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爆弾拾いがついた嘘 【旧バージョン】  作者: 生津直
第3章 血の叫び
73/116

73 痛み

 特にお使いを頼まれたわけではないが、何となく寄りたくなった。


「今日はお使いのついでじゃなくて、なんか菊乃さんに会いたくなっちゃって……そのついでに何か買おうかなって」


 菊乃は大して面白くもなさそうに、


「なーにを、しち面倒臭いことを」


と呟くと、さっさとお茶を二つ入れて自分の分をすすり始めた。


「なーんかあったんけ?」


「え?」


「建坊のやつ、えらいしょげちょったけど」


(……しょげてた?)


 新藤がしょげる図はあまり想像がつかないが、心当たりがないとは言えない身だ。弟子に声を荒らげられてそのまま黙り込んでしまった新藤とは、あの後、挨拶程度にしか言葉を交わしていない。


「それ、いつ頃ですか?」


一昨日(おととい)じゃったかな」


「何か言ってましたか?」


「そりゃあもう。何やかんやと遠回しにぐちぐちぐちぐち小一時間ばかりもな。まあええ歳してあれもまだまだひよっこじゃの」


「もしかして、私の……話でした?」


「そうは言わんかったけんども」


 けんども、菊乃にはお見通しというわけか。


「実は、最近ちょっとうまくいかないことがあって、先生に八つ当たりというか……」


「八つ当たりっちゅうのはぶちまけるもんじゃろがい。ぶちまけてもらえりゃあ、あいつもなんぼか楽じゃあ。そーんなことでいちいちしょげるような育て方したおぼえはないぞう」


と、菊乃は見えぬ目を細める。


「その代わり、何が起きてんのかわからんとか、力になってやれんっちゅうのはたまらんけえ。痛あくて痛くてよう」


 一希は信じられない思いでそれを聞いていた。湯飲みをさするしわくちゃの手をじっと見つめる。新藤はここへ来て、一体何をどう愚痴ったのだろう。自分がまさかそこまで師匠を困らせているとは思ってもみなかった。


「あんたも難しい世界にわざわざ好き好んで入ったんじゃったら、何でも使えるもんは使って(かしこ)く行かんでどうする」


 その言葉に、一希ははっとした。人の手を借りることを嫌うな。あの日、新藤にそう言われたのではなかったか。感情に任せるな、頭を使え、とも。


「黙って見とれっちゅうなら、安心して見てられるだけのもん見せてやりい」


 新藤の声が聞こえてくるような気がした。一度無理をすると決めたなら、必ず最後まで責任もって無理しおおせろ……。


(見ていられない? 今の私を……痛くて痛くて……?)




 玄関を開けると、大机に新藤がいた。


「先生……」


 一希の帰宅を待ち構えていたらしき新藤は、もはやしょげてはいなかった。


「檜垣んとこに百キロのマリトンが入ってきた。安全化の助手の指名を保留にしてあるそうだが、どうする?」


 檜垣と一緒に仕事をさせてもらえるなんて、またとないチャンスだ。


「はい、是非やりたいです! あ、でも……」


 一希はマリトンの補助業務は未経験だ。しかし、そんなことは訴えるまでもなかった。


「三十日の午後だから、まだ二週間ある。明日から特訓するぞ」


「はい。よろしくお願いします」


 不安の抜け切らない声で返し、頭を下げる。


「助手の担当範囲は処理士のさじ加減次第だが、あいつならあらかじめ頼んでおけばどうにでもなるからな。少尉(しょうい)クラスが立ち会うことになりそうだから、売り込むにはいい機会だ」


(少尉が……)


 逆に言えば小さな失敗も許されないということになる。しかし、こういうプレッシャーに押し(つぶ)されそうな時、いつも新藤が全力で支えてくれたからこそここまで来られたのだ。


「あの、先生……」


 弱々しく切り出すと、新藤と目が合った。磨かなければいけない。この目に映る自分を。


「ありがとうございます、いつも。これからもよろしくお願いします」


「何だ今さら」


 新藤は一瞬眉を寄せ、すぐに電話をかけ始めた。まずは檜垣に連絡。その後檜垣から埜岩(のいわ)基地に補助士の指名について打診し、埜岩から一希に正式な依頼が来るはずだ。


 新藤はどうやら先日の()()を蒸し返すつもりはないらしい。一希にはそれがありがたく、同時に申し訳なくもあった。


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