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爆弾拾いがついた嘘 【旧バージョン】  作者: 生津直
第3章 血の叫び
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81 暇乞い

「どうぞ上がってくださいな、騒々しいですけど」


 促されるまま靴を脱いで上がり、廊下を進む。入ってすぐ右手に二階に上がる階段。次に居間があって人がひしめき合っている。それを通り過ぎた一番奥の部屋は、(ふすま)が細く開かれていた。前を歩いていた綾乃がその手前で振り向く。


「あのね、何ていうか、()き出しって感じなのよね。びっくりなさるかもしれないけど」


「あ、いえ、様式については大体存じ上げてますから」


「そう。ちょっと顔がむくんじゃってるけど、許してやってね」


 無言の会釈(えしゃく)で応え、綾乃の後に続いて座敷に上がった。


 縦長の八畳間の中央に、菊乃は足をこちら側にして横たえられていた。棺桶(かんおけ)はない。白い布に包まれているだけ。顔の部分だけ布が開かれているのが見える。入ってすぐの左手に男が二人、何をするでもなく壁にもたれてあぐらをかいていた。その一人が新藤だった。心痛に腫れた目が痛々しい。


 一希が入ってきたのを見ると、いささかきまり悪そうに目を()らした。白のワイシャツに黒いズボン。借り物なのだろう。幾分窮屈そうだ。一希は黙って二人に頭を下げ、菊乃のそばに歩み寄った。


 スム族には、死に化粧という習慣はない。亡くなった瞬間からの自然な変化を経た、そのままの顔だ。故人の顔を弔問客に見せるかどうかは、遺族の判断に(ゆだ)ねられる。


 一希は畳に膝をついた。確かにだいぶむくんではいるが、父の時のように色が変わってはいない。眠っているよう、と言うにはやや無理があるが、そこにいるのは間違いなく菊乃だった。


 菊乃さん、と呼びかけようとしたが、叶わなかった。あの抑揚にあふれた威勢のいい声が聞こえてくるような気がした。数えるほどしか会っていないのに、遺族の前で泣き崩れるのをどうすることもできなかった。


 ようやく顔を上げた時、部屋中を巻き込んでしまったことを知った。誰もがうつむき、懸命に(こら)えている。後は彼らの時間だ。一希は菊乃の胸の上で組まれている手に布越しに触れ、念を送った。感謝と、祈りと。


 ごく(つか)()暇乞(いとまご)いを済ませ、一希はそっと立ち去る。綾乃はそれを追うように玄関に戻り、山下と他数名を迎え始めた。


 居間を(のぞ)くと、ソファーもカーペットも老若男女で埋め尽くされている。そのうちの一人が一希の姿を見付けて挨拶にやってきた。


 菊乃の次男だそうで、康雄(やすお)と名乗った。新藤の隣に座っていたのが三男、つまり末っ子の昭雄(あきお)だという。大方予想していた通り、この場に残っているのは菊乃の親類がほとんどだった。子供と孫、弟夫婦に妹、従兄(いとこ)


 落ち着かない空気の中、一希は他の面々と挨拶を()わした。次男は各所に電話をかけ、かかってくる電話にも応対している。


 やがて各部屋を回りながら、誰がどの車に乗るかという算段を始めたらしい。墓地に向かう時刻が迫っているのだ。一希は遠慮しようかとも思ったが、どうやら昭雄の妻が二人の幼い子供とともに残る以外は皆行くらしい。


 物干し竿(ざお)に毛布を巻き付けた即席担架(たんか)で、新藤と昭雄が菊乃を運び出す。表に停めてあった新藤の軽トラの荷台がすっきりと片付けられていた。そこに毛布が敷かれ、その上に布にくるまれた菊乃が横たえられ、さらにもう一枚の毛布越しにベルトで固定される。そばで見ていた一希に、荷台の新藤が無言でキーを手渡した。


「あ、はい」


 なるほど。新藤は荷台の菊乃に付き添うつもりなのだ。固定してあるとはいえ、荷物のように放置するのは忍びないというのは一希も同感だった。


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