日曜日のハイヒール
それなりに鬱憤が溜まっているようです。
日曜日。うららかな天気に誘われて、買い物に出かけようと思い立った。
出不精なので、理由を付けなければ、なかなか外に出ようとしない。
やれ体調が思わしくないだの、仕事で疲れているの。その上家族の用事に付き合わされていたら、近所のスーパー以外、母の都合など次々と諦め続けなければならない。
ウィンドウショッピングだって、映画だって、観劇だって、リラクゼーションだって、たまにはひとりで美味しいもの食べたいな~という欲求だって、である。
み~んな我慢して家族の用事に付き合っているのに、あなたたちはそれが当然のような顔をして付き合わせる。
だから思う。
突然、わたしがこの世から消えてしまったら、ウチの機能は途端に麻痺するのだろう。パニックに陥るに違いない。
面白そうだから、一度やってみたいと思うのだが、問題はこの世から消える方法と帰還した後の始末が面倒臭いことだろう。
スパッと現世におさらばするのは……まだ未練があるからいただけない。
ならば。
流行りの「異世界転生」なるものをしてそちらに住み着いてしまうというもの手だが、それは「転生先」の「異世界」がどんなものなのかにもよると思う。
住めば都と云うけれど、それほどスローライフに興味の無いわたしでは、転生先の居心地がいいとは思えない。
「異世界転生」は、傍で見ているから面白いのだ。
まあ、ここは「異世界転生」して、その「世界」が肌に合ったと仮定してみよう。
そこでそこそこの冒険を消化して、いざ元の世界に帰らんと帰還の魔法を行使したとする。
なにせ帰って来なくちゃ、家族の困り切った顔が見れませんからね。
しかし消息不明の期間と云うのも計算しないと、後々が大変だ。
短期間……一週間ほどの海外旅行気分で、なにげなく「ただいま~」が理想だろうか。
お土産に異世界の珍品をひとつふたつ持ち帰ることが出来たなら上出来だろう。「さすが、ママ!」と、娘や息子は目を輝かせることだろうし、主人には「どんなものよ!」と自慢が出来る。
しかし帰宅してからの諸問題……たとえば後回しにされた面倒事やら散らかったままの部屋の掃除など、「やれやれウチが一番……」と椅子に座った途端突きつけられるであろう溜め息の大量生産を余儀なくされる事態に、またストレスが積もっていくという悪循環になるに決まっている。
長期間ともなれば、その間に行方不明者届けが提出され、そのうち死亡扱いになっていたということもありうるかもしれない。墓石に名前が刻まれていたら、どんな顔をすればいいのだろう。
なんて考えていると、そのうち気分が億劫になって、本当に出かけることなど無くなってしまう。もっとお手軽に憂さを晴らす方法を見つけた方が余程ラクだ……ということになってしまうのだ。
それに「この妄想で物語が出来ないかしら……?」などと考え始めたら、PCの前に座り込んで、アイディアから湯気が出ているうちに料理してしまおう――なんてことになりかねない。
年齢を重ねるほどに身体が重くなるし。刺激に対する欲求も薄れていくし。
世のお偉い方々よ。引きこもりなど、簡単に作成できるのですよ。
……なんて考えているから、いけないのだ。ここは納得せずに、今日こそはお出かけをすることにしましょう!
さいわい主人は仕事、娘もいない。いつまでも惰眠をむさぼる息子が起きてこないうちに、さっさと家を出てしまおう!
ちょっとだけおしゃれをして、バッグを変えて、ハイヒールを履いて。
主人と一緒だとハイヒールは履けない。
せっかちで、わたしの歩幅なんて考えずにどんどん歩いて行ってしまうから、ウェッジソールの歩きやすい靴でないと付いて行けないのだ。
でも今日はひとりだから、疲れたらゆっくり歩いてもいいし、途中で休むことだってできる。折角なんだから、たまにはハイヒールを履いて出かけよう。
仕事でハイヒールは必須と云う方々には申し訳ないが、普段ローヒールもしくはウェッジソールしか履かないわたしには、これは特別なアイテムなのだ。
こういう時のためにと、主人に内緒で購入した7センチのハイヒールを靴箱の奥から引っ張り出す。
異世界では7センチヒールなんて、危なくておちおち履けないだろう。悪役令嬢にでも生まれ変わらない限り。
そう考えたら、現実世界の方がずっとお手軽だ。側溝の溝にヒール突っ込んでコケる可能性はあっても、いきなり死亡フラグが立つことはまず無い(……よね)。
背筋を伸ばして、颯爽とヒールを鳴らす。コートの裾が翻る。
「いざ、行かん!」
――電車に乗って繁華街まで!
……で、コピックの新色と夕食の材料を購入して帰ってまいりました。
悪役令嬢にはなれなくってよ!