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爆弾拾いがついた嘘 【旧バージョン】  作者: 生津直
第2章 修練の時
54/116

54 恐怖

 防爆衣を着けるところまでは練習の時と同じ。しかし今度こそ本物の爆弾に触れることになる。


 安全化済みの子爆弾を相手に()()()()()()()毎日あれほど練習を重ねてきたのに、いざ(まぎ)れもない本物を目の前にすると体の奥底が震えるのがわかった。


 半径二メートルを粉々に破壊し、破片の飛散まで含めれば数十メートル離れた場所にも危害を及ぼしうる、正真正銘の破壊兵器。一見おもちゃのような紫色の円筒と、一希はいつまでも(にら)み合っていた。


「どうすんだ? 俺がやっちまってもいいのか?」


「いえ」


 上級補助士を目指すと言っておきながら、最初の一歩で()()づくわけにはいかない。多様なオルダの中でも、この種のストロッカは基本中の基本。数をこなすにも、まずは初回を乗り越えなければ始まらない。


「やります」


「よし。制限時間は十五分。質問は禁止だ。自分の判断で進めろ」


 そう突き放されて一瞬ひるんだが、毎日のように繰り返し練習したお馴染みの作業なのだから、何を心配する必要があるというのだ。しかし、この不穏な鼓動は何だろう。


「心配するな。お前が死ぬ時は俺も死ぬ」


 そう言うなり、新藤はヘルメットを被ってしまった。わざと脅しをかけているのだ。この至近距離で何かしくじれば、防爆衣がどこまで役に立つかは実際怪しい。二人ともが重傷を負う可能性もゼロではなかった。このプレッシャーの中で練習通りにできるかどうかが勝負。


 一希は覚悟を決め、ヘルメットを着けた。


 精神を統一し、手袋をはめた手でレンチを取り上げる。いつもの手順に従い、円筒型のストロッカの端にある金属の蓋をレンチでこじ開けた。


 信管を留めているネジを回すべくドライバーに持ち替えようとした時。


(あっ……!)


 ()を捕らえ損ねてしまい、ドライバーがぴょんと跳ねた。咄嗟(とっさ)に右手を伸ばしかけたが、瞬時に思い直し、左手で爆弾をしっかりと支えることに意識を集中させる。


 どこへ行ったのかと見れば、ドライバーは床に落ちていた。防音ヘルメット越しだから音はほとんど聞こえていない。


 もし爆弾の方を落としていたら……と考えると、冷や汗が一希の背中をつたい落ちた。視界の端にはじっと(たたず)む新藤の輪郭。一希は、落ち着け、と自分に言い聞かせ、しばし呼吸を整えた。


 すでに解体しかけているストロッカを作業台に置いて手を離すのは危険だ。床に落ちたドライバーをかがんで拾うことは(あきら)め、卓上の予備を使うことにする。


(そっか。こういう時のためにも予備は必要なんだ)


 何とか気を取り直して信管を外し、プラズマバーナーで爆薬を燃やす。最後に指差し確認をし、安全化を終えた。


 急に力が抜け、一希はへなへなとその場に座り込む思いだった。もっとも、防爆衣の重量ゆえ、(ひざまず)くことの方が難しいから実際には棒立ちだ。


 新藤のストップウォッチは十三分少々で止まっていた。一応制限時間は守れたが、中級の受験前には速い時なら十分を切っていたことを考えると、練習と本番の差は大きいと言わざるを得ない。ヘルメットを外し、何度か深呼吸する。


「すみません。こんなことでいちいち(おび)えてたら、補助士なんて務まらないですよね」


「いや、むしろ怖さを忘れたら終わりだ」


 一希は驚いて新藤を見やる。


「恐怖を全く感じないなら、それは危険性を理解してないか、死そのものを恐れてないかだ。自分や他人の命を失っても構わんと思いながら、それを守るための高度な能力が身に付くと思うか?」


(あ……)


 ある日の新藤の言葉を思い出す。「絶対に死ねないと思ってる人間ほど安全に気を配るもの」。死んでもいいと思うなと、あの時すでに注意されていたではないか。


「動機の弱い人間はある時点から必ず成長しなくなる。どんな使命感も正義感も、死を恐れる感情ほど強くはない」


 今こうして自分の身が爆弾の危険性にさらされてみると、新藤の言葉は胸の奥深くに響いた。


「死ぬのは怖い。死なせるのはもっと怖い。怖いからこそ、そんな事態を起こさないように何が何でも絶対の力を養うんだ。お前がすべきことは、恐怖心を味方に付けることだ」


(恐怖心を味方に……)


 もちろん、怖くて震え上がっているようでは仕事にならない。危険回避に自信を持てるだけの知識や能力を身に付けろということだ。


 自分が今やっとの思いで安全化した本物の爆弾を前にし、一希はこの職業に要求されるものの重みを痛感していた。


「さて、腹減ったな。続きは後にするか」


「はい」


 一希は新藤に言われたことを反芻(はんすう)しながら、防爆衣を解き始めた。その時、ふと思い立ったように新藤が言う。


「たまには外で食うか?」


「あ、はい……」


 それはありがたい。さすがに今日は料理をする気力も残っていなかった。


「とびっきりうまいコロッケを食わしてやる」


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