03
【3】
暗闇が僕を包み込んでいる。
……ひどく喉が渇いていた。
どれくらいの日数が過ぎたのか、もう知らない。とっくに数えるのは止めてしまった。
目を開けるのが億劫だった。
どうせ……また同じに決まっている。
空──。それも雲一つない青い空が見えるだけだ。
完璧な青空。この草原の空はいつも晴れていた。空だけでなく、大地にも何の変化も訪れはしない。
……何も変わらない世界。
きっと、この世界は変化することを望んでいないのだろう。
僕は勝手にそう思い込んでいた。
………………だれ、だ?
けれど、違ったらしい。
目を開けた時、僕の瞳に映ったものは青空ではなかった。
「あ。起きた……」
小さな唇が、ぽつりと言葉を紡ぐ。
目の前に、女の子の顔。
好奇心旺盛そうな、大きな二つの水色の瞳が僕を見つめている。
長い金色の髪が、陽射しを受けてきらきらと輝いていた。
七、八歳くらいだろうか。薄黄色のワンピースに空色のベスト。頭には、ベストと同じ色の大きなリボンをつけている。
僕を見下ろす少女の姿。自分のすぐ傍らに人がいる……ただそれだけのことに、僕はひどく困惑していた。
僕の瞳に映る少女の背景は、青一色で。頭と視線を左右に振ってみても、見えるものは、これまでと同じく青と緑ばかりだった。
この娘は、いったい何だ……?
何もない、果ての見えない大草原に、どこからともなく現われた少女。
その存在は、ずっと雲一つなく晴れ渡り続けている青空以上に普通じゃない。
もしかして……。
「天使、様……?」
けれど。くすり……笑うと、
「違うよ。そんなこと言っちゃ、天使さまに失礼だよ」
少女は否定した。
「それより、おじさん。こんなところでお昼寝なんかしていたら、風邪引いちゃうよ」
「…………」
…………おじさん。それって、僕のことか?
それは違うだろ。
「おじさんじゃなくて、お兄さん」
思わず、訂正してしまった。
記憶がないのだから、自分が何歳かなんて分からない。でも、分からないけれど、僕はまだ「おじさん」なんて呼ばれるような歳ではないはずだ。……たぶん。
「それに、お昼寝じゃないよ」
「じゃあ、何をしているの?」
小首を傾げ、少女が訊いてくる。
「あ、いや……その……」
口ごもり、言葉に詰まる。
僕は困ってしまった。
本当のことを言うのは……なんだか情けなかった。……格好が悪い。
「別にわざわざ言うことのほどじゃ……」
僕は曖昧にして躱そうとした。
「お昼寝じゃなかったら、なに?」
しかし、少女の方は退いてくれそうになかった。
「それは……」
「それは?」
少女がしゃがみ込む。
僕と少女の間の距離が、あっという間に縮まった。間近で見つめ合う。
「ねえ、なあに?」
少女は、子供らしいしつこさで迫ってくる。
「…………」
…………仕方ないか。
この状況じゃ、いまさら恥も見栄もない……。
「……行き倒れ」
ぼそり。僕は答えた。
だけど、声が小さすぎたようだ。
「え……?」
少女が聞き返してきた。
ああっ、もう自棄だ!
「だから行き倒れ!」
僕は大きな声を上げた。
「お昼寝なんかじゃなくて、ただ動けないだけなんだよ!」