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爆弾拾いがついた嘘 【旧バージョン】  作者: 生津直
第2章 修練の時
26/116

26 助手

 一希は当初、住み込みという言葉を特に重く受け止めていなかった。職員室で教官たちに笑われるまで、相手が男であることすら意識しそびれていた。


 資格を取ったらすぐに活躍できるよう、今のうちに現場のことをもっと知っておきたい。その意欲だけに突き動かされて、尊敬する処理士の自宅に押しかけ、間借りするに至った。しかし、蓋を開けてみればそれは紛れもなく、男性と二人きりで暮らしをともにすることだった。


 洗濯一つ取っても、家族でもない男性の汗が染みた衣類に触れることに、最初は何だか申し訳ないような気分になった。一希の方は、一応これまでのやりとりを経て知らない仲ではないつもりだし、恩義も感じているし、これからお世話になる相手でもあるせいか、不快感や嫌悪感は湧かない。しかし、当の先生の方はどうだろう。


 特に下着などは、助手とはいえ女性に洗われることを本人が嫌がるのではとも考えたが、それだけ残すのも失礼な気がする。かといって、わざわざ聞けばこちらも気まずいし、向こうも遠慮するかもしれない。しばし考えた末に思い切ってまとめて洗ってみたところ、特に(とが)められることはなかったため、一希はそれを正解と受け取ることにした。


 しかめっ面のイメージが強い新藤だが、決して気難しい人物ではないことはすぐにわかった。仕事以外のことは(おおむ)ねどうでもよいらしく、家事や雑用のやり方は一切一希に任された。洗濯物の畳み方や食器棚の中身の配置も、全て一希流を黙って受け入れている。


 一希が加わったことによる生活面の変化にも丸っきり頓着(とんちゃく)する様子がない。それどころか、新藤が見せた意外なまでの順応性に、一希はかわいらしさすら覚えた。


 洗面所の床に積まれていた汚れた衣類は一希が用意したかごに入れるようになったし、洗面台に無造作に横たえられていた歯ブラシも、一希が空き缶を持ってきて自分の歯ブラシと一緒に立てておいてやればそれ以降はきちんとそこに立てている。


 扉を半開きにしたまま小用を足す後ろ姿を見かけることも、三日目にはなくなった。それでいて便座だけはいちいち下げない辺りが、師匠としての尊厳を主張しているように思えて笑いを誘われた。


 一週間ほど経った頃には、なぜかたっぷりと水を吸った上で絞られた形跡のある下穿(したば)きが洗濯かごに放り込まれていた。何らかの事情で本人があらかじめ手洗いしたものだろうか。嫁入り前の娘としては何だか見てはいけないものを見たような気になってしまうが、新藤はそういったことをちまちまと隠す男ではないらしい。単に忙しいだけかもしれないが、ある種の潔さのような部分は、一希の目には男らしさとして映った。




 乾いた洗濯物を取り込み終え、一希は新藤のカレンダーに目をやる。


(今日は五時まで現場、だったよね。どこって言ってたっけ?)


 予定帳で場所を確認し、車での所要時間の見当を付ける。大抵はどこかへ寄り道をしてから帰ってくるらしいから、帰宅は七時近くになるだろう。いつもこれぐらいの時間に帰ってきてくれれば、夕食のタイミングが見計らいやすいのに。


 初日から一希も薄々勘付いてはいたが、新藤の食事は非常に不規則だった。家で細々(こまごま)とした作業をしている時は、ごく短時間の休憩がてら簡単なものをつまむだけというパターンがほとんど。といっても、その休憩は何分おき、何時間おきと決まっているわけではないから、ちょうどその時に温かいものを用意してやることは難しかった。


 いずれ食べるだろうと台所のテーブルに数品出しておいてやれば、それが何であれ黙ってつつき、処理室か大机に戻っていく。しかし、一希もそれなりに新藤から仕事を与えられているため決して暇ではない。ちょっと油断して料理を出し忘れていると、冷蔵庫に直箸(じかばし)を突っ込んで慌ただしくおかずを(むさぼ)る新藤に出くわすことになる。そんな日々を経て一希は自然と「冷めてもおいしいもの」を中心に献立を考えるようになっていた。


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