18.超人鬼の脅威
「それで、どうするつもりかな。また食人鬼でもけしかけるのか、それともあの変な怪物にでも変身してみせるのかい? 何度やっても結果は同じだと思うよ」
「くくく、ほざけ。貴様はまだ、我らの真の力を知るまい。今からそれを見せよう」
「ほう。切り札でもあるのかな」
リーダーの男が合図すると、信者の一人が前に出た。
ローブの袖を探り、小さな袋を取り出す。そいつは袋から黒い豆を出してみせた。
食人鬼の種か? それとも、別のやつか。
「もう知っているだろう。こいつは食人鬼の種だ」
「ああ。それで?」
「通常は、こいつを一粒だけ飲む。そうする事で我らは人間の領域を超えた力を得るのだ」
「……なんだって?」
それが変身の秘密か。この連中は魔物の種を身体に取り込んで、怪物に姿を変えていたんだな。
なるほど、道理で怪物の姿が食人鬼に似ているわけだ。やっと理由が分かったぞ。
しかし、通常は、という事は……まさか、その上があるのか?
「一粒であれだけの力が出せるわけだが、そいつを二粒飲むと……どうなると思う?」
「!」
男が食人鬼の種を二粒、口に含む。
途端に身体が膨張を始め、ローブがビリビリと破れ、赤黒い肌があらわになる。
物の数秒で、二メートルを優に越す、筋肉質な異形の巨人が出現する。
これまでの怪物に比べて、さらに筋肉が異様に発達しており、頭部の形状がいくらか整い、大きな口が生えていた。
「グオオオオオオオ……!」
怪物の強化型か。この異様な殺気と、全身にみなぎるパワー。化け物を超えた化け物になったようだな。
「これで通常の人鬼よりパワーもスピードも二倍! この超人鬼に、勝てるかな!」
「くっ……!」
なるほど、人鬼か。人間ベースの鬼というわけだな。
怪物が吼え、猛然と突進してくる。とんでもないスピードだ。
すかさず右手をかざし、魔力を叩き付けてやる。激しい爆発が起こり、人鬼の動きが止まる。
だがなんと、そいつは無傷だった。皮膚が焦げてはいるが、身体のどこにも破損した箇所はない。
馬鹿な。身体の強度が大幅に増している。直爆をまともに受けてノーダメージとは信じられない。
「無駄だ! もう貴様の攻撃は通じない! 死ねえ!」
「……」
怪物が叫び、長い腕を振るい、その先端に生えた刃のごとき爪で私を引き裂こうとする。
攻撃が通じない? いや、それは違うぞ。
私はまだ、全力を出してはいない。
「はあっ……!」
右手に魔力を集中、威力を強めたそれを迫り来る人鬼に向けて放ち、叩き付ける。
刹那、先程よりもはるかに大きな爆発が起こり、私は爆風で吹き飛ばされてしまった。
転落防止用のフェンスに背中を打ち付け、どうにか体勢を整えつつ、敵の様子を見る。
人鬼は上半身を失い、下半身だけが立っていた。一撃で完全消滅とまではいかなかったか。だが、やはり私の敵ではない。
切り札のつもりだった強化型の怪物が倒されたのを見て、黒装束達はうろたえていた。
「お、おのれ! おい、どんどん行け! やつを殺せ!」
「お、おう!」
信者達が次々と怪物に姿を変え、こちらに向かってくる。全員が強化型の超人鬼とやらだ。
まずいな。さすがに数が多すぎる。
あんな巨人が二〇体も出現したら屋上のスペースは満員になる。動ける空間がなくなるぞ。
まとめて片付けてやるつもりで、魔力を高め、強めの威力を叩き込み、爆発させる。
だが、倒せたのは一体だけだった。爆煙の中から別のやつが飛び出してきて、長い腕を叩き付けてくる。
紙一重で攻撃を避け、真横に飛ぶ。
両手に魔力弾を生み出し、それぞれを別の標的に向けて放ち、爆破する。
派手な爆発が連続で起こり、怪物が粉々に吹き飛ぶ。
しかし、それでもまだ十数体残っている。そいつらは猛然と襲い掛かってきて、長く鋭い爪で私を引き裂こうとする。
「くっ、しつこい……!」
懸命に攻撃を避けながら、直爆と駆動爆を駆使して敵を爆破していく。
少しでも威力を弱めると倒せず、近くで爆破すると爆風で吹き飛ばされてしまい、さすがの私も苦戦を強いられた。
どうにか一〇体ほど仕留めたあたりで、真後ろから襲ってきた敵に反応が遅れ、背中をザクッと引き裂かれてしまった。
「ぐっ……このっ!」
そいつに魔力弾を放ち、粉々に吹き飛ばす。
……まずいな。例の催眠ガスの影響か、身体の動きが鈍っている。やつらの異様なスピードに反応しきれない。
さらに一体を仕留めたところへ、四方から一斉に怪物が襲い掛かってきた。
魔力弾で二体を爆破したものの、残りの攻撃を避けきれず――。
ドスッ、と。
怪物の長い爪が私の腹部に突き刺さった。
動きを止めた私に生き残った人鬼が群がってきて、背中に、胸に、脇腹にと、ドスドスと爪を突き立ててくる。
「かはっ……!」
口から血を吐き、私はガックリとうなだれた。
複数の怪物から串刺しにされているため、膝を突く事すらできない。
やってくれたな。まさかここまで追い込まれるとは……思いもしなかったぞ……。
「手こずらせやがって。こいつ一人のためにまた同胞が犠牲に……」
「だが、これまでだ。こいつの最後を見れば教団長もお喜びになるだろう」
連中の会話を聞き、私はピクッと反応した。
「教団長だと……そいつがボスか……」
「むっ、まだ生きてるのか? しぶといやつ」
「ボスはどいつだ……ここに来ているのか……?」
「残念だが、ここにはいない。我らが見たものは教団長に伝わるようになっているのだ」
「そうか……」
なるほど、そういう仕掛けか。やはり怪物化したこいつらの目がカメラの役割を果たしているんだな。
それが確認できただけでも収穫はあったか。
さて、それでは……もう、こいつらに用はないな。
残った人鬼は五体、リーダーらしき男は変身せずに様子を見ている。
わざわざ屋上に誘い出してやった甲斐があった。ここなら、あれが使える。
「ふっ……ふふ」
「こいつ、笑っているぞ。おい、何がおかしいんだ!」
「いや、邪教徒とやらもやるものだと思って……僕をここまで追い込んだのだから大したものだ……ふっ、ふふ……」
「強がるな。この傷ではもう助からない。遺言でも言ったらどうだ?」
「遺言ね……そうだな……」
魔力を集中、自分の内部で高めていく。
使うのは久しぶりだが、今現在使える能力から考えて、問題なく使用可能なはず。
さて、それではやるか。彼らの悲鳴を聞けないのが残念だが……。
「では、最後に一言、言わせてもらおうか……」
「むっ、なんだ?」
「教団の人間は一人残らず始末すると約束しよう。無論、ここにいる君達も含めて」
「なっ……なんだと?」
「――自爆!」
内部で高めた魔力を起爆し、能力を発動させる。
私の身体が閃光を放ち、周囲の敵を巻き込み、爆発を起こす。
自爆――自らを爆弾に変え、敵を殲滅する能力だ。
屋上で激しい爆発が起こり、人鬼達は肉片も残さずに爆散、消滅した。
無論、この私の肉体も粉々のバラバラだ。
人間、平賀依緒は邪神教団の信者達と共に爆発し、この世から消えたのだった。