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爆弾拾いがついた嘘 【旧バージョン】  作者: 生津直
第3章 血の叫び
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80 弔問

 電話を切ると、一希はベッドの下の衣装ケースから、父の葬儀で着た紺色のツーピースを出した。母の形見だ。


 支度しながら、菊乃のくるくると目まぐるしく変わる表情を思い出す。そういえば最近会いに行っていなかった。最後に会ったのは一体いつだったろう。何の話をしただろう。ただ、柚子煎餅はそれなりの頻度で台所に置かれていたから、新藤はちょくちょく様子を見に行っていたはずだ。


(先生……)


 血の繋がりのない母子。二人の間には愛憎こもごも、ありったけの思いを通わせた歴史があるに違いない。母の死に、息子は何を思うものだろう。一希は今さらながら不安に駆られた。


 電話の声は落ち着いていた気がするが、弟子に電話できる状態まで回復するのにいくらか時間を要した結果があのタイミングだったのではないか。押しも押されもせぬ大ベテランが、一週間も先の任務を退(しりぞ)いた。その事実が意味するものはあまりに重かった。


「迎えの車」は、菊乃の子供たちの幼馴染みだという四十がらみの女性のものだった。山下(やました)と名乗った彼女は、日代平(ひよだいら)への道を急ぎながら、一希に事情をかいつまんで説明した。


 今朝、菊乃の末息子の自宅に、売店が開いていないという駅員からの知らせが入った。電話を受けた妻が、菊乃のアパートの管理人に連絡。彼が様子を見に行ってみると、菊乃は寝室の戸口に倒れており、その時点で意識不明。すぐに救急車を呼んだが、病院に着いて間もなく臨終を告げられた。


 新藤がいつか言っていた通り菊乃には子供が四人おり、上から男、男、女、男。その最後の男の子を身ごもっていた時に夫に先立たれた。新藤が父親に連れられて出入りするようになったのはその子が生まれた翌年のことだが、幼かった山下は新藤のことも最初「この家の子」だと思い込んでいたという。


 国道を一時間あまり飛ばして末息子の家に着くと、年配の弔問(ちょうもん)客らがちょうど帰っていくところだった。山下はその中に懐かしい顔を見付けたようで、互いにお悔やみを述べ合っている。


 玄関の格子戸(こうしど)が開け放たれ、大小さまざまな靴がずらり。家の中はざわつき、赤ん坊の泣き声がそれに混じる。二階からの叫び声は年長の子供たちだろう。


 一希が戸口に歩み寄ると、中年の男女が出てきた。丁寧に頭を下げてそれを見送った女性の面立(おもだ)ちに、菊乃との血縁を確信する。と、その寂しげな笑顔がこちらを向いた。一希は心を込めて頭を下げ、彼女も一礼を返した。


「菊乃の娘の、綾乃(あやの)と申します。どうも、母が生前お世話になりまして」


「初めまして。冴島一希と申します。新藤先生のもとで、見習いといいますか……」


「ああ、建ちゃんのお弟子さん! 母から聞いてますよ」


「あの、この度は突然のことで、何て言ったらいいか……」


「本当にまあ何だか、コロッとねえ……」


 苦笑いのような照れ笑いのようなその表情に、どこか懐かしいような気持ちが込み上げる。菊乃の面影のせいでもあるだろうが、それだけではない。中学、高校時代にそれぞれ経験した両親の葬儀を彷彿(ほうふつ)とさせたからだ。


 誰もが神妙な顔を作ってみせるような形ばかりの葬礼ではない。埋葬までの時間が限られているせいでもあるだろうが、義理で訪れる者はまずいない。本当の(とむら)いとはこんなものかもしれないと思わせる、温かで、それだけにやるせないスムの別れの儀式。


「お母様には……」


 とても良くしていただいて、と言うはずだったのに。ハンカチを出す間もなかった。気付けば二人、玄関先で泣いていた。たった今出会ったばかりの相手とただ向き合って、立ち尽くして。家の中の喧噪を気にして振り返った彼女が、泣き止むきっかけになってくれた。


「母ったらね、すっごく気に入ってたわよ、あなたのこと。娘がもう一人できたみたいだなんてはしゃいじゃって……失礼しちゃう、孫ならわかるけど、ねえ」


 それを聞いてまた涙があふれる。胸苦しく長い夜になりそうだ。


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