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5.人間達の争いを見学してみる


 食事を終え、私と野々宮さんは店を出た。

 駅へ向かおうとしていると、途中で赤い髪をした女子生徒を見掛けた。赤井さんだ。

 赤井さんは他校の制服を着た複数の少年達に囲まれ、何やら揉めている様子だった。

 むう、男勝りな少女だと思ったが、学校の外では男を相手にしてバトルに明け暮れているのか。元気がよくて何よりだ。

 しかし、相手の数が少し多いようだが、赤井さんはあの人数相手に一人で勝つつもりなのか? すごい自信だな。

 彼らが脇道に入っていくのを見て、私はそちらへ向かってみた。

 慌てて野々宮さんが付いてくる。


「ちょ、ちょっとどこに行くの? 警察呼んだ方がいいよ」

「いや、どうなるのか気になって。危ないから野々宮さんは来なくていいよ」

「そうはいかないでしょ。平賀君が行くなら私も行くよ」


 付いてくると言って聞かない野々宮さんに苦笑し、仕方なく彼女を連れていく事にする。

 赤井さんと少年達は裏通りに入り、どんどん人気のない方へ歩いていく。

 やがて狭い路地に入っていき、その先にある空き地にたどり着いた。

 私と野々宮さんは空き地の手前で物陰に隠れ、彼らの様子をうかがった。

 少年達は皆、あまり柄のよくない人間だった。全部で七人いて、赤井さんを取り囲んでいる。


「女のくせにいい度胸だな。謝るなら今のうちだぜ」

「はあ? 絡んできたのはそっちだろ。女だからってナメんなよな」

「こいつ……ナメてんのはどっちか教えてやるぜ!」


 一人が前に出て、赤井さんに殴り掛かる。

 赤井さんは相手の拳をガードして反撃し、そいつを殴り倒してしまった。

 意外とやるな。あれはかなり喧嘩慣れしていると見た。

 ところがそこで他の少年達が次々と襲い掛かってきて、たちまち赤井さんは窮地に陥ってしまった。


 おやおや。勝つ自信があるから七人相手に戦い始めたわけではなかったのか。それとも、彼らの力を見誤っていたのかな。

 いずれにせよ、もはや彼女に勝ち目はなさそうだ。

 そこで私は物陰から出て、空き地に入っていった。野々宮さんが止めようとしたが、彼女の手をすり抜けていく。

 いきなり現れた私に、少年達は怪訝そうにしていた。

 彼らを無視して、肩で息をしている赤井さんに声を掛けてみる。


「大丈夫かい?」

「ひ、平賀? なんであんたがここに……」

「君の活躍を見せてもらおうと思ったんだけど……ちょっと期待外れだったよ」


 赤井さんは顔をしかめ、不愉快そうにしていた。


「あまり無茶な真似はしない方がいい。勝ち目がない時は逃げるか助けを呼ぶべきだよ。かわいい顔に傷でも付いたら大変だ」

「……う、うるさいな。ほっとけよ」


 途端に彼女は真っ赤になり、目を泳がせていた。おや、意外と純情だな。

 するとそこで少年の一人が私に声を掛けてきた。


「なんだお前、そいつの仲間か?」


 私は彼に目を移し、笑顔で告げた。


「ちょっと黙っててもらえるかな。僕は彼女と話をしているんだ」

「なっ……!」


 少年は驚き、そして、怒りに顔を歪めた。


「こいつ……ナメてんじゃねえぞ!」


 叫ぶと同時に踏み込み、彼は私の顔面を殴った。ボカッと。力任せに思いきり。

 私は殴られた左の頬を押さえ、驚愕に目を見開いた。


「ちょ、ちょっと、見たかい、君達! 彼は僕を殴ったよ!」


 私の訴えを聞き、少年達は呆気に取られた様子だった。

 赤井さんまでもが「何を言ってるんだコイツ?」みたいな顔をしている。

 ……みんな分かっていないのか? あの少年はこの私を殴ったのだぞ?

 魔族の頂点に立ち、敵のみならず仲間にすら恐れられていた私を……意見を述べる事すら戸惑われるような恐怖の存在を、殴るだと? ありえない行為だ。

 あまりのショックに呆然としていると、私を殴った少年がニヤッと笑って言う。


「殴ったからなんだ? 喧嘩もした事ないお坊ちゃんかよ。女みたいな顔しやがって」

「信じられない……君はどれだけ罪深い事をしたのか理解していないのか……もしや、ものすごい馬鹿なのか?」

「だ、誰が馬鹿だ! この軟弱野郎、ナメてんじゃねえぞ!」


 彼は語彙が乏しいらしく、また同じ台詞を吐いて、私に殴り掛かってきた。

 再び左の頬を狙ってきた拳を、左腕をかざしてガードする。

 私の細い腕に拳を打ち付けた瞬間、少年は顔をしかめ、慌てて拳を引いた。


「い、いてえ! な、なんだこいつ、腕に何か仕込んでやがる……!」


 少し違う。私は服の袖に隠れた部分の皮膚を硬質化させただけだ。鋼鉄をもしのぐ強度に。

 ……ぶっつけ本番だったが上手くいったな。この程度の能力なら問題なく使えるようだ。

 すかさず、今度は別の少年が私の右脇腹を狙って蹴りを入れてきた。皮膚を硬質化させた右腕で受け、弾いてみせる。

 彼らは顔色を変え、私を取り囲み、四方から次々と攻撃を繰り出してきた。

 私はそれらを一つずつ左右の腕で受け止め、弾いてやった。

 真後ろからの攻撃も難なく受けてみせた私に、少年達があせっているのが分かる。

 ……やれやれ、少し大人げなかったかな?

 彼らはチンピラですらない、ただの一般人だ。戦闘のプロである私の敵ではない。

 少し説教でもして、引き上げさせるか。そんな事を考えていると、背後から悲鳴が聞こえてきた。


「きゃあ! は、放して!」


 振り返ってみると、少年の一人が野々宮さんの手を引き、彼女を空き地に引きずり込んでいた。

 目を丸くした私を見やり、野々宮さんを捕まえた少年がニヤリと笑う。


「この女、お前の連れだろ? 大人しくしないとどうなるか……分かるよな」


 まさか、人質を取るとは……一般人かと思ったが、彼らは立派なチンピラだったのか。なかなかあくどい真似をしてくれる。

 私が抵抗できないと思ったのか、少年達が愉快そうに笑って包囲を狭めてくる。

 だが、甘いな。この距離で人質を取っても無意味だ。もう少し離れた場所まで移動するべきだったな。

 そこで私は地を蹴り、少年達の頭上を飛び越え、一瞬で野々宮さんの所まで移動した。

 彼女を捕まえている少年の顔面をガシッと鷲づかみにして、低い声で呟く。


「おい、小僧。汚い手で彼女に触るんじゃない。消されたいのか?」

「ひっ……!?」


 少年が息を呑み、私は目を細めた。

 殺しておこうかと思ったが、こんな薄汚いやつの血が野々宮さんにかかったら大変だ。やめておこう。

 真下に振り下ろすようにして腕を振るい、少年を後ろ向きに倒し、後頭部を地面に叩き付ける。

 かなり加減をした。死んではいないはずだ。

 気絶した彼を放置して、残りの少年達に目を向ける。


「まだ、やる気か? 皆殺しにしてやっても構わないが、どうする?」


 少年達は顔を見合わせ、明らかにうろたえていた。

 やがて悔しそうに舌打ちしつつ、私をギロッとにらみながら、ゾロゾロと引き上げていく。

 倒れた少年を担ぎ、彼らは路地を抜けて去っていった。


 まあ、こんなものか。私はため息をつき、震えている野々宮さんに声を掛けた。


「大丈夫だった? 怪我はない?」

「う、うん、平気。ちょっと怖かったけど……」

「よかった。君が怪我をしていたら、彼らを追いかけて始末しなきゃならないところだったよ」

「し、始末って……それはちょっとオーバーなんじゃない?」


 いかん、つい本音が……『平賀依緒』はこういう事は言わないのだったな。


「もちろん、冗談だよ。ははは」

「そ、そうなの? もう、変な冗談はやめてよね」

「ははは」

「ふふふ」

「おい」


 私達が笑い合っていると、赤井さんが声を掛けてきた。

 赤井さんは少しフラフラしていたが、割と元気そうだった。救急車を呼ぶ必要はなさそうだ。


「余計な真似しやがって……正義の味方のつもりかよ」


 それはちょっと聞き捨てならない。私は顔色を変え、彼女に抗議した。


「なんてひどい事を言うんだ! 僕は正義の味方なんかじゃない! 取り消してくれ!」

「あ、ああ。悪かった、取り消すよ」

「よし」


 私の剣幕に気圧されたのか、赤井さんは即座に取り消してくれた。

 野々宮さんが不思議そうに首をかしげ、「引っ掛かるの、そこ?」と呟いていたが……私にとっては重要な事なのだ。気にしないでくれ。


「あんた、達人か何か? さっきの動き、普通じゃないだろ」


 赤井さんが呟き、不審者を見るような目を向けてくる。

 私としては普通に動いただけなのだが、少しばかり人間の領域を超えていたのかもしれない。

 『人間ではない何か』だと疑われてはまずいな。適当に誤魔化しておこう。


「実は頭を打った影響で、人体に眠る潜在能力を引き出す事ができるようになったみたいなんだ。普通は三割しか使えないのが、残り七割を使えるみたいで……」

「マ、マジで? すげえなそれ」

「マジなのさ」


 とりあえず赤井さんは信じてくれた様子だった。意外とチョロいな、彼女は。

 言うまでもなく、私が常人離れをした身体能力を発揮できたのは、魔族としての能力に目覚めたからだ。

 基本となる肉体は人間のそれだが、これはあくまでも基本形態でしかない。魔力を上乗せして肉体を強化したり、皮膚を硬質化する事ぐらいは可能だ。

 魔族としての私は、不死身に近い。近いだけで不死身ではないし、弱点もあるのだが……それは極秘事項なので誰にも教えるつもりはない。


「一応、礼を言っとくよ。ありがと」


 私から目をそらし、赤井さんはそんな事を言っていた。

 ふむ。それなりの礼儀はわきまえているという事か。かわいいところもあるじゃないか。


「貸しにしとくよ。いずれ時が来たら僕のために命を捧げてくれ」

「あたしに何をさせるつもりだよ!? 悪魔かお前は?」

「ふっ……そんなにほめられると照れるなあ」

「ほめてないし!」


 部下にするかどうかはさておき、役には立ってもらおう。

 私が、この世界を掌握するその日まで……手駒は多いほどいい。


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