2.学校とやらへ行ってみる
少女に案内してもらい、駅とかいう建物まで歩き、そこから電車に乗って移動する。そうそう、この妙な乗り物に乗って移動するのだった。少し思い出してきたぞ。
やがて目的の駅に電車が止まり、少女と共にそこで降りる。駅を出て、学校へ向かう。
学校までの道順を改めて記憶し、忘れないようにする。これからほぼ毎日通わなければならないのだから、しっかり覚えておこう。
しばらく歩くと学校にたどり着き、校門の柱に刻まれた校名を確認する。
『八ヶ崎高等学校』か。覚えておこう。
周囲には男女別で同じ服を着た少年や少女が大勢いた。すさまじい数だ。
こいつら全員が武器を手にして襲い掛かってきたら大変だろうな、などと考えてしまい、苦笑する。
『○○斬』とか『○○スラッシュ』とか……只の刃物に闘気やら魔法やら聖なる力やらを宿らせてわけの分からん技を発動させるとか、人間って卑怯すぎるよな。
いや、大丈夫だ。今の私はやつらと同じ人間なのだから、私の姿を見掛けただけで攻撃してくるような事はないはず。
周囲を警戒し、やや緊張しながら校門をくぐり抜け、学校の敷地に足を踏み入れる。
今のところ、武器を携帯している者は見当たらないが……念のため、油断しないようにしよう。
昇降口に入り、シューズボックスの前まで来て、私は悩んだ。
確かここで靴を履き替えなければならないのだが……私の靴箱はどれだ?
適当な箱を開けてみて、中に入っている上靴を取り出す。サイズが合うやつを履けばいいと思ったのだが、そこで何者かの怒声が響いた。
「おい、何してるんだよ!」
「?」
それは私よりも背が高く、気の強そうな少女だった。赤い髪を肩にかからないぐらいまで伸ばしていて、現在の私よりもかなり大人びた顔付きをしている。
少女は私に対して怒っている様子だった。細い眉をつり上げ、鋭い眼差しでにらみ付けてくる。
もしや、敵か? ならば迎え撃ってやらなければ、と思ったのだが……少女は私が手にした上靴を指して叫んだ。
「それはあたしのだぞ!」
どうやら私は彼女の上靴を取り出してしまったらしい。ここは素直に謝っておこう。
「すまない。間違えたようだ」
「チッ、ぼけっとしてんなよな」
私が上靴を差し出すと、彼女はそれをひったくるようにして奪い取った。
乱暴な子だな。そこまで怒るほどの事でもないと思うが。さてはとても高価な上靴なのか?
ついでなので、私は尋ねてみた。
「ああ、君。私の靴箱はどれなのか知らないか?」
「……何言ってんだよ。冗談のつもり?」
するとそこで、私を道案内してくれた少女が告げた。
「平賀君、頭に隕石が当たって記憶が飛んじゃったんだって。学校の場所も分からなくなってたのよ」
「マジで!? 隕石に当たるなんてどんだけ不運なのさ……」
彼女は目を丸くして驚き、私に憐れむような目を向けてきた。
二人とも私のホラ話を信じるのか。素直な人間もいたものだな。
「あんたの靴箱はそこ。忘れんなよな」
「うむ。すまないな」
靴箱を開け、上靴を取り出して履いてみる。なるほど、ぴったりだな。
「……ねえ、こいつ、大丈夫なの? 話し方が変だぞ」
「う、うん。さっきからずっとこんな感じなのよ。そのうち元に戻るんじゃないかと思うんだけど……」
二人の少女はヒソヒソと囁き合い、不安そうな目で私を見ていた。
そこまで変なのか、私の話し方は。以前はどんな感じだったのか、早めに思い出した方がよさそうだな。
「ところで、君達の名前はなんだったかな? よければ教えてもらえないか」
「そ、そこまで忘れてるのかよ? マジで記憶喪失なのか……」
「私の名前まで忘れちゃったの? というか、名前も分からないのにここまで付いてきたの? これは重症だわ……」
最初に会った少女は野々宮小晴、赤毛の少女は赤井智奈というらしい。覚えておこう。
教室の場所も分からないので、二人に案内を頼んだ。廊下を歩いていきながら、尋ねてみる。
「学校での私はどんな感じだったのかな?」
「どんなって言われても……普通じゃないの? 割と真面目で大人しい感じの」
「普通なのか。普通、普通……普通とはどういう感じなのだ?」
「あたしより野々宮に聞けば? よく話してるだろ、あんたら」
赤井という少女は、私とはあまり親しくないらしい。野々宮という少女の方が親しいのか。
野々宮小晴に目を向けてみると、彼女はほんのりと頬を染め、何やら慌てていた。
「そ、そんなに話してるわけじゃ……小学校の時からの知り合いってだけで……」
「古い知人という事か。言われてみれば確かに、君の顔には見覚えがあるな」
「……その話し方、なんとかならない? 急に年取ったみたいだよ」
むっ、そうなのか。ならば、もう少し若者っぽく話してみよう。
「ちょーだりぃ。ちょーうざー」
「ちょー付ければ若いと思ってる! ますますおじさんぽいよ!」
くっ、私なりに超がんばったのに。世間の目は厳しいな。
「まあ、無理しないでいいんじゃない? そのうちに思い出すでしょ」
「そうだろうか。どうも、昨日までの記憶が曖昧で……そもそも私は学生などではなかったような気がする」
「じゃあ、何者だったの?」
「悪の軍団を率いる闇の騎士だったような……」
「……漫画かアニメの記憶と混同してるみたいね。平賀君は普通の高校生で間違いないよ」
私の前世をフィクション扱いか。この子が部下なら頭を吹き飛ばしてやるところだが、今はやめておこう。
……そもそも私は以前の能力が使えるのか? 魔騎士としての力が戻ったような感覚はあったが試していない。
何か、試すのに手頃なものはないだろうか。壊してもよさそうなものは……。
「野々宮君」
「の、野々宮君? えと、できれば野々宮さんにしてくれないかな」
「了解した。では、野々宮さん」
「う、うん。何?」
「消してもよさそうな、取るに足らない人間はいないかな? たとえこの世から消えても誰も気にしないような」
「急に何を言い出すの!? 殺人衝動にでも目覚めたの?」
「いや、ちょっとした実験をしてみようかと。ここには人間が大勢いるし、不要な人間も結構いるのではないかな」
私は極めて論理的な意見を述べたつもりだったのだが、彼女は愛らしい顔を引きつらせていた。
おや、なぜだ。何か変な事を言ったのかな。
「あ、あのね。冗談でもそういう事は言わない方がいいよ。不要な人間とか……」
「むっ、では、ここには不要な者はいないというのか。つまり、優秀な人材がそろっていると……」
「そうじゃなくて、人の事を不要とか言うものじゃないでしょ? 少なくとも私が知ってる平賀君はそんな事を言う人じゃないよ」
なんと、そうなのか。つまり私は、非常に私らしくない発言をしたという事なのだな。
あと、他人に対して負の評価をするのはよくない事らしいな。人間というのは面倒なものだ。
仕方ない、能力の確認は無機物でやるか。さすがに不要な物体ぐらいはあるだろう……。
「赤井さんの上靴を消しては駄目だろうか?」
「やめろよ! あたしの上靴になんの恨みがあるんだよ!?」