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爆弾拾いがついた嘘 【旧バージョン】  作者: 生津直
第3章 血の叫び
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88 師匠の休業

 一週間の休暇を決め込んだ新藤は、一日の大半を座敷でだらりと過ごした。


 廊下と台所に面した引き戸は開いていることもあれば閉まっていることもあった。食事は台所に置いておいてやれば適当に食べてはいたが、トイレや風呂に向かう姿はといえば、髪はボサボサ、(ひげ)は伸び放題の隠居モードで、いつもの覇気(はき)はどこかへ飛んでしまっていた。


 少々肌寒いぐらいの日になぜかホースで庭に水を()いていた時にはさすがに一希も「どうしたんですか」と声をかけたが、「何となく」という返事には一応の正気が感じられたため好きにさせた。


 四日目に車でどこかへ半日ほど出かけた新藤は、以降めきめきと回復し始めた。大机で書類に向かったり、仕事道具の手入れをしたりする姿もちらほら見られるようになった。


 七日目。新藤が担当するはずだったザンピードの安全化処理の日。代理を務めた処理士から無事終了の電話が入り、一希がそれを受けて礼を言った。


 新藤が座敷で食事を終えたのを見計らい、連絡があったことを報告する。新藤は畳を見つめたまま相槌(あいづち)を打った。


「それから先生、もう一ついいですか?」


 新藤の視線が横に流れて一希を捉えた。随分久しぶりに目が合ったような気がする。


「あの……私、先生に(あやま)りたいことが」


「何だ」


「前に私の両親の話をした時、先生のお母様が……あの、生みのお母様が、スムだって知らなくて」


「……誰に聞いた?」


「え?」


 新藤の表情は変わらなかったが、一希は何となく(とが)められたような気分になった。


「あ、特に誰ってわけじゃ……みんなでいる時にちょっとそういう話が出たもので。すみませんでした、あの時、混血がまるで悪いことみたいな言い方をしてしまって」


「血の話はもういい。俺の言いたいことはあの時に言った通りだ」


「はい」


 新藤は黙ってしまったが、一希の存在を煙たがる様子はない。


「菊乃さん今頃、先生のお父様と天国で再会してらっしゃるんでしょうかね」


「……だったら何だ?」


 もちろん特に深い意味はなかった。新藤と雑談を続けたくて何気なく口にしただけだ。


「あ、いえ……すみません、余計なことを」


 新藤はしばらく眉を寄せて沈黙した後に口を開いた。


「あの二人は二度と会わない方が幸せだ」


「えっ? でも……」


 互いに好意を持ち、一つの家族のように生きた二人が世間体から解き放たれた世界で再び顔を合わせることは、いいことであるように一希には思えた。しかし、新藤はそのイメージを打ち消すような()のため息をこぼした。


「何を吹き込まれたか知らんが、鵜呑(うの)みにしないでくれ。あの兄弟は一人ひとり少しずつ事態の解釈が違うが、どれも事実からは大抵ずれてる。世間じゃ親父が金にものを言わせて立場の弱い菊さんを利用したみたいに言う奴もいるが、見かけほど単純な話じゃない」


「そんな……私は決してお父様のことそんな風には……」


「二人の間ではあくまで合意の上であの形を取ってた。周りがとやかく言うことじゃない」


 口調は落ち着いていたが、新藤は静かに苛立(いらだ)っていた。目の前の一希にではなく、おそらく一希に何かを吹き込んだであろう人物に。新藤の頭の中では、それは綾乃ではなく、最も事実から離れた解釈をする誰かだったのかもしれない。


「隆之介さんは……私の職業を生み出した方ですし、先生のお父様ですし、だから私は感謝してますし、尊敬してます」


 自分の本音の月並みさがもどかしい。もっと気の利いたことが言えたらいいのに。


「お会いできたらよかったなと思います。まあ、それならちゃんと一人前になってからの方がいいですけど」


「いや……」


と呟いた新藤の視線が床から壁に移る。その位置で気だるげな瞬きが繰り返された。すると唐突に、


「何か果物はあったか?」


「え? あ、ブドウと……梨が一つ」


「ん」


()きましょうか?」


 ふと(ひたい)に手をやり、そのまま固まってしまった新藤から返事を聞くことを(あきら)め、一希はとにかく果物を与えてやるべく、そっと台所に立った。


 冷えた梨を剥きながら、一希はぼんやりと考えた。遺品を譲り受けた様子もなかったし、アルバムなども新藤の手元にはなさそうだ。胸の内にしかない菊乃との思い出と、新藤はこれからどう付き合っていくのだろう。


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