35 男の友情
帰りの車で、一希は感じたままを述べた。
「檜垣さんちっておしゃれですね。それでいて肩肘張らないっていうか、寛いだ雰囲気で」
「あいつの経歴、知ってるか?」
「えっと、たしか旭洋大学を出られたんじゃ……」
「その前がすごい。親父が商社マンだったもんで、一年とか二年で住む国が変わるような生活だったんだと。それこそピカピカの高層ビルが並ぶような大都会から、水洗トイレもないようなド田舎までさんざん連れ回されてる」
「へえ、すごい!」
「高校からはこっちに戻ってきてたんだが、好き好んで留学だとかをする奴でな。学生時代はあちこち行ったり来たりしてたらしい」
「わあ、世界を股にかけてって感じですね」
「だからこの業界じゃちょっと目立つぐらい小ぎれいだし、何語だかわからん言葉をいくつも喋る。それでいて雨ざらし泥まみれの現場も厭わんし、野宿なんかもへっちゃらだ」
「スーパーマンじゃないですか」
「そうだな。だから当然モテる」
モテるのは紳士的かつにこやかだからだと一希は思う。新藤とは典型的な凸凹コンビといったところか。
「それを射止めたのが芳恵さんってわけですね」
「いや、むしろ逆と言うべきか。あいつの一目惚れで、そこからはもうずっと芳恵さん一筋。大したもんだ」
特別美人というわけでもないが、芳恵の笑顔には確かに人を虜にする魅力がある。
「先生はどこで檜垣さんと?」
「お互い処理士になってからだな。ある現場でたまたま一緒になった」
「それがご縁でこんなに仲良く……」
「別に仲がいいわけでもないが、まあ腐れ縁とでもいうのか。その現場ってのはごく単純な五百の信管抜きのはずだったんだが、終わった後に便乗案件があってな」
「便乗?」
「その日の朝に見付かった完全不活性の掘り起こしと積み込みだ。場所が近いし、せっかく面子が揃ってるならついでに頼む、と」
「ついでって言ったって、今日の今日でそんな急に……」
「まあ何も準備が要るわけじゃない。それに当時の俺らなんかどうせ手足の数のうちでしかない若造だ。なのにあいつは、たった一人で軍の指揮官に盾突きやがった。ぶっ続けで作業をするのは危険だ、人間には休憩が必要だと」
「確かにそうですけど、勇気ありますね。埜岩に嫌われたら仕事が減るかもしれないのに」
「指揮官の方も民間人に強制まではできんが、当時はまだ労働基準なんかも曖昧だったからな。現場の裁量で予定よりも多くの作業を課すことは珍しくなかった。俺は久々の現場だったし、余力も十分あったし、追加報酬はもちろん約束してくれたからむしろ続けたいところだったんだが、面白いからあいつに加勢してみた」
思いがけず賛同の声を得た檜垣の方も、さぞかし面白かったろう。
「最終的には全員体力的にも問題ないってことで、俺らが折れてやったんだが……全部終わって解散した後、補助士二人が俺らのところに来てな。勇気ある抵抗だったと称えられて、すっかり意気投合ってやつだ。日が暮れた野っ原で、いつまでも四人で取りとめのない話をした」
「へえー、そういう意味では貴重なひと声だったわけですね」
「まあな。一人で反対意見を述べるってのは、リスクが高い上に無駄に終わることが多い。しかし、それでも相手や外野に聞かせること自体が何らかの意味を持つこともある。俺はそれをあいつから学んだ」
(腐れ縁、か……)
この世界の大先輩。憧れの二人。その間をごく自然に流れる気負いのない友情は、一希には永遠に手の届かないもののように思えた。男同士の絆と信頼。この二人はたまたまそれが特に強固なのかもしれないが、他の処理士や補助士たちの間にも、大なり小なり熱い結び付きがあるのではなかろうか。
そんな世界に加わろうとしている自分を今一度見つめてみる。異物として弾き出されないためには、平均的な能力レベルでは不十分だろう。周りに負けるわけにはいかない。意欲でも技能でも、そして体力においても。
夕方、自室に戻った一希はすぐにジャージに着替え、普段以上に熱心に筋トレに取り組んだ。




