救いと新しい世界
長い時を過ごした。自分が生きていた頃の記憶が掠れるほどに。人は死を恐れるだろうが、魂だけの存在になった僕にとってそんなものは不要だった。霊となり終わりなき命を得た僕は、はじめこそ自由と欲望に燃え、思うがままに日々を過ごした。だがそれもすぐ退屈に代わる。誰にも触れられず、言葉を伝えることもできない。世界への探求心が薄れてしまえば、残るものは何もない。ただ存在するだけの存在に意味などあるのだろうか。
月日を数え、霊魂の視点から人々を、そして生物を見れば嫌でも気づかされてしまう。この世界がどれだけ歪んでいて、穢れているのか。生き物は生き残るために互いを傷つけあい、その命を奪いあう。人間とてその連鎖から逃れきることはできない。自然界の弱肉強食から逃れられたと思っても、今度は人間の中で同じことを繰り返すだけだ。しかもその中にくだらない知能なんてものが上乗せされ、正義だのなんだのとくだらない建前を唱えるものだから始末に負えない。僕の求めるものはそんな虚偽に満ちた代物などではない。ただただ純粋で、その奥にある醜さや欲望さえ美しく感じられるような、そんな輝き。だがそんなものはくだらない理想、いや幻想だと、そう思っていた。
あの子との出会いが、僕を救いへと導いてくれた。たった一人僕を見つけてくれたその子が僕に見せてくれたのは、まさに僕の求めていた輝きそのものだった。少女と言葉を交わし、心を触れあわせる日々は、まるでかつて抱いていたあの幻想のよう。ただひたすらに純粋な心をもつ少女の笑みは、この世界に諦めかけていた僕に安らぎと、まだここにいたいという思いを与えてくれた。
されど終焉は無情な死神のごとく訪れる。薄れゆく意識。どうやら救いとは魂に終わりをもたらすものならしい。悲しみと恐れ、魂が肉体に別れを告げてから失っていたはずの感情だ。だけれど、こんな僕でも一人前にあの世に逝けることが、少しだけ嬉しくて、寂しかった。またいつか巡り会おう、愛しきあなたよ。瞳を閉じて感じたのは、新しい世界が始まるような、そんな予感だった。




