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05


  【5】


 空は青さを取り戻していた。

 元通り、見慣れた晴天がそこにはあった。

 ゆっくりと半身を起こす。

 大地はすっかり濡れていた。陽射しを受けて、緑の草原は光り輝いている。

 精霊たちに護られていたんだろう。しかし、少女はまったく濡れていなかった。

 ワンピースのポケットを探り、

「はい、これ」

 と、少女は僕に何かを差し出す。

 その掌の上には、飴玉らしきものが一つ載っていた。いくつかの色が交じり合い、それが不思議な光彩を放っていた。

「僕に、くれるのかい?」

「うん、そうだよ」

 少女は頷く。

レインボードロップっていうんだよ。精霊さんお手製の飴だから、食べたら元気が出るよ」

 ……雨の後に、虹の飴か。

 なんだか、おかしみを覚えた。

「ありがとう」

 礼を言って、飴を受け取る。

 それを口に入れようとして、気づく。

 ……髭だ。

 顎に当たった指が、異物に触れた。

 不精髭。そう呼ぶには、それは伸びすぎている感触だった。

 顔を触ってみると、口髭や頬髭もかなり伸びているようだった。

 だから……おじさんだったのか。

 きっと、この伸びすぎた髭のために、少女の目には僕が老けて映ったんだろう。

 一人納得し、僕は飴を口に放り込んだ。

 ……甘くない。何の味もしなかった。

 けれど。あたたかい飴だった。

 舌の上で溶けていく飴が、静かに熱を放っていく。

 ……やさしい熱さだった。

 その熱が身体中に伝わっていく。疲れ切っていた肉体が癒されてゆく。

 身体だけでなく、心にも何か温かいものが流れ込んでくる。

 静かに、穏やかに。精霊のお手製だという飴は、僕を元気づけてくれる。

 ふと見ると、少女が微笑んでいた。

 思わず。微笑を返してしまう。

 そういえば……まだ、この娘の名前を聞いていなかったっけ。

 今更ながら気づき、それを訊くと、

「何だと思う? 当ててみて」

 少女は悪戯っぽい表情かおをした。

 ……当ててみて、って。

 そんなの、当たるわけないじゃないか。

 素直に教えてくれれば良いものを。面倒なことを言うものだ。

 だけど、まあ……恩人殿の申し出だ。とりあえず、考えてみようか……。


 少女のどこか期待に満ちた瞳が、僕を見ている。

 僕の解答を待つ間、ワンピースの裾をひらひらさせて踊ったり、口笛交じりにハミングしたり、少女はとても楽しそうだった。

 そんな彼女の様子を眺めているうちに、ようやく、閃き浮かんでくるものがあった。

「マリー……」

 と、思い浮かべたそれを、試しに口に出してみる。

 ……悪くないな。

 音にしてみると、その響きは、目の前の少女によく似合っているように思えた。なんとなく、そんな気がした。

「……マリー、マリー」

 僕の口にした名前を、少女は繰り返した。

「マリーか……うん、可愛くて素敵な名前だね。いいね、マリー! とっても気に入っちゃった!」

「…………」

「うん、決まり! それにするね! お兄さん、私の名前はマリーにするから」

「えっ……。ちょ、ちょっと……」

 マリーにするからって……。

 なんで、そうなるんだよ。

 ……何を言ってるんだ、この娘は?

 戸惑う僕に対し、少女はあくまでもマイペースだった。

「名前も決まったことだし。さあ行こう、お兄さん」

「行くって……どこに?」

「もちろん、お家にだよ」

 そう言ってにっこり微笑むと、少女は僕の右手を取った。


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