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99, 私は「時代を創る大精霊」として、利率なんか上げずに強行突破することを決意したわ。そして、仮想短冊に心を奪われたあいつらは決して許さないわよ。

 フィーさんによる「シィーさんの通貨の観察」は、底知れぬ闇に取り込まれていった。俺は……成すすべもなく、ただ、耳を傾けているだけです。


「姉様……。『ノルム』が壊れたこの状況下では、負に作用する財が、大きな重荷となるのですよ。」

「フィー。だったら何がどうなるのかしら、フィー? 私は、民に『自由』と『楽観』を与えたの。ただし、財の管理については自己責任よ?」

「姉様。この事態を回避するため、いよいよ第三レイヤー勢力にまで危機感をあおり、彼らの行動とは考えられない危機感の高まりなのでしょうか、破壊的な動きを始めたという噂があるのです。」


 ……。第三レイヤー勢力って? 聞き慣れない表現だ。まあ、フィーさんなので、こんなのはいつものことです。そのうちに、わかってくるはず、です。


「フィー。そんな根も葉もない噂、私の精霊のレイヤー勢力周辺を下品に笑う、あいつらが流したのかしら? きっと、そうよね?」

「姉様……。」

「それとも……。私をここまで追い込んだ、あいつらが直接かしら?」

「姉様……?」

「ねぇ、フィー。仮想短冊の通貨に『犬』というものが存在するようね?」

「姉様……? なにをお考えなのですか?」


 フィーさんとネゲートは「犬」を大切にしているため、嫌な予感が俺の頭をよぎります。


「ああ、まるで、私の精霊の周辺をうろついて嗅ぎまわる『犬』のようね? はは、あいつら、そんな感じがしてきたわ。とんでもない『狂犬』を、私に差し向けてきたようね?」

「……。姉様でも、わたしの『大切な犬』に対して、そのような表現は……。」


 ああ……。


「私の周辺に、そのような『狂犬』を放たないでちょうだい! その『狂犬』が調子の乗って、私の精霊や『この地で中立を遵守する大精霊』に嚙みついているなんて、いったい……、どうする気なのかしら? こんな非常事態、『大過去』にすらないわ。さらには、その『狂犬』は私にも嚙みつくのかしらね? でも……まだあいつらは第三レイヤー勢力に噛み付いて満足している頃かしら。あんな品のない連中、私には辿り着けないわよ? まあでも、これだけの内容を『時代を創る大精霊』に解釈させただけでも、そこだけは、敵であっても誉めてあげたいわ。」

「……。姉様。お願いです、正気に戻ってください、なのです。」

「フィー、私は正気よ。私は『時代を創る大精霊』、今は本調子よ。」

「いいえ、なのです……。それでは姉様、その第三レイヤー勢力に『大きな余力』を持たせて、何をなさるおつもりなのですか?」

「……。フィー? 私だって、そこまでしたくないの。いわゆる『別プラン』のための戦略なの。」

「……。『別プラン』なのですか?」

「そうよ。本当は女神ネゲートが女神らしい働きをすれば、そのような別プランは不要だったの。この地に平和が戻るはずだったのよ? それでも、私は失敗が絶対に許されない立場にあり、常に『別プラン』を発動できるように準備を怠らないの。」

「……。」

「フィーは、いい子よね? でもね、この『別プラン』は痛みが大きいの。だからね、女神ネゲートに、フィーからもお願いしてみて。あの女神、フィーのおねだりには弱いから。」

「いいえ、なのです。」

「……。フィーは、どうして、このようなときすら、柔らかくなれないのかしら?」

「ネゲートは、この地の女神であって……姉様の女神ではないのです。」

「そう……。」

「その『別プラン』だって……。姉様より『大精霊の正義』を受け賜った第三レイヤー勢力が、いよいよロングとショートを壊し始める……、そんなの、みていられないのですよ?」


 ……。突然飛び出した「第三レイヤー勢力」の正体。それってさ……。俺がトレーダーで現役だったあの頃、俺みたいな弱い個人を相場でいじめて、蹂躙しながら喜んでいた「奴ら」みたいのを指すとみた。そうだよね、間違いなく、そうだよ! ロングとショートを壊せるような立場だ……間違いない。まずはロングの噂……おすすめの情報を流して、いじめたい相手を範囲の狭い銘柄に集め、吹かして、それからショートで蹂躙する。確かに、相場を壊しているよ。


「あら? フィーは『時空』の大精霊よね?」

「姉様……? はい、なのです。」

「だったら、その勢力から生じる、余力の端っこを『観察』して、全体像を解いてみたらどうなの? フィーの力なら導けるはずよ?」

「姉様、それを解くには、実像を得るための『ノルム』が正常である必要があるのです。そして、それはすでに壊れているのです。よって、もう、解くことは叶わないのです。なぜなら、それを解こうとしてもばらつきの固定ができません。つまり……それらは、はたして正の方向を向くのか、それとも負の方向を向くのか、わからないのです。わたしでも、そのような訳のわからないものは解けないのです。」

「そんなの、あの『大過去』だって……それこそ、私たちや物質の存在だって似たようなものでしょう。フィー? いつも深刻に考える悪い癖が、どうやら悪さしているようね?」

「姉様。このようにこの地に存在できる性質を司る、創造主がくださった性質に属する『ノルム』は正常なのですよ。それゆえに、それらを観察すると必ず実像を結ぶようになっているのです。それなのに……その理すらくつがえすこの壊れた不換な経済の『ノルム』は、もう……。創造主の想像すら超えた『あるまじき状況』なのですよ? 創造主の試練であっても『ノルム』は正常なのです。つまり、創造主であってもどうなるかわからない……。その決定には、保跡が壊れた空間にうっすら映る賽を投げるしかない……。姉様……。」


 シィーさんが俺にしつこく迫ってきた理由がはっきりとわかってきたよ。その、フィーさんの言っていることを俺なりに要約すると、つまり……シィーさんが抱えている「きずな」たちは、資産になるのか、借金になるのか「わからない」ってことだ。ああ……。それで、仮想短冊の通貨を目の敵にしているのかな?


「……。フィー?」

「はい、なのです。それらを人は『壊れたきずな……ハイ・イールド』と呼んでいるのですよ? そのようにして『ノルム』が壊れていき、方向が固定できない異物をポートフォリオとしてたくさん抱え込んでいるにも関わらず、その全部を『正の方向で勝手に固定』し、それらが隠せなくなったとき……、なのです。」

「フィー。それで、どうなるのかしら?」

「なにかの拍子で固定できない作用同士が『衝突』すると、『壊れたきずな』は『負の方向に固定』されるのです。すわなち、すべてが負として表に引きずり出される形となるのです。これが……崩壊と呼ばれる現象なのですよ。」


 ……。つまり、だ。俺が好んで売買していた上下によく飛ぶ銘柄、それらかな。あんなものを沢山抱え込んで喜んでいるってさ、確かにやばい。さらには、シィーさんの都合で正の方向に固定しているってさ、すなわち、そのような恐ろしい銘柄たちを「資産」とみている状況で、なにかの拍子って……、よくある話だ。


「フィーは『演算』がすべてとお考えのようね? この地は、そんなに単純ではないのよ。」

「姉様……。」

「大丈夫よ。それでも受け入れてくれる、私に忠義を尽くす市場があるわ。」

「姉様……。それは『円環』なのですか?」

「あら? そこまでわかっているのなら……ね? うん。少し前に、あの神々と約束してきたわ。もちろん、その忠義に対しての礼として『泡』を返すのよ。喜んでいたわよ。」


 泡? それって……。市場で泡……バブルだね。でもそれさ……膨らませてさ、シィーさんが回収するために……。さすがに、これは考え過ぎと願いたいです。あの神々も勘付いてはいるだろうから、喜んでいたというのは……ただの建前だろう。


「姉様、そのための余力を第三レイヤー勢力に持たせたのですね?」

「正解よ。それで、いま決めた。」

「何を……決められたのですか?」

「うん。『きずな』の利率で悩むのはもうやめたの。そうよね、私は豪快さも存在価値の一つ。こうなったら、利率を上げずに強行突破よ。」

「……。」


 えっ?


「これで精霊を護ることにつながる。これ以上、精霊の犠牲は防がなくてはならないの。」

「姉様、正気なのですか? 民の生活は……どうなるのですか?」

「フィー。精霊だって私の民よ? 今回は精霊を護ることに決めただけ。様子見よ。」

「……。」

「大丈夫よ、フィー。その間に、仮想短冊の通貨に奪われた価値を回収すればいいの。」

「姉様……。それとこれとは……。」

「フィー、よくきいて。私だってね、何も知らない間抜けではないの。仮想短冊の通貨は、ある価値に対する『仮面』よね? それくらい、気が付いているから。」

「……。」

「フィーが先ほど口滑ってしまった、『あの価値』をチェーン上で演算したのが仮想短冊の通貨よ。そう……、それはね、『地の通貨バスケット』よ。そのままの形では、私の懐に切り込めないから、姿を変えて襲いかかってきた、そんなところね。浅はかな地の大精霊達が考えそうなことだわ! そのような謀くらい、薄々と感じてはいたの。でも、今回の件で、それは確信に変わったわ。」

「姉様……。それで、あのような恐ろしいことを……。」

「恐ろしいこと? ああ……先日の、仮想短冊に対する豪快な引っこ抜きのことかしら。あれは奪い放題洗い放題をやった罰として、私が『時代を創る大精霊』としてこの地を代表し、執行したまでの話よ。あんなの野放しにする訳にはいかないでしょう。」

「そんな……。」

「何? さっきから、その曖昧な態度は何なのかしら?」

「姉様……。仮想短冊の通貨の『ノルム』は正常なのです。だから……、その……。」


 フィーさん……、今にも泣き出しそうだ。


「……。そう。フィーまで、あいつらの肩を持つのかしら?」

「……。」


 フィーさんがうつむいたまま、口をつぐみます。


「シィーさん、さすがにそれ以上は……。」


 思わず口走る。俺ですら危機的な状況は理解できましたよ。ところが、シィーさんは俺の制止を反抗的と捉えたのでしょう。俺に対して、冷たさや非難の意味を込めた視線を浴びせてきました。


「何かしら?」

「フィーさんが意見をぶつけてきたときは、必ず解決策も提示してくるはずだよ。」

「それで?」

「その解決策を拝見してからさ、今後のことをじっくりと……。」

「それで? その解決策に仮想短冊の通貨が含まれているのよね? 却下よ。」

「姉様……。たしかにそうなのですが……、みんなが助かる道でもあるのです。」

「却下。」

「……。」

「まったく、今はじっくりなんて話し合いしている場合ではないの。だいたい、あなたが優柔不断だから、こうなったの。」

「えっ、俺?」

「そうよ。だって、そうでしょう。あなたが女神ネゲートに『環から抜け出す演算』をさっさと頼み込めば、すべてが丸く収まっていたのよ。もう決まったと安心していたのに、フィーがここに来ただけで、なんで、その大切なこの地の命運を決める決断が揺らぐのよ?」

「えっと、なに、その演算?」

「姉様……。それは、それは……。それだけは!」


 概念すらよくわからない演算を、俺という存在を通してネゲートに頼み込もうと謀り込んでいたのは事実だったようです。フィーさんが嫌がっているので、間違いなく、恐ろしい演算だろう。


「なんだ。演算の概念がわからなかったのね。それで、なのね。安心したわ。この演算は、この地の将来を定める非常に重要な演算なの。だから唯一の存在『女神ネゲート』のみが扱えるの。それともあなたは、この地が『滅ぶ』のを傍観したいのかしら?」

「えっ? 滅ぶって……。そんなことはないでしょう?」

「あら? よいのかしら? この地が滅ぶとはね、ラムダの時代が未来永劫に続くことを意味するのよ?」

「えっ?」

「ところでフィーは、あのようなラムダの時代が好みなのかしら? だから、私のお願いを反対しているの? たしかに、あの時代の精霊たちは狂っていたわ。どの式に人を当てはめれば狂乱するのだろうか、そんなおぞましい実験まで平然と行われていたようね?」

「あ、姉様……、あの時代をわたしが……。ちがうのです……。」


 ああ……。精霊たちによって人が「完全管理」される、あのおぞましい悪夢の時代に逆戻りするのか。でもさ……、フィーさんはあんな時代を肯定なんかしていない。それどころか、俺をハッシュで操り、鞭をふるっていた精霊を黙らせて、助けてもらったんだ。


「さて。私の気が変わらないうちに、決断しなさい。ところで、私は『時代を創る大精霊』よ。ここで決断さえすれば、あなたのこの地での将来は必ず守るというのが、私という存在よ。あら……、女神の担い手で、さらには『時代を作る大精霊』からも祝福される存在なんて、この地ではあなただけになるわ。よって、この地のどんなものでも手に入る。そうね……都の支配者が好みそうな高い高い建造物を、まるで駒でも置くかのように……次々と建てることができるわね。それらにあなたの名を授けて盛り上がるのも大いに結構よ。ああ……、私の政敵すら悔しがる存在になるわね。いかがかしら?」


 シィーさん……? 俺の目の前に存在する大精霊は、本当にシィーさんなの? でも、詰めが甘いのでシィーさんなんだよ。なぜなら、それでは俺は動かないからね。


「シィーさん、何か大きな勘違いをされていないか?」

「えっ、何?」

「どんなものでも手に入る? それは違うね。もし俺がその演算を選択したら、フィーさんは俺をこの場で見捨てるだろう。こんなにも簡単な理屈すら、わからなくなってしまったのか?」


 目を細めて、俺とフィーさんを交互に睨みつけてきた。


「……。フィー、何をこの方に吹き込んだの?」

「姉様。何も吹き込んでいないのですよ。」


 これは引き下がれない。その女神の演算……、もし実行なんてしたら……この地は分断するのだろう。何となくだけど、そんな気がしてきました。仕方がない、こうなったら賭けだ。


「シィーさん。それなら、一度だけ、俺に正直に答えていただける?」

「えっ、何?」

「もしその回答が正直なら、その……ネゲートにお願いする演算、受け入れるよ。」

「……。本当に? もう……わかったわ。それで、そのご質問は何かしら?」


 俺は深呼吸してから……、シィーさんに質問をぶつける。フィーさんは不安そうに俺を眺めています。でも……、これくらいは勝負しないと。


「先日のラムダの件。あれは……、シィーさんが誘き出したのではない、それでいいね?」


 シィーさんの表情がみるみるうちに強張っていくのがわかった。さて、どんな回答だろうか。

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