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爆弾拾いがついた嘘 【旧バージョン】  作者: 生津直
第4章 命賭す者
100/116

100 処理士、冴島一希



  * * * * * *



「お疲れ様でした」


「どうもお世話様です。ありがとうございました」


 二百キロのマリトンの安全化、無事終了だ。一希は手袋を外し、履いている左右の安全靴の入口に突っ込んで車に向かった。靴からぴょこんと手袋がはみ出した状態で水筒のお茶を飲む一希を、今日の監督役の先輩処理士が指差して笑う。


()()に染まりすぎ」


 足元を見下ろして一希も笑う。一希は皆そうするものなのだと思い込んでいたのだが、現場で他の処理士や補助士たちと接するうちに気付いた。これは新藤個人の癖だったのだと。しかしそれがわかってからも、この作法は手袋の紛失対策に一役買っていた。


 先日は埜岩(のいわ)の面々と補助士たちの前でデトンを「やっつける」と口走ってしまうし、ふとしたところで「新藤さんっぽい」と言われることはちょくちょくある。本人は今頃鳶代(とびしろ)でくしゃみでもしているだろうか。




 一希が処理士に昇格してから、もうじき二年が経つ。


 二年前の秋、推薦状を書いてくれた檜垣は、処理士としての一希の門出(かどで)を一家で盛大に祝ってくれた。檜垣家での団欒(だんらん)に新藤の姿がないことにいつかは慣れなければいけないと一希は思ったが、この二年間、寂しさは変わらない。


 一希を処理士にと推す推薦状は、全部で六通あった。檜垣の他、一希が補助したことのある処理士が二人。そして早川技術訓練校の土橋(どばし)教官。一希に手を焼いていたはずの彼が一体何を褒めてくれたのかは謎だ。


 さらに、陸軍大尉(たいい)が一人。一希は面識がなかったが、処理士の資格を得た後、お礼かたがた丁重に挨拶に行った。軍員であることを感じさせないほど気さくな男で、どうやら新藤の父、隆之介に恩義を感じている人物らしい。


 そして、六通のうち一番分厚い封書が新藤からのものだったという。推薦状は推薦者から試験協会に直接送られ、本人には見せてもらえないのが一希にはつくづく残念だった。新藤が誰かを正式に推薦するなんて初めてだと、埜岩で語り継がれているそうだ。


 一時はやっかみもあってか、まるでプロポーズだ、下心によるものだ、公私混同だ、とさんざんな言われようだった。一希はよっぽど「私が勝手に恋慕(れんぼ)して振られたんです」と明かしてやろうかと思ったが、それはそれで新藤に迷惑がかかるだろうと自重(じちょう)した。結局、新藤が鳶代に移ったことが知れるとすぐに、非難の声は静まった。


 中には頼んでも断られたことだってあっただろう。新藤が一体何人の相手に頭を下げて回ったのかと想像すると、その度に一希はあり余る感謝と慕情とで気が変になりそうだった。


(どうしてるかな……ちゃんとご飯食べてるかな)


 今頃また眉間にしわを寄せて、仕事のことばかり考えているのだろうか。


 別れの挨拶はなかった。一希に()()を言い渡した美夜月(みよつき)の日の翌日、新藤は早くも家を出た。外から通って来て荷物の処分や運び出しを少しずつ進め、処理室関連の書類上の手続きに取り組んだ。


 その間、二人の間には事務的なやりとりのみ。鳶代に新しい住まいを見付けたような口ぶりだったが、片道二時間の距離をそう何度も往復したとは考えにくい。


 おそらく、あの時はまだ近くの知人の家にでも宿を借りていたのではないか。一希から見れば新藤は失恋相手。きっと、数週間の同居継続を強いるのが忍びなかったのだろう。




 珍しく年内に古峨江(こがえ)に雪が降った日。また来るとも来ないとも言わずに新藤は去った。荷物も手続きももう残っていないことは、一希にもわかっていた。


 それからというもの、一希は時々鳶代の研究所宛てに手紙を書き、日々の仕事の様子や手応(てごた)えなどを(つづ)っているが、返事は一度もない。研究所の電話番号は住所からたどれば調べがつくだろうが、誰かに取り次いでもらってもし居留守でも使われたら、その時こそ立ち直れなくなってしまう。


 結婚でもすればさすがに業界の噂になるだろうが、その手前かもしれない。そんなことを考えてはため息をつく。自宅の住所や電話は誰に聞いてもわからなかった。知らせていないか、あるいは口止めしたのか。


 一希の心のリハビリには数ヶ月を要した。この住まいには、隅々まで新藤の気配が根を張っている。座敷を(のぞ)けばそこに姿があるような気がして、今にも処理室の重たい扉がガコンと音を立てそうな気がして、電話に応じる声が聞こえてきそうな気がして。その度に一希は、「死んだわけじゃあるまいし」と自嘲の笑みをこぼすのが常だった。


 一人分の食事を作るのがやるせなくて、食事処ナガイの出前を取ることも多かった。しかし、いつまでも泣き暮らしているわけにもいかない。


 ある日思い立って、早川技術訓練校の同級生に連絡してみると、すでに半数以上が業界を離れたと聞かされた。残っている者たちの中でも、安定して仕事を得られているのはさらに少数らしい。処理士にまでなっているのは、一希の他にもう一人だけだった。


 一希は、自分がいかに恵まれているかを思い知り、師匠のお陰で手に入ったこの立場を決して無駄にすまいと決意を新たにした。自分のものになってしまった処理室で、不活性部品を使ってオルダの解体練習を繰り返し、無難な探査から始めて少しずつ現場に復帰していった。


 どんな現場でも気の(ゆる)みは許されないが、自宅の処理室で作業にあたる時は一段と気が引き締まる。「能力は使わなければ衰える」。なぜ敢えて解体するのかという一希の問いに、新藤はそう答えた。師が与えてくれた技術を衰えさせずに継承したいというその心理を、今では一希も共有していた。


 二人で使っていた処理室を一人で使い始めた時、新藤はどうやってその喪失感に耐えたのだろう。一希は、自分の寂しさなどまだましだと、(おのれ)叱咤(しった)した。ここで一緒に作業をしていた新藤は、まだまだ元気でいるのだから。


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