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3.この世界の人間どもを観察してみる


 そうこうしているうちに教室に到着した。一-Bか。場所と名称を覚えておこう。

 室内には大勢の生徒がいて、わいわいと騒いでいた。この雰囲気はなんとなく覚えているが、見覚えのある顔の人間は残念ながらいなかった。

 改めて覚えればいいか。それで問題はあるまい。

 席が分からないので適当な机に着こうとしたところ、野々宮さんに止められた。

 彼女に案内され、教室のほぼ中央にある席に着く。なるほど、ここが私の席か。


「なんだお前ら、夫婦で登校かよ。熱いねー」

「?」


 近くにいた少年から声を掛けられ、私は首をひねった。

 夫婦というのは私と野々宮さんの事か? そんな話は聞いていないぞ。

 見ると、野々宮さんの顔が真っ赤になっている。うら若き乙女が既婚者扱いされたのでは恥じらうのも無理はない。ここは私が否定しておこう。


「私と野々宮さんは夫婦などではない。君は何か勘違いしているのではないかな?」


 するとなぜか少年は目を丸くして驚き、未知の怪生物にでも遭遇したような顔をしていた。


「お、お前、平賀だよな? どうしたんだ、一体……」

「何か変だろうか?」

「い、いや、変も何も……」


 少年は困惑した様子で、周りにいる友人と思しき者達と顔を見合わせていた。

 そこで野々宮さんが彼らに告げる。


「平賀君、頭を打って記憶が混乱してるのよ。今までの自分がどんな話し方してたのか分からないんだって」

「マジで?」

「マジなのだ」


 私が答えると、少年達は驚いたような困ったような、とても複雑な表情を浮かべていた。

 私の事情を聞くと皆が皆、似たような表情になるのが面白い。つまりそれだけ現在の私は奇妙な状態にあるという事か。

 記憶が薄れているのは事実だし、しばらくはこれで通してみよう。特に問題はあるまい。


「平賀、もしかして俺が千円貸してやった事も忘れたのか?」

「むっ、そうなのか。ならば返しておこう」


 千円というのが金銭の事であるのはすぐに理解できたので、私は財布を取り出そうとした。

 すると周りにいた少年達が口々に訴えてくる。


「俺は二千円貸したぞ」

「俺は五千円だったな確か」

「いやいや、俺なんか一万円だったはずだぜ」

「私はそんなに借金をしていたのか……」


 はたして持ち合わせの分で足りるのだろうか。魔族の頂点に立っていたこの私が借金を踏み倒すなどありえない。きちんと返しておかなければ。

 私が財布を探していると、野々宮さんが険しい顔をして叫んだ。


「こら、嘘ばっかり言って! 平賀君がお金借りてるとこなんか見た事ないよ!」

「じょ、冗談だよ、冗談。マジになるなって」

 

 どうやら少年達はふざけていただけらしく、笑って誤魔化していた。

 なんだ、冗談か。愉快な連中だな。

 ……この私をからかうとはいい度胸だ。死よりも恐ろしい苦痛を与えてやろうか?


「ククク……」

「ひ、平賀? なんか悪党ぽい含み笑いを……大丈夫か?」

「問題ない。面白い冗談だな、と思っただけだ。ククク……」

「め、目が笑ってないぞ……」


 少年達は青い顔をして、気味が悪そうに私を見ていた。

 私とした事が、年端もいかぬ少年達の悪ふざけぐらいで感情的になるとは、少し大人げなかったな。まあもっとも、現在の私は彼らと同い年なのだが……。

 気分を落ち着かせ、私は野々宮さんに目を向けた。


「すまない、野々宮さん。君のおかげで助かったよ」

「えっ? う、ううん、別にそんな……」

「君はいい人だ。今後ともよろしく頼む」

「あっ、うん。こ、こちらこそよろしく……」


 野々宮さんは頬を染め、戸惑っている様子だった。礼など言われて照れているのだろうか。かわいい子だな。

 私達のやり取りを見た少年達は、どこか面白くなさそうな、しかし文句も言いにくいような、複雑な表情だった。

 人間というのは二つ以上の感情に挟まれて葛藤するものらしい。こうして見ると愉快な生き物だな。


「けっ、イチャイチャしやがって。朝から発情してんじゃねーぞ」

「?」


 不愉快そうな声が聞こえ、そちらを見てみる。

 背が高く、筋肉質で大柄な男が立っており、私を見下ろしていた。

 他の少年達より身体付きは大きく、顔付きも厳つい。早い話が悪人顔だ。

 彼に対し、他の少年達が明らかに怯えているのが分かる。なるほど、そういう類の人種か。

 野々宮さんはムッとして、気丈にも悪人顔の男をにらんでいた。


「何よ、小西君。変な事言わないで」

「あー、はいはい、すみませんねー、イチャラブタイムを邪魔しちまってよう。そういうのは人目に付かねえ場所でやれや。目障りだろうが!」

「なっ……」


 おどけた軽い口調から、ドスを利かせた低い口調へと切り替えて脅すように言う男に、野々宮さんは顔を赤くして言葉に詰まっていた。

 おお、悪人だ、悪人がいるぞ。まだ若いのに、実に自然に他者を不快にさせ、黙らせる話術を心得ている。ふふふ、面白いな。


「おい、平賀。何笑ってんだ? 女みたいな顔しやがって」


 小西という男が私をギロッとにらみ、身をかがめて顔を近付けてくる。彼の動作の一つ一つが実に自然で、私は感心してしまった。


「小西君といったな。君は実にすばらしいな」

「はあ? 俺の何がすばらしいんだよ」

「その悪党面、低い声、いかにも悪人然としたその表情や動作……なかなか見事なチンピラぶりだ」

「チ、チンピラだと? 俺に言ってんのか、おい……」

「君以外に誰がいる? このクラスで最もチンピラらしいのは君で間違いないよ、小西君。自慢していい」


 我ながら見事な分析だと思ったのだが、彼はなぜか拳を握り締めてブルブルと震えていた。

 いつの間にか教室が静まり返っていて、妙に空気が張り詰めている。何かあったのかと思ったが、皆はただ私と小西君を見ているだけだった。

 ……もしや、私の発言が何かまずかったのか? そう言えば、他人に対して負の評価をするとよくないのだったな。

 小西君は顔を歪めて鬼のような形相を浮かべているし、ここは謝罪しておこう。


「すまない。私としてはほめたつもりだったのだが、気に障ったのなら謝る。君はきっとチンピラよりも上等な悪党を目指しているのだな」

「て、てめえ……死にたいのか、おい……」

「まさか。臨死体験なら間に合っている。しかしなぜ、そんな事を訊くのだ?」

「この……ナメてんじゃねえぞ!」

「!?」


 いきなり胸ぐらをつかまれ、私は驚いてしまった。

 見事な動きだ。実に自然に胸ぐらをつかんだな。やはり小西君はチンピラだ。

 だが、私にも立場というものがある。知人の前で恥をかかせるような真似は控えて欲しいものだな。


「やめたまえ。乱暴はよくないぞ」

「なっ……?」


 胸ぐらをつかんだ小西君の右手を、両手でつかむ。彼の小指と親指を左右の手でそれぞれ握り締め、コキッとひねる。


「ぎゃあ! い、いてえ、いてえええ! な、何をしやがった!?」

「親指と小指の関節を外しただけだ。はめ直せば元通りになる」


 すぐに戻してやろうと思ったのだが、彼は自分の右手を庇うようにして私から離れてしまった。

 その顔に浮かぶのは、怒り、驚き、苦痛……それに恐怖。

 おお、二つどころか四つの感情が読み取れるぞ。人間とは面白い生き物だな。

 だが、少し大げさではないか? チンピラなら殴り合いや殺し合いぐらい日常茶飯事だろうに、指の関節を外されたぐらいでそこまで動揺せずともよさそうなものだが……。

 見ると、野々宮さんは目をまん丸にして固まり、少年達や、他の生徒達も大体似たような表情だった。

 ……また何かまずかったのか? 指を折るか、引きちぎってみせた方がよかったかな。


「お、お前、本当に平賀か? まるで別人じゃねえか……」


 小西君が呟き、怯えた目で私を見つめてくる。

 まずいな。別人だと疑われるだけならいいが、私が魔族である事まで見破られてしまうかもしれない。なんとか誤魔化さなくては。


「あー、その、実は……頭を強く打ってしまって、昨日までの記憶がないのだよ。だが、私は間違いなく平賀依緒本人なので安心して欲しい」

「記憶喪失? マジかよ……」

「マジなのだ」


 小西君は半信半疑だったが、とりあえずは納得してくれた様子だった。野々宮さんや少年達がコクコクとうなずいてくれたのも功を奏したようだ。

 まだ怯えている彼の手を取り、外した関節をはめ直してやる。指が元通りになり、小西君は胸をなで下ろしていた。


「平賀がこんなヤバいやつだったとは……お前、今まで猫被ってたのか?」

「いや、そんなつもりはないが。指の関節を外すぐらい誰にでもできるだろう?」

「できねえよ! それが普通みたいに言うな!」


 なんと、そうなのか。この世界の人間は変わっているな。

 皆、武器を携帯していないようだし、てっきり体術を極めているものだと……それでどうやって我ら魔族と戦うつもりなのだ?

 いや、もしかして……この世界には魔族が存在しないのか?

 さすがにそれはないと思うが……だが、今朝から一度も魔族の気配を感じていないし、人間達の話題にすら上っていないな。

 それで私はこのひ弱な肉体で今まで生きてこられたのか。魔族と接触していたらもっと早く前世の記憶に目覚めていたはずだしな。


 これはもしや……チャンスなのではないか?

 魔族がいない。ゆえに人間達も魔族と戦う力を有していない。

 ならば。

 魔族としての記憶を取り戻し、魔族としての能力が使えるようになった私は……この世界では無敵なのではないか?

 草食動物しかいない世界に一匹だけ肉食動物が出現したようなものだ。人間達に抗う術はない。

 ……もしもそういう状況だとすると、こいつは面白い。実に面白いぞ。

 人間などに転生して最悪だと思っていたが、もしかすると私は世界を手に入れてしまったのかもしれない。

 これは一刻も早く、能力が使えるのか確認した方がいいな。使えたとしても、弱体化していたり、何らかの制限が掛かっている可能性はある。

 確認が済み次第、今後の計画を練るとしよう。


 かつて魔族だった私が……人間を憎悪し、人間によって倒された私が……人間として生まれ変わり、人間世界を征服する。

 なんとも皮肉めいているが、それはそれで悪くない。いや、愉快ですらある。

 もしも実現すれば、さぞかし面白い『人生』を送る事になるのではないか?

 クククク……。


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