04
【4】
少女はきょとんとしていた。
無言で僕の顔を見つめている。
ただ、無言でも、その表情はしっかりと「びっくりした!」と言っている。
無理もない。いきなり行き倒れだなんて言われれば、誰だって驚くだろう。
当然の反応だと思う。
が、しかし……。
「うわあぁぁーーー、すごいお声だね! なんだかアヒルさんの声みたい!」
どうやら、少女の驚きの重点は、僕の思っていたポイントとは違うところにあったようだった。
「そりゃあ、喉がガラガラに渇いているからね」
唾だってもう、ほとんど出ないくらいなのだ。叫べば、声だって変になるだろう。
「ふーん……そうなんだ」
──ちょっと待ってね。
言うと、少女は立ち上がり、何もない宙に向けて何やらブツブツ言い始めた。
声が小さくて、何を言っているのかは聞き取れない。時々、頷いたりもしている。
……なんだ?
突然どうしたんだ、この娘は?
いったい……何を待てというのだろう?
わけが分からない。
困惑する僕を余所に、少女はまだ一人話し続けている。
「いったい何をしているんだい?」
思い切って訊ねてみると、
「精霊さんとお話しているんだよ。雨を降らせてくれるように頼んでるの」
ちらりとこちらを見て、少女は事もなげにそう答えた。
……精霊さん? 雨を降らせてくれるように、頼む……?
……って!
なっ──なな、なんだって!?
こ、この娘は精霊使いなのか!
──精霊使い。この世界には、ごく稀にそう呼ばれる人間が生まれ落ちる。彼らは自然を司る精霊たちと交信する能力を持ち、精霊の協力のもとに様々な力を操ることができるのだという。
中には、精霊たちを通し、動物と話すことができる人間もいるらしい。
そんな彼らのことを、教会では〈精霊の御子〉とも呼び、聖者として尊んでいる。それくらい、彼ら精霊使いと呼ばれる人間は稀有な存在なのだ。
その幻の精霊使いが、僕のすぐ目の前にいる……。
「ありがとう、精霊さん」
少女の正体を知り驚く僕の耳に、幼い声が飛び込んでくる。
「いいよ、って。雨を降らせてくれるって、お兄さん」
少女がさらりと言う。
「じゃあ、お願いね」
宙に向けて、少女が微笑む。
すると、たちまち青かった空に、灰色の雲が渦を巻き始めた。
渦がどんどんと大きくなっていく。
空から太陽が消える。
緑の大地が暗く陰る。
やがて、低く垂れこめた雨雲が、空全体を覆い尽くしてしまった。
ずっと青い空ばかり見ていたせいか。
目の前に広がる鈍色の空が、ひどく神秘的なもののように思えた。
ぽつぽつと雨粒が落ちてくる。
「さあ、お兄さん。お口を開けて」
「あ、ああ……」
少女の言うとおりにする。
僕は口を大きく開けた。
雨足が強まってくる。
思わず、目を瞑ってしまう。
乱暴な雨だった。容赦なく打ちつけてくる雨に、顔が少しばかり痛かった。
次々と雨粒が口の中に飛び込んでくる。
……あたたかい雨だった。
口の中に雨水をため込んでは、飲み込む。
水が喉を通る感覚が心地好かった。
……満たされてゆく。
なのに。……なぜだろう。
満たされながらも、どこか淋しい。
雨を飲めば飲むほどに。
なぜか……僕は哀しさを覚えた。
……精霊の心遣いなのか。
篠突く雨は、なかなか降り止まなかった。