6.使える能力の確認をする
深夜、こっそりと家を抜け出し、私は夜の街を歩いた。
住宅街から少し離れた町の外れに、解体予定のビルがあった。柵を乗り越えて敷地内に入り、建物の中に足を踏み入れる。
実は明るいうちによさそうな場所を探しておいたのだ。近くに民家がなく、多少の物音を発てても問題なさそうな場所を。
ビルの内部はコンクリートが剥き出しで、ガランとしていた。
元は駐車場だったと思われる、そこそこ広い場所に立ち、そこらに転がっているコンクリートブロックや金属の缶を並べ、実験を開始する。
まずは軽く、ジュースの空き缶から……距離は二メートル。少し近すぎるか。では、四メートルの距離で。
右手をかざし、意識を集中、標的に狙いを定める。
とりあえず、威力は最小で……可能な限り小さな爆発を起こしてみよう。
「ていっ」
別に声を出す必要はないのだが、勘を取り戻すためにあえて掛け声を発してみる。
空き缶がボン! と爆発し、私は顔をしかめた。
まだ威力が強すぎる。空き缶の表面を焦がしてやるぐらいに抑えなければ。
空き缶を五個ほど吹き飛ばし、六個目でようやく破裂させずにへこませるぐらいに抑える事ができた。
それから十回ぐらい試してみて、どうにか狙い通りの威力に抑えるのに成功する。
ふん、まあまあか。少しずつ慣らしていけば細かいコントロールも可能となるだろう。
直爆はこれでいい。次はもう少し実戦向けの能力を……駆動爆を使ってみるか。
右手を前に出し、掌を下に向ける。魔力を床の上に集中、円形に……直径二〇センチぐらいの青白く輝く円を作る。
よし、ここまでは成功だ。あとはこの円を自在に動かせれば……。
自分はその場から動かずに、腕を振り、掌の角度を変えて、魔力円のみを移動させる。
駐車場をグルッと一周させ、的に選んだコンクリートブロックにぶつける。どうにか命中し、成功かと思ったのだが、カッと閃光が弾け、冷や汗をかく。
ドカーン! と派手な爆発が起こり、爆風で吹き飛ばされそうになる。
ブロックは粉々だが、他の的も全部吹き飛んでしまった。
ああ、またか。これでは威力が強すぎる。もっと抑えなければ、狙った標的のみを爆破する事ができないぞ。
威力を抑えて魔力の円を作る練習を何度か繰り返し、実験終了。
とりあえずはこんなところか。威力の制御についてはやや難有りだが、以前と同じ能力が使える事が確認できたのでよしとしておこう。
あまり遅くなってはまずいし、そろそろ帰るか。他の能力についてはまた今度という事で。
引き上げる前に、肝心なやつをテストしておこうか。
この肉体は人間そのものだが、魔族の力に目覚めたわけだし……ならば、本来の姿に戻る事も可能なはず。
皮膚の一部を硬質化するのには成功した。あれを全身に施し、さらに形状を変化させなければならない。
それが私の魔騎士としての本来の姿であり、戦闘形態だ。能力をフルに発揮できるようになるためには、魔騎士の姿に戻らなければならない。
軽く深呼吸をしてから、精神を集中、身体の内部で魔力を高めていく。
本来の姿を思い浮かべながら、変化を念じる。体細胞の配列を組み替えつつ硬質化を行い、強靱な装甲を造り上げて全身を……。
「くっ、ううっ……!」
限界まで魔力を高めてみたが、それは以前の私からすると微弱としか言い様のないものだった。
それでも人間が持てるレベルの魔力に比べればすさまじく強力ではあるが、本来の力には程遠い。
結果、戦闘形態への変化は失敗に終わり、私は額に浮かんだ汗を拭った。
「はあ、はあ……くそ、だめか……!」
この程度の集中で息が乱れている時点でどうしようもない。今の私には無理だ。
薄々感じてはいたが、人間に転生した事で魔族としての力がかなり弱くなっているようだな。
私は、以前よりも弱体化している。非常に腹立たしいが、これはまぎれもない事実だ。
……まあ、なんだ。魔族の記憶が戻ったのに力がまったく使えない、という状態よりはマシか。
前向きに考えるようにしよう。そうでもしないとあまりの怒りと情けなさでおかしくなってしまいそうだ。
「……」
気分を落ち着け、右手を持ち上げてみる。
右手のみに魔力を集中させ、体細胞の変化を試みる。
すると右手の皮膚が黒ずんでいき、金属のような質感になった。さらに力を込めると関節がささくれ立ち、指先に長い爪が生えた。
「フン、右手だけ、か」
本来の状態に変化した右手を見つめ、呟く。
全魔力を集中してこれか。我ながら情けない限りだ。
だが、ゼロではない。今の私にはこれが精一杯だが、いずれ必ず――。
廃ビルを出て、柵を乗り越え、表の通りに戻る。あたりに人の気配はなく、静かなものだった。
暗い夜道を、自宅のある住宅街を目指して歩く。
しばらく進むと、前方の暗がりに何か動く物があるのに気付いた。
闇に溶け込むようにして存在する『何か』が、不気味に蠢いている。
――悪は悪を呼び寄せ、魔は魔を呼ぶ。
不意にそんな言葉が頭に浮かぶ。
魔族としての勘が警鐘を鳴らす。何かは分からないが、あまり友好的ではない者がいる。
「……何者だ?」
「……」
声を掛けてみたが、返答は無し。
それは黒い固まりのように見えたが、よく見ると人型の生き物だった。
身をかがめて丸まっている。かなり大きく、立ち上がれば二メートルを軽く越す背丈ではないかと思われた。
警戒を強めた私の前で、そいつはムクリと身を起こした。
ヌメリのある、コールタールを塗りたくったような黒い肌。暗いせいでよく分からないが、真っ黒ではなく赤黒い色のようだった。
上半身が異様に大きく、下半身は人間とそう変わらない大きさ。
筋組織が発達した太く長い腕をしていて、指先には鋭く長い爪が生えている。
最も異様なのは頭部で、丸い肉の塊に目玉が複数あり、頭部全体がまるで溶けているようにドロドロしていた。
……なんだ、こいつ。魔物か?
しかし、魔力らしきものは感じないが……まるで手負いの獣のような気配を発しているな。
「ウウッ、ウ、ウウ、ウッ……ゴァアアアアアア!」
不気味な咆吼を上げ、異形の化け物が襲い掛かってくる。
長い腕がブゥンと振るわれ、鋭い爪が闇を引き裂く。
この圧倒的なパワー……! まずい、あれを受けたら……私でもただでは済まない。
ギリギリのところで爪をかわし、真横に飛ぶ。謎の怪物はピタッと動きを止め、私に顔を向けてうなり声を上げていた。
なんだか分からないが、やる気か。どうやら私を獲物に選んだらしいな。
敵の素性が気になるところだが、まずは迫り来る危機を回避しなければ。駆動爆はまだ使えない。直爆でいけるか?
「ガアッ!」
「くっ、意外と動きが速い……!」
怪物が跳躍し、長い爪で私を一薙ぎにしようとする。冷や汗をかきつつ、右手を怪物の頭部に向け、魔力を叩き付ける。
刹那、ぶつけた魔力が弾け、閃光がほとばしった。
ドゴォーン! とかなり派手な爆発が起こり、私は爆風で吹き飛ばされてしまった。
いかん、咄嗟に使ったので、威力の制御が……少し強すぎた。
どうにか身を起こし、怪物の様子をうかがう。異形の化け物は上半身を失い、下半身だけが残っていた。
馬鹿な。今の威力なら、そこそこ強い魔物でも塵一つ残さず消滅させられるはず。
にもかかわらず、上半身のみだと? 恐ろしく頑丈な生き物だ。
さらに驚いた事に、下半身だけになっても動いている。魔物ならああいうのも珍しくないが、大した生命力だ。
放っておくと上半身を再生させそうな気がしたので、怪物の下半身に向けて手をかざし、もう一発食らわせてやる。
威力は先程と同等。派手な爆発が起こり、今度こそ怪物は完全に消滅した。
しかし、なんだ、今のは。どう考えてもまともな生き物ではないぞ。だが、魔族でもない。
この世界にはあんな怪生物が棲息しているのか? UMAとかいうやつだろうか。
あの一匹で終わりならいいが、あんなのがそこらにウヨウヨしているのなら問題だぞ。私がこの世界を征服する際の妨げになる。
まだまだこの世界には私の知らない事があるようだ。もっと情報を集めなければ……。