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8.狩人《ハンター》との遭遇


 学校での生活は特に問題なし。人間として自然に振る舞うよう心掛けつつ、私は情報収集を行った。

 別に特別な事をしたわけではない。休み時間、雑談に興じているクラスメイト達の輪に加わり、話を聞くようにしただけだ。

 幸いにも、私は小西君のような悪人面ではないので、どのようなグループに混じっても拒まれたり逃げられたりする事はなかった。


「ふっ、気弱そうな外見というのも悪くないかもな」

「……俺の所に来て言うなよ」


 小西君には拒まれてしまった。前世での私はいわゆる『悪』の陣営に身を置いていたので、彼のようなチンピラが傍にいた方が落ち着くのだが。

 男女を差別してはいけないと思い、女子のグループにも混じってみた。

 女みたいと言われているこの顔のおかげか、女子達からも拒まれずに済んだ。


「平賀君ってあんまり男って感じしないね」

「ははは、よく言われるよ」


 女子と話をしていると、野々宮さんがすっ飛んできた。私の隣に並び、何か言いたげな顔をしている。

 たぶん、私が女子相手に失言をしないかと心配しているのだろうな。面倒見のいい彼女らしい行動だ。


「急にどうしたの? 男子だけじゃなく女子とまで話して回ったりして」

「クラスのみんなと打ち解けようと思って。変かな?」

「平賀君らしくないよ。女の子と話すの苦手でしょ」


 むっ、そうだったか。言われてみればそんな気もするな。

 しかし、これはこの世界の事を学ぶための行動なのだ。現在の私には部下がいないのだから、自分で情報を集めなければならない。

 情報源は多いほどいい。クラスの人間とはある程度親しくしておいた方がよかろうと思ったのだが、野々宮さんは反対なのか。


「ねえねえ、二人は付き合ってるの?」

「?」


 女子の一人からそんな事を言われ、私は首をひねった。

 質問の意味がよく分からないな。私と野々宮さんが友人関係にあるか否かという事か?

 野々宮さんに目を向けてみると、彼女は頬を染め、手をパタパタと振って否定した。


「ち、違うよ! 全然、そんなんじゃないから!」

「えー、でもさー。いつも一緒にいるよね。怪しいなあ」

「しょ、小学校からの知り合いってだけだよ。ね、平賀君?」


 同意を求められ、少し戸惑う。野々宮さんは私と親しいと思われたくないのか?

 彼女は『平賀依緒』にとって、最も親しい人間だと思っていたのだが……ちょっとショックだな。


「……そうだね。ただの知り合いだよね。僕なんかと親しいわけないよね……」

「うっ……な、なんでそんな悲しそうな顔するのよ……」


 自覚はないが、私は悲しげな表情を浮かべていたらしい。野々宮さんはオロオロしている。

 私を元気付けようと思ったのか、野々宮さんは私の肩に手を置き、ぎこちない笑みを浮かべながら呟いた。


「つ、付き合ってはいないけど、仲良しだよね? 親友に近い感じ? あははは……」

「……」


 なんだか無理をしているように見えるが……しかし、親友か。悪くない響きだ。

 せっかく彼女がフォローしてくれているのだし、ここは同意しておこう。


「そう言ってもらえるとうれしいな。僕ごときが野々宮さんの親友を名乗るのはおこがましい気がするけど……」

「な、なんでそんな風に言うかな。皮肉なんてらしくないよ」


 なぜか野々宮さんはあせった様子だった。さっきから妙な反応をするな。少し怒っているような……よく分からない。


「ふんふん、なるほど。付き合ってるわけじゃないみたいね」

「そ、そうそう。そうなのよ」

「だってさ。よかったね、葉月」


 質問をしていた子が、隣の子に目を向けて声を掛ける。

 艶やかな、長い黒髪の少女。少し顔付きが幼い感じがするが、なかなか美しい容姿をしている。

 発育がいいのか、他の子より明らかに胸回りが豊かだ。育ち盛りのようで何よりだな。

 葉月と呼ばれた少女は、頬を赤くしてあたふたしていた。


「わ、私は別に……変な事言わないで」

「あれ? 平賀君みたいなのが好みって言ってなかった?」

「い、言ってないから!」


 私のような人間が好みとは変わってるな、と思ったのだが、言ってないのか。意味のない嘘はよくないぞ。

 真っ赤になった少女を、友人の子が紹介する。


「この子は白原葉月しらはらはづきっていうの。仲良くしてやってね、平賀君」

「いいとも。よろしくね、白原さん」

「よ、よろしく……」


 白原さんは恥ずかしそうに俯き、消え入りそうな声で呟いていた。

 かわいい子だな。部下として使えるかどうかは分からないが、候補リストに入れておくか。

 ふと見ると、野々宮さんがムッとして不機嫌そうにしていた。

 さては彼女も白原さんを部下にしようと考えていたのか? いや、まさかな。


「なにこの流れ。もしかして私、選択肢を間違えた……?」

「選択肢? 何の話だい、野々宮さん」

「気にしないで。ちょっと自爆しちゃっただけだから……」

「?」


 よく分からないが、爆破についての悩みなら相談に乗るぞ。人間に自爆は勧められないが。




 特に問題もなく時はすぎ、放課後。

 野々宮さんは女子の友人と帰る様子だったので、私は一人で下校した。

 学校を出て、駅に向かって歩いていく。すると途中で、妙な人物を見掛けた。

 金色に輝く長い髪、雪のように白い肌、青い瞳。外国人か。

 女性の割に背が高く、顔付きはまだ幼いが、かなり発達したプロポーションをしている。

 袖の長いローブを羽織り、その下には白い制服風の衣服を着ていて、短いスカートにブーツという出で立ち。

 何より目を引くのは、その背に背負った長い杖らしき物。先端が十字架型をしている。


 ……以前いた世界では、ああいう服装をした人間をよく見掛けた気がするが、この世界では珍しいな。明らかに普通の人間ではなさそうだが、何者なのだろうか。

 さり気なく観察しつつ、何食わぬ顔で通りすぎようとしたところ、謎の少女が声を掛けてきた。


「待ちなさい」

「?」


 立ち止まり、周囲を見回してみる。他には誰もいない。

 確認のために自分で自分を指してみせると、少女は小さくうなずいた。


「そう、あなたよ、あなた。女の子みたいな顔をした……あれ、本当に女の子?」

「いや、一応、僕は男ですが」

「それは失礼。ところで、あなた……」

「?」

「普通の人間じゃないわよね?」

「!?」


 少女が目を細め、鋭い眼差しで私を射貫く。初対面の人間から指摘を受け、私は硬直してしまった。

 ……何者だ、この女。私が魔族なのを知っているのか?

 もしや密かに魔族を始末している狩人か? やはり対魔族的な組織が存在していて、なんらかの方法で私の魔力を感知し、人知れず殲滅するために実行部隊を派遣したのでは……。

 だが、自分から正体を明かすほど私は間抜けではない。相手がどこまでつかんでいるのか、探りを入れてみよう。


「誰ですか、あなた。僕が普通の人間じゃないって、どういう意味です?」

「私はシーラ。邪悪な者を狩るのが仕事よ」


 やはりか。また随分とあっさり正体を明かしたものだが……いや、私を動揺させるための引っ掛けか?


「へー、そうなんですか。それはそれは……」

「ちょっと。なぜスマートフォンを取り出すの?」

「いや、警察に電話を……サイコ野郎の相手をするのは僕には荷が重すぎるので……」

「私がサイコ野郎ですって? 言うわね、この邪教徒が!」


 邪教徒? 何の話だ?


「私が狩るのは怪しい邪神を信仰している邪教徒どもよ。あなたもそうなんでしょ?」

「僕が邪神の崇拝者? なぜそう思うんです?」

「常人にはない、怪しい気配を感じるからよ。上手く隠しているようだけど、私の目は誤魔化されないわよ……!」

「……」


 なるほど、そういう事か。おそらく彼女は『闇』に属する負の気配に敏感なのだろうな。

 それで普段は完璧に魔力を抑えているはずの私から、魔力の残り香的なものを感じ取ったのか。

 なんだ、私の正体に気付いているわけではないのか……やれやれ、驚かさないで欲しいものだ。


「僕は邪神とか邪教とか信仰していません。あなたの勘違いでしょう」

「ふん、白を切るわけね。まあ、『邪教徒だろ!』と言われて『はい、そうです』なんて答える間抜けはいないわよね」

「いや、本当に違うんですよ。参ったな、どうすれば証明できるんだろ」

「それなら簡単よ。テストしてみましょう」

「テスト?」


 尋問でもするつもりか? まずいな。

 適当に答えるぐらい造作もないが、彼女がその道のプロだとすると、見破られてしまうかもしれない。

 シーラと名乗った少女は不敵な笑みを浮かべ、ローブの懐から丸めた紙を取り出した。それを広げてみせ、地面の上に置く。

 何やら気味の悪い絵が描かれているが……何の真似だ?


「これは私が追っている組織の邪教徒が信仰していると思われる邪神の絵よ。信者でないのなら踏めるはずよね?」

「……」


 踏み絵とかいうやつか。では、この無数の触手を生やした爬虫類みたいな気色の悪い怪物が、邪教徒とやらが信仰している邪神なのか?

 迷わず踏んでみせると、彼女は目を丸くして驚いていた。


「う、嘘っ、なんで踏めるの? しかも何の躊躇もなく!」

「どうです。これで邪教徒などではないと分かって……」

「信者じゃなくてもためらうでしょ普通! 邪神の祟りが怖くないの!?」


 彼女は青い顔をしてガタガタと震えていた。

 ……そんなに恐ろしい邪神なのか。私は信者ではないし、絵ぐらい踏んでもよかろうと思ったのだが……。

 ま、まあ、私は魔族だし、きっと邪神も大目に見てくれるだろう、たぶん。祟られない事を祈っておこう。


「……どうやら邪教徒ではないようね。それは認めてあげるわ」

「それはどうも」

「でも、怪しい気配の持ち主である事に変わりはないわ。さてはあなた……」


 くっ、しつこいな。魔族だと見破られてしまったか?


「変質者ね! そうに違いないわ!」

「いやあの、何を言って……」

「しかもかなり歪んだ性癖の持ち主ね! 女装した男、もしくは男装した女にしか欲情しないとかそういうの!」

「あの、ちょっと」

「あっ、ごめんなさい。どんなに変態的な趣味でも犯罪に走らない限りそれは個人の自由よね。他人がとやかく言う事じゃなかったわ」

「謝られても困るんですが……」


 また随分と思い込みの激しい子だな。誰が変質者だ、失礼な。

 どこまで本気で言っているのかは不明だが、少なくとも魔族だとは思われていないようだ。その点は安心か……いや、安心していいのか?

 下手に絡んでボロが出てはまずい。さっさと退散しよう。


「それじゃ、僕はこれで。お仕事がんばってください」

「邪教徒を見掛けたら私に教えて。この時間はこのあたりにいるから」

「はい」


 笑顔で手を振り、足早にその場を離れる。魔族狩りではなかったが、似たようなものだ。あんな危険人物には極力近付かない方がいい。

 彼女から十分に離れたところでスマートフォンを取り出し、警察に連絡しておく。

 人間の組織がどこまで当てになるのか分からないが、抑止力にはなるはず。これで彼女がこのあたりから離れてくれれば上出来だ。

 しかし、邪教徒狩りか。そんなものが現れたという事はつまり、このあたりには邪神を崇拝している人間が存在しているわけだな。

 ふむ。上手くすれば、そいつらを味方にできるかもしれないな。邪教徒とやらを捜してみるか。


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