06
【6】
でたらめだけど陽気な歌声が、僕の心を楽しませてくれている。
足取りも軽く、精霊使いの少女がすぐ目の前を歩いている。
どこからやって来たのか。少女のワンピースと同じ色の蝶が、彼女の肩に大人しく止まっている。
結局、少女の名前は「マリー」に決まってしまった。
僕が何度、本当の名前を訊ねても、
〝マリーがいいんだもん! マリーにするんだもん!〟
少女はそう頑固に主張するばかりで、名前を教えてくれなかった。
そして、そのまま、彼女は自分の主張を譲らなかった。
で、結果……。
「なあ、マリー」
ということになってしまった。
「なあに? お兄さん」
マリーが振り返る。
その顔はニコニコと嬉しそうだ。
「君のいうお家はどこにあるの? まだ遠いの?」
……相変わらず、風景に変化はない。
ただ緑の大草原が広がっているだけだ。
僕には、どうしても、この草原に家があるなんて信じられなかった。
人差し指を唇に当てて、ちょっと考える風にしてから、マリーは答えた。
「さあ? それはお兄さん次第かな?」
「へっ……」
また何を……。本当に変ったことばかり言う娘だな。
「それって、どういう……僕次第って、どういうことなんだい?」
「言葉どおりの意味だよ」
「だから、その意味を訊いて……」
けれど。無視された。マリーはまた歌い始めた。
どうやら、教えてくれる気はないらしい。
つまり、自分で考えろ、ということなんだろう。
……僕は大きくため息を吐いた。
その息吹に驚いたのか、マリーの肩から蝶が飛び立った。
「えっ?」
その瞬間……いや、たぶん気のせいだろう。
そうじゃなければ、きっと目の錯覚に違いない。
そんなこと、あるわけがない……。
僕は目を瞬かせ、頭を軽く左右に振った。
そんな僕を見て、マリーが不思議そうに小首を傾げる。
「どうしたの、お兄さん?」
「…………」
長い金色の髪、水色の瞳。黄色のワンピースに、頭の大きなリボン……。
確かに、マリーはそこにいた。
彼女は、僕の前にしっかりと立っている。
何も、おかしなところはない。
やっぱり……気のせいだったようだ。
「ううん、なんでもないよ」
今度は、安堵のため息が零れた。