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爆弾拾いがついた嘘 【旧バージョン】  作者: 生津直
第2章 修練の時
34/116

34 お呼ばれ

 ある土曜の昼下がり。一希は新藤の軽トラの助手席に座っていた。古峨江(こがえ)市内を端から端まで丸ごと横切り、さらに隣町の賑わいを後にした閑静な住宅街に檜垣稔(ひがき みのる)の家がある。


 一希が檜垣家を訪れるのは、助手にしてくれと押しかけた時以来、半年ぶりだ。二階建ての一軒家。庭も広々としているし、洋風の家具や調度品も結構立派だった。檜垣がこの家に住んで五人家族を養えるのなら、うちの師匠だってもう少しいい暮らしができそうなものなのに、と一希は思う。


 ピンポーンという品の良い呼び鈴に応え、ドアが開いた。


「こんにちは……きゃー、かわいい!」


 玄関で二人を迎えた檜垣の腕に、きょとんとした表情の赤ん坊が抱かれていた。一希が新藤宅に移り住む少し前に生まれたと聞いているから、六ヶ月になるはずだ。


 新藤は檜垣を丸っきり無視して赤ん坊の方に話しかける。


「おお、リアン、久しぶりだな。さすがに大きくなった。おっ、ちょっと母さんに似てきたか? よかったなあ」


「おい、どういう意味だ」


と檜垣が新藤の頭をはたき、リアンと呼ばれた赤ん坊を渡す。次の瞬間、一希は我が目を疑った。抱っこなんて嫌だと拒むのかと思いきや、新藤はあっさり受け取って頬ずりまでしている。


「いらっしゃい、冴島さん。久しぶりだね」


「檜垣さん、その節はありがとうございました。あ、これ、プリンなんですけど、お口に合うかどうか……」


「あ、楓仙堂(ふうせんどう)じゃない。ありがとうね、気(つか)っていただいて」


 誰もが知っている老舗(しにせ)の洋菓子屋だ。新藤が手ぶらでいいと言い張るので自分の貯金で買ったのだが、それを知った新藤が結局は出してくれた。値段を知った時にはプリンごときがなぜこんなにするんだとぶつくさ文句を言われたが。


 リアンは真ん丸の目をぱちくりさせて新藤の顔をじっと見つめている。それをいつになく柔らかな表情で見つめ返す師匠は、およそ仕事の鬼には見えなかった。


「俺のことおぼえてるか? 病院で一回会ってんだぞ」


 と、そこへ、


「バキューン!」


 新藤が指鉄砲に撃たれ、腹を押さえてくの字になった。


「うおっ、やられたー! ってか、不意打ちは卑怯だぞ。こら、カイト!」


 新藤がすごんでみせると、長男カイトはダッシュで逃げ、廊下の奥からあかんべえをしている。元気一杯の七歳児。腕白(わんぱく)真っ盛りの男の子だ。新藤は、


「ほーら、冴島のおばちゃんだぞ」


と、リアンを一希に渡し、カイトの捕獲に向かった。


「ちょっとその紹介ひどくないですか? よっ……こらしょ」


 新藤は何の違和感もなく抱っこしていたように見えたが、意外にバランスが難しい。新藤と少年のやりとりを聞きながら、一希は体勢を整える。


「よお、カイト。また背伸びたんじゃないか? そのうち抜かれるな」


「にょきにょきにょっきーん! ねえケンケン、ちょっと来て。いいもん見せたげる」


(ケンケン!?)


 新藤の名前が建一郎であることは一希も承知しているが……。


「いいもんは飯の後でな。ほら、母さんの手伝いしなくていいのか?」


「してたもん」


「またテーブル拭いただけとかじゃないだろうな?」


「違うよー。あれ、何してたんだっけ?」


と、カイトはいっちょ前に腕を組んで首をかしげる。


「サラダの盛り付けね」


と台所から声がかかった。


「あ、芳恵(よしえ)さん、ご無沙汰してます。お招きありがとうございます」


「一希ちゃん、いらっしゃい。あらあ、リアンよかったわね。もう仲良しになったのね」


 リアンはおとなしく一希の腕の中に収まっていた。


「全然人見知りしないんですね」


「同じ女の子でもミレイの時とは大違い。やっぱり三人目ともなると図太いのかしらねえ」


「かーわいい。でも結構重いんですね、六ヶ月の赤ちゃんって」


「あ、下ろして大丈夫よ。もうお座りできるし。ハイハイはまだちょっと下手っぴいだけどねえ。あ、ケンちゃん、ほら、飲み物適当に出して始めてて」


「ん。ミレイはどうした?」


と新藤が辺りを見回すと、檜垣が黙って天井を指差す。なるほど、今日は二階にいるのだ。ミレイというのは一番上の女の子だが、一希が初めて来た時には友達の家に遊びに行っているとかで留守だった。


「あいつ、また何かへそ曲げてんのか?」


「それが特に何ってわけでもないんだよな。何なんだろな」


 華の十四歳。父親には未知の生き物のように見えるだろう。


 カイトはサラダの盛り付け任務に戻ったらしい。新藤は勝手に冷蔵庫を開け、テーブルに用意されていたグラスにジュースを注ぎながら一希にも勧めた。新藤と檜垣家の長い付き合いが(うかが)える。檜垣の方が年上だしキャリアも長いはずだが、先輩後輩というよりは対等な友達といった雰囲気だ。


 鍋と一口に言ってもいろいろあるが、一希が育った環境では鶏やキジ、山鳩(やまばと)、魚介などが主流だった。あとは友達の家で薄切りの牛肉の鍋をご馳走になった程度。


 檜垣家では(もっぱ)らこれだといって供されたのは、一希がこれまでに見たことも聞いたこともない鍋だった。メインはどうやらソーセージということらしく、ありとあらゆる野菜がそれを囲んでいる。


「すっごーい、いい匂い!」


 まずは出汁(だし)をいただいてみる。


「うわ、おいしい!」


 味がしっかりしていて(あぶら)の具合もちょうど良く、後味はさっぱり。


「鶏がらですか?」


「まさか私が出汁取ったわけじゃないわよ。スーパーに売ってる粉末のコンソメスープ。まあ鶏も一応使ってるんだろうけどね」


「へえ。そっか、具材からも出汁が出るからこの味に……」


 コンソメスープなんて小学校の給食に出てきた記憶しかないが、あれには具はほとんど入っていなかった。こんな使い道があったとは。


「ソーセージも香草たっぷりでおいしいですね」


「何を隠そう、これもスーパーの冷凍品でえす」


「本当ですか?」


「手抜きの天才だから」


とカイトが口を挟むも、芳恵は堂々胸を張る。


「知恵と言ってちょうだい」


「鍋のイメージ(くつがえ)るよな」


と新藤。


「本当ですね。斬新」


 一希の父などは絶対に受け付けなかった類の味だが、子供は喜ぶだろう。サラダも、ブロッコリーに海老、ゆで卵、マカロニと、一希には考え付かない組み合わせだが実に美味だった。


 カイトがガラスの器に一人分ずつ盛り付けたサラダは、海老を目、ブロッコリーを鼻に見立てて顔型に並べられている。


「よくできてるな。お前にそっくりだ」


「違うよ、ケンケンだよ」


「何言ってんだ、俺はもっといい男だろ。ほら、ニンジンちゃんと食べろ」


「うげー」


 その微笑ましいやりとりを眺めながら、一希は人知れず頬を緩めていた。子供と(たわむ)れる師匠を見るのは何だかくすぐったい。


 食後には芳恵が市販のティーバッグの紅茶を美味しく入れ、皆で楓仙堂のプリンを食べた。手土産として持っていったものなのにプリンをお代わりしようとする新藤を一希がたしなめ、夫婦(めおと)ぶりがすっかり板についてきたと檜垣たちにからかわれる。


 自室にこもりっぱなしのミレイには新藤がちょっかいを出しに行ったらしいが、結局彼女は二階から下りて来ないままお開きとなった。



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