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爆弾拾いがついた嘘 【旧バージョン】  作者: 生津直
第2章 修練の時
41/116

41 叱責

 一希は、痛む頭を押さえながらソファーの上で体を起こし、しぶしぶ口を開いた。


「あの、実は、月のもので……」


「女の事情」的なことだけは意地でも口にすまいと思っていたのだが……。


「もともと最中は具合が悪くなるんですけど、このところちょっと疲れも溜まってて……だから一応前触れもあったというか、自分で予測はできます」


「具合が悪いのかと聞いたよな? あの時になぜ言わなかった?」


「……すみません」


「すみませんじゃない! 理由を聞いてるんだ、答えろ!」


 新藤の怒声がコンクリートの壁に反響する。


「こ、こんなことでへばってちゃいけないと思って……」


 目の奥がじわりと濡れた。唇を噛んでこらえ、何とか言葉を絞り出す。


「先生が毎日こんなに働いてらっしゃるのに、私が具合悪いとか言って休んでるわけにいかないと思って……少しでもお役に立ちたくて……」


 怒鳴り返せない自分が情けなかった。女々しい姿など本当は見せたくなかった。未来の補助士にふさわしく、凜々(りり)しく胸を張っていたかったのに。もし男に生まれていたら、同じように働いても倒れずにいられただろうか。いや、でも母は……。


「はっきり言っておくがな、お前が来る前は俺一人で十分回せてたんだ。今は雑用をお前に預けた分、当然俺の時間は余る。その分他の仕事を増やしてるだけのことだ。お前に休まれようが逃げられようが、手に負えないようなことにはならん」


「……はい」


「それからもう一つ。体力は一人ひとり違う。誰もが同じ働き方をするのはそもそも無理だと思え」


「はい……」


 見透かされたような気がした。母だったらこれぐらいこなしただろうな、という考えがちょうど今しがた脳裏をよぎったことを。


「調子が悪い時に無理をするのは、この世界じゃ迷惑にしかならん。何が可能で何が不可能かはお前が自分で決めることだ。他の誰にも(ゆだ)ねるな」


(何が可能で何が不可能か……)


「でも」と言いかけて、一希は口をつぐんだ。素直に「はい」と言え、と叱られ続けてきた子供時代が思い出される。そんな一希の疑問を、口答えするなと退(しりぞ)けることなく疑問としてそのまま受け入れてくれる稀有(けう)な存在。それが新藤だ。しかし、どこまでそれに甘えてよいものか。


 師匠の目を直視できず、視線の温度だけを感じる。


「何だ?」


と促され、そのありがたさを噛み締めながら一希はようやく本音を吐露した。


「もし、不可能ですって宣言してしまったら、これだから女は、って言われそうで……」


 新藤はさして驚いた様子もなく、


「そりゃあ言う奴はいくらでもいるだろうな。だが、可能だと言ったくせに作業中に倒れたら? 事態はましになるのか?」


「いえ……」


「どうなるんだ?」


「周囲にご迷惑がかかります」


「ご迷惑?」


「……最悪、事故に繋がるかもしれません」


「わかってるじゃないか。今日はその可能性を考えなかったのか?」


「すみません」


「考えなかったのか?」


「……考えませんでした」


「なぜだ?」


 食いしばった歯の隙間から嗚咽(おえつ)が漏れた。活性の爆弾を扱っていたわけではないが、倒れたのがもしケースを運んでいる最中だったら、新藤が命懸けで解体した大事な「商品」を壊してしまっていたかもしれない。あるいは新藤が咄嗟(とっさ)に支えてくれなければ、倒れた拍子に頭を打っていたかもしれない。不調のまま無理を続ければ危険を招くと、なぜ考えなかったのか。安全確保は一番大切なことなのに……。


「わかりません……」


 本当にわからなかった。一希の震える呼吸と、ぐすんぐすんと(はな)をすする音だけが空間を支配する。やがて新藤の声がそれに加わった。


「まずは体調を整えろ。その後、わかるまで考えろ。時間はいくらかかっても構わん。答えが出るまで他の仕事は一切禁止だ。そのためだけに時間を使え」


 どこに残っていたのかと驚くほど、新しい涙がどっとあふれた。お前にはもう用はない、出ていけ、と言われることを、無意識のうちに恐れていた自分に気付く。


「いいな?」


「はい……」


 新藤は書類を片付けて行ってしまった。貧血で倒れたのも初めてだが、これほど不甲斐なく(みじ)めな思いをするのも初めてかもしれない。ソファーの端にうずくまったままひとしきりべそをかき、ようやく立ち上がる気力を取り戻した時には、涙を吸ったトレーナーの袖がいい加減冷え切っていた。


 面倒ではあったが、少し温まりたくてシャワーを浴びると、いくらか気分も回復した。


 座敷はまだ戸が開いたままで、明かりがある。水を飲もうと台所に行くと、布団に寝そべって本を読む新藤が見えた。そっと会釈(えしゃく)して流しに向かう。すると、濡れた器を乾かしている台の隅に、何やら紙切れを見付けた。


宇厳(うげん)流 調薬・薬膳……)


 そのような文字が印刷されており、住所と電話番号がそれに続く。どうやら封筒状の袋の端の部分を破り取ったものらしい。座敷から新藤の声。


「試しに一回行ってみろ。薬草中心の自然療法ってとこだ。効く効かないは個人差があるが、もし合うようなら長い付き合いになるかもしれん」


「はい、ありがとうございます」


 もちろん不発弾処理業のための健康管理という趣旨ではあろうが、新藤の気遣いは一希の心に染みた。先生もお疲れが出ませんように、という一言は敢えて飲み込んだ。


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