エピローグ
――崩壊した、邪神教団の本部施設跡にて。
体細胞を増殖させ、身体を再生した私は、瓦礫の山から這い出した。
「ふう、やれやれ。やっと片付いたか……」
例の怪物は……木っ端微塵に吹き飛んだか。もはや気配すら感じない。どうやら間違いなく仕留めたようだ。
しかし、あいつ……最後に私の名を口にしたような……聞き間違いか?
それにあの怪物には見覚えがあったような気がする。ずっと昔に、どこかで出会わなかったか? あいつは一体、何者だったのか……。
「――あれは、魔神だよ。私が作り出した、紛い物の神さ」
「!?」
不意に声がして、ギョッとする。
見ると、瓦礫の山から一人の男が這い出してきていた。ローブ姿の、あまり若くはないが年寄りでもない男。
邪神教団の教団長だ。怪物に食われたはずだが、私が怪物を爆破したので胃袋から出てきたのか。
いや、しかし、食われる時に噛み砕かれていなかったか? それに私は怪物の内部からも爆破したはずだ。生きているはずはないと思うのだが……。
「私が生きているのが不思議か? それを言うのなら、君の方こそ変だろう。自爆して粉々になったはずなのに生きているとは」
「別に変じゃないさ。私にとっては造作もない事だ」
「そうだろうな、ヘルガイオ」
「!?」
いきなり本名を呼ばれ、ギョッとする。
私は名乗っていないはず……なぜ、その名を知っている?
教団長はニヤリと笑い、愉快そうに告げた。
「もっと早く気付くべきだった。しかしまさか、この世界で遭遇するとは思いもしなかった。それはたぶん、君も同じだろうが……」
「……貴様、魔族か? それも、私がいた世界の……」
私以外にもこの世界に転生した者がいたのか。ありえない話ではないが……。
すると教団長は私の顔をジッと見つめ、淡々と呟いた。
「その通り、と言うべきなのか、微妙だな……はたして、私は君と同じ世界から転生したのか、よく似た別世界から転生したのか……」
「どういう事だ?」
「私の、転生前の名を教えよう。魔族のトップに立ち、人類と戦った、誇り高き魔騎士の名を……」
「!?」
なんだと? 何を言っているんだ、こいつは……。
こいつも魔騎士だったというのか。だが、魔族を指揮していたのは私だぞ。こいつの世界では違ったというのか。
それとも……まさか。
「……我が名はヘルガイオ。『一三の闇』の一人にして『爆』の魔騎士。絶望と共に生涯を終えた魔族の戦士……」
「ば、馬鹿な。貴様は……私だというのか?」
改めて教団長の顔を見てみる。今現在の私よりもはるかに年齢を重ねた顔をしているが……よく見ると、私に――平賀依緒によく似た顔立ちをしていた。
「人間として転生した私は、本来の力を失っていた。そこで魔力や呪術を駆使して、この世界には存在しない魔物を作り上げ、それを元にして邪神教団を創設した。信者を増やし、教団の規模を拡大させ、ここまで来るのに三〇年以上の時を費やした……」
「……」
「それをまさか、もう一人の私によって潰されるとは思いもしなかったぞ。爆発系の魔法攻撃を使うと聞いた時点で気付くべきだったか……もはや手遅れだが」
……思い出したぞ。あの邪神は、前世で私が造り出そうとしていた魔神だ。
人間どもを殲滅するために考案した戦闘生物だったのだが、完成前に戦況が悪化し、計画は頓挫したのだった。
彼はこの世界で計画を再開し、魔神を完成させたのか。なるほど、確かに彼もまた『私』なのかもしれないな。
「仮に、私と君が転生前は同一人物だったとして、どうする? 今さら一つにはなれないと思うのだが……」
「そうだな。こうも立場が違っては、もはや同一の個体とは言えまい。だが……」
教団長は私を見つめ、ニヤッと口元を歪めた。
そこで彼の足元から……瓦礫に埋まるようにして、粘液のような物がこちらへ伸びているのに気付く。
あっ、と思った時には、私の足首に粘液がベチャッと付着し、皮膚を溶かしてきていた。
「なっ……何をする! は、放せ!」
「私は、能力の大半を失っている。その代償として、魔物としての能力は強く残っているのだよ。分裂や再生、捕食といった能力がな……!」
粘液が足首を溶かしてしまい、両脚を浸食し、身体全体まで広がり、取り込もうとしてくる。
こ、こいつ、私を食らって自分の血肉に変えるつもりか? 冗談ではないぞ!
私は教団長に手をかざし、爆破してやろうとした。
だが、能力が発動しない。もう既にかなりの魔力を吸い取られているらしい。攻撃が、できない……!
「組織を潰されたのは痛かったが、おかげで思わぬ収穫があった。貴様を取り込み、その魔力と能力をいただく! この私が真の魔騎士『ヘルガイオ』として再生し、この世界を支配してくれようぞ! フハハハ!」
「くっ、おのれ……!」
身体が溶かされ、意識が薄れていく。
どうやら、ここまでのようだ。教団長の正体に気付かなかった、私の負けだな……。
そういうわけなので、後は頼んだぞ。『私』よ。
「……何? 何か言ったか?」
教団長が呟いた直後。
飛来した大型の魔力弾が、彼を直撃し、大爆発を起こした。
それは教団長の肉体を塵も残さず消滅させ、この世から完全に消し去った。彼に取り込まれてしまった私の細胞ごと。
*
「……」
はるか向こう、教団の本部があったあたりで爆発が起こったのを車のバックミラーで確認し、私は笑みを浮かべた。
あっちに残してきた分身が見聞きした事は全て伝わってきている。
だから、分身がいる正確な位置は分かっていた。位置さえ分かれば、走行中の車の窓を開け、魔力弾を射出して狙撃する事ぐらいわけもない。
シーラさんと野々宮さんが目を丸くしていたが、二人には手品の仕上げという事で納得してもらおう。
「そんなんで誤魔化されないわよ! ほら、さっさと脱いで!」
「そ、そうよ、平賀君! ちゃんと男だって証明して!」
「いや、他にもっと疑問に思う事があるんじゃないかな!? や、やめろぉ!」
やれやれ。せっかく生き残ったのに、前途多難だな。
今回で完結です。ご愛読ありがとうございました。




