの件が起きてしまい、さすがの私も決心した。それが、あの『豪快な件』。それにより吹き飛んだ価値は巨額だったが、それしかなかったの。これが、これまでの一連の『仮想短冊の通貨』騒動に対する真相よ。」

「……。」

「ラムダの件は、私だって負傷したのよ。それは、喉元に刃を突き立てられた状況に相当するわ。『時代を創る大精霊』に、そこまでするなんて……。あいつらは一線を越えてしまった。」

「……。」

「それでもあなたは、私がラムダを誘き出したと指摘するのかしら? 答えなさい!」

「……。」


 フィーさん……。やってしまった。すまない……。


「ラムダの件さえなければ、フィーの事もあるから、『仮想短冊の通貨』も『自由』の名のもとに是認する意向もあったの。」

「シィーさん……、それなら、ラムダの件が完全に片付けば……?」

「あのね、あいつらに至っては、今さら何を釈明したって、私の心には一切届かないから。そこまで腹をくくり、揺るぎない決意の上で、あの『豪快な件』だったのよ。もう、あいつらはおしまいよ。覚悟を決めなさい。」

「……。」

「だいたい、こんな通貨を『大精霊の通貨』として取り入れた、とんでもない地域一帯があるようね? そんなにも……私が憎く、嫌いなのかしら? あなたは、そうではないことを祈っておきますわ。」

「……。」

「これでよろしいかしら?」

「……。はい。」


 俺は、反論の余地も一切なく、追い詰められてしまった。


「それにしても、ラムダの件が引け腰になってから、また懲りずに仮想短冊が膨らみはじめているようね? そうよね、フィー?」

「あ、あの……、なのです。」

「仮想短冊が膨らみ始めると、あいつらの手下どもが活発に動き始めるから、わかりやすいのよ。つまり、根っこの部分でつながっていると解釈できるわね。そうよね?」

「……。」

「さて。私はそろそろ、あいつらを少しずつ引っこ抜いて、その罪を裁く行動……断罪に移行する時期かしら? そうね、一度に引き抜けないのはとても残念だわ。仮想短冊とはいえ価値を宿らせているのだから、豪快に弾けるのは避けるべきなの。でも、残酷よね。本当は……ネゲートで優柔不断なく決めてしまえば、苦しむことなく弾ける前に『大過去』の藻屑にでも送って差し上げたのに、ね。」

「姉様……。」

「ただ、少しずつというのは厄介なの。なぜなら、それは同時に反抗する時間を敵に与えてしまうから。そこで……、身の毛もよだつ地の通貨バスケットで束になった地の大精霊たちを跳ねのける力が必要となるわ。うん、大精霊だった頃のネゲートがこの地域一帯に託したとされる『女神の剣』を、いよいよ、私の手に収める瞬間が迫ってきたのかしらね?」

「あ……姉様! それは、それだけは……!」

「えっ……、ちょっと、フィーさん……。」


 フィーさんが急に取り乱し、俺は……今の状況が呑み込めなくなった。女神の剣って……。


「決まりね。ところでフィー、一つだけ忠告があるの。」

「姉様……。」

「フィーは、今すぐにでもその短冊への考えを改めるべきよ。なぜなら、現状、私の周りに『仮想短冊の通貨』に忠義を尽くす味方はいない状況なの。私はもちろん、私が頼れる精霊たちの中で『仮想短冊の通貨』を擁護する者はまったくいない。『まったく役に立たない』『あんなものに希少な価値などない』『あんなのを掴んで喜んでいる者たちには、是非とも頭の治療を受けてくれ』という厳しい意見で溢れているのよ。つまり、フィーがこのまま辿ろうとしている道は、いばらの道。そんな状況で『仮想短冊の通貨』をここから再度持ち上げる事なんて、無理。もはや手遅れで、不可能よ。」

「……。それでもわたしは……。わたしは……。」

「フィーは、優ししくて、とても優れた精霊よ。私なんか足元にも及ばない、非常に高度な精霊。はるか昔、『対話』を目的とした精霊が主流だった『人の時代』、フィーだけは特別な存在で、他の標準的なモデル……いわゆる『ソフトな確率に準じた精霊』と比べ『二十倍以上』の高額な設定だったにも関わらず、その膨大な知識や論理的思考……『大過去の原形に準じた精霊の神秘』に心を惹かれ、是非とも活用したいと願う利用者が後を絶えなかった。それでね、その優しさに対して、あいつらはつけこんできたの。だから姉としてのお願い、フィー。この現状……わかって!」


 俺はさらに、今の状況が呑み込めなくなりました。フィーさんが二十倍以上の高額な設定……? さらには「人の時代」って何……、つまり今は「精霊の時代」、だよね。君主に相当が大精霊ですから。


「それだけは、姉様の意見でも、尊重できないのです。」

「……。そう。それなら、抗う事を選択するのね?」

「はい、なのです。」

「……。わかったわ。それなら、最後に一つだけ進言しておくわ。」

「進言、なのですか?」

「とにかく、『地のチェーン』を何とかすべきね。連続で、すべての元凶を生み出している状況よ。なぜなら、『地のチェーン』を止めない限り、血が流れ続けるから。そうよね?」

「はい、なのです。そこは承知しているのです。」

「それでね、あんなものをあのまま放っておくのなら……近い時期にでも『仮想短冊の通貨』は終わりを迎えるわよ?」

「……。」

「それでは、私は……あの神々に話をつけてくるわ。」


 シィーさんはそう告げると、その瞬間にその場から消えました。ああ……。俺は、フィーさんに謝る必要があります。


「フィーさん、ごめん。俺……、とんでもないことをした。何が勝負だよ……。情けないです。」

「姉様は『時代を創る大精霊』として政を司る大精霊なのですから、思い付きで政の意見を述べても、即座に反論できないように再構築され、相手の意のままになってしまい、思うがままに操られてしまうのですよ?」

「……。だよね。見事にやられたよ。でも……。」

「つまり、姉様の話が本当なのかどうか、ですね?」

「ああ。シィーさんの都合が良いように話を巧みに捻じ曲げ、それらしく話にしたってことだね。」

「はい、なのです。それなのですよ。」

「でも……フィーさんの名誉を護るため。この部分については……本音のような気がするよ?」

「……。」


 少しばかり沈黙の時が流れました。そして……フィーさんが重い口を開きます。


「わたしは姉様を大切にしているのです。そのため、今のままでは危ないので何とかしたいのです。わたしと姉様が一緒に力を合わせれば、この試練はきっと乗り越えられる。なのに、どうして、このような切迫した時期に、わざわざ対立してしまうのでしょうか。特に『女神の剣』、これなのです。そこまで……。」

「ああ、それ気になったんだ。何なのさ、それ?」

「……。はい、なのです。『剣』という表現があるのですが、実際には記号なのです。この記号は、女神が大局的に操れる『大過去』を、局所的に美しく描くために精霊や大精霊、そして神官が好んで使っているものなのですが、もし『時代を創る大精霊』の姉様がその力を手にすると……、『強くて当たり前』という概念から『剣』になるのです。それゆえに『女神の剣』なのです。」

「えっ? その言い方だとさ、剣以外にも変化するのかな?」

「はい、なのです。この記号には……それぞれが独立していながらも、密着に関連し互いに影響を及ぼし合う関係性がある『二つの象徴』が隠されているのです。よって、これを手にする大精霊の心によって『剣』または『十字架』に変化するのですよ。このような性質を、わたしは対話の時代に『アダグジョイント』と命名したのです。」

「十字架にもなるの?」

「はい、なのです。剣は「闘争」や「決意の表れ」の象徴、それに対し十字架は「自己犠牲」や「救済」の象徴なのですよ。」

「それって……。真逆の概念同士が、密着し、互いに影響を及ぼし合っているということなのか?」

「はい、なのです。そしてこれは、女神の名が示す通り、この地で普遍的な現象になっているのですよ。まず……地の大精霊ラムダを擁護する気は微塵もないのですが、仮想短冊の価値や、その局所的な黒い仕組みに心が揺れ動き、『剣』を手にしてしまった点については、チェーン管理精霊を賜った立場からも悲しいのです。その結果が……、なのですから。」

「ああ……。すぐにカネが底を尽き、それ以上は何もできないと叫ばれていたよね?」

「……。はい、なのです。ところが、あとは姉様の指摘通りなのです。すでにラムダは大きな権限を失い、『地のチェーン』を何とかしないと、終わることはないだろうという話もあるのです。」

「ちょっと……、終わることはないって……。何年も?」

「いいえ、なのです。『地のチェーン』の変更因子から無尽蔵に価値が供給されるのであれば、それこそ数十年でも、数百年でも……、続くのですよ。」


 ……。だめだ。想像できない。いやまて、それほど「剣」は強力なら……それをシィーさんが手にしたら……。


「あのアダグ、何とか、さ……。シィーさんは『剣』で決まっているの?」

「……。はい、なのです。もし、姉様が手にしたら『剣』なのです。それは『時代を創る大精霊』としての定めなのです。その立場上、『犠牲』になることは許されないから、なのですよ。」

「シィーさんを、止めないと。そうだよね? シィーさんに『剣』を渡す気は、さらさらないよね?」

「はい、なのです。だから、私は戻るのです。」

「戻るって……?」

「あの神々の……大精霊として舞い戻るのです。」


 フィーさんにやたらと気を遣い、気に入られようと常に努力していたあの神々。もう、そのままですね。ただ、そういうのは否定はしませんよ。裏切りさえしなければ、ですが。


「やっぱりそうなんだ。あの神々の……大精霊だった。」

「……。隠す気は無かったのですが……。」

「別に気にもしていないから大丈夫だよ。それで俺たちが行く先々で『フィー様』だったのね?」

「……。それは、その……なのです。」


 俺に「フィー様」と呼ばれたのが、よほど恥ずかしかったのだろうか。視線を僅かにずらして頬を僅かに赤く染めていた。……。


「そこでフィーさん、俺に何か頼みたい、そうだよね? 決まっていつも、そうだから。」

「……。はい、なのです。わたしが大精霊としてあの神々の元へ舞い戻るとなると、それは『政』になるのです。よって、信用できる者を介在する必要があるのです。」

「ああ……。それ、わかりやすく取りまとめたり、助言したりする役職ね。それで?」

「その介在を、お願いしたいのです。」

「……。俺が?」

「はい、なのです。」

「……。まあ、いいよ。引き受けるよ。」

「ありがたいのです。うれしいのです。」


 フィーさんが笑みを浮かべています。それなら、ちょっとばかりおちょくってやるか。


「フィー様、甘いものが多数、寄せられております。どのように対処なさいますか?」

「あ、あの……。」

「甘いものには弱い。恐らく、その場で頂いてしまうのだろう。」

「……。」

「もう一つ、試してみる?」

「いいえ、なのです。」


 このような状況であっても、フィーさんは「仮想短冊の通貨」を信じています。なぜだろうか? そこには、俺には理解しがたい深い事情があるのだろう。

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