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17.襲撃


 昼休みが終わり、午後の授業中。

 椅子をガタンと鳴らし、隣の席のシーラさんが立ち上がった。

 教師やクラスの皆が怪訝そうにして彼女に注目する中、シーラさんは愕然とした表情で呟いた。


「そ、そんな……嘘でしょ……!」


 教師が何事かと声を掛ける暇も与えず、シーラさんは通学用のバッグを手にして、教室から飛び出してしまった。

 どうやらただ事ではなさそうだ。私は席を立ち、教師に告げた。


「僕が様子を見てきます」


 教師の返事も待たずに教室から出て、シーラさんの後を追う。

 廊下をズンズンと進んでいく彼女に追いすがり、尋ねてみる。


「どうしたの? もしかして非常事態?」

「当たりよ。連中が学校に乗り込んできたみたい」

「連中って……まさか」


 コクンとうなずき、シーラさんは呟いた。


「邪神教団の連中よ。邪悪な気配が複数、校舎に入ってきてる。間違いないわ」

「まだ明るいうちから公共の施設に堂々と乗り込んできたのか? 何を考えてるんだ、あいつら」

「間違いなく警察に通報されるわよね。ほんと、どういうつもりかしら?」


 階段の手前でバッグを開け、シーラさんはローブと杖を取り出して装備した。

 とりあえず一階へ行ってみようという事になり、階段を下りていき、踊り場まで来た所で足を止める。


「こ、これは……」


 階下から妙な匂いが漂ってくる。それは、例のハーブに似た匂いだったが、これまでに嗅いだものよりもかなり強い匂いだった。

 見ると、一階の廊下には紫色の霧のようなものが充満していた。

 言うまでもなく邪神教団の連中の仕業だろう。あいつらがあのハーブを使った何かをまき散らしているのだ。

 二階まで引き返し、シーラさんは階段の方をにらんでうなった。


「あいつら……毒ガスをまいて全校生徒を皆殺しにするつもり? 腐れ外道が!」

「いや、さすがにそこまではしないんじゃないかな。陰で暗躍している秘密組織が白昼堂々無差別テロをやるとは思えない。たぶん、あれは催眠ガスだろう」

「どうかしら。仮に催眠ガスだとして、何のためにそんな……」

「決まってるじゃないか」


 ニコッと微笑み、私はシーラさんに告げた。


「邪魔者を消すためだよ」



 しばらくすると、黒いローブをまとった教団の信者達が二階に上がってきた。

 彼らは鉢のような物を持っていて、そこから紫色の煙をモクモクと吹き出させ、校内に充満させていた。

 煙を少し吸ってみて、毒ではない事を確認する。やはりこれは催眠性のガスだ。

 職員や生徒を眠らせるのが目的か。無関係の人間を眠らせておいて、ターゲットのみを抹殺するつもりなのだろう。

 ターゲット……すなわち、私とシーラさんを。

 シーラさんがここの生徒である事をつかんでいるのかは分からない。もしかすると私のみを狙った犯行なのかもな。

 私とシーラさんは一般棟の向かいにある専門棟に移動し、そこから連中の様子をうかがった。


「静かね。誰も気付かないうちに眠らされてるわけか」

「そういう意味では平和的と言えるね。あいつらも騒ぎになるのは避けたいんだろう」

「こんな無茶苦茶な真似して何が平和的よ。あの煙、本当に毒じゃないんでしょうね」

「それは間違いないよ。こう見えても毒には敏感なんだ」


 伊達に魔族などやっていない。身体に取り込めば、それが生物にとって有害かどうかぐらいは分かる。

 私に毒など効かないし、あの煙を吸い込んだところで眠りはしないが、多少の影響はある。

 免疫を付けて完全な耐性を得るまではなるべく吸わない方がいいだろう。


 信者の一人が私達のクラスに近付き、煙を散布しているのを見て、嫌な気分になる。

 あそこには知人がいる。彼らが催眠ガスを吸って眠らされているのだと思うと、教団の連中に対して怒りが込み上げてくる。

 当然、野々宮さんも眠らされているはずだ。彼女だけでも救い出しておけばよかったか。


「あの子の事を考えてるんでしょ?」

「あの子? 誰の事かな」

「とぼけちゃって。いいけどさ、今は我慢よ。ただの催眠ガスなら危険はないでしょうし」

「そうだね……」


 だが、ここでジッとしているわけにはいかない。連中は私のクラスを知っているはずだ。

 皆を眠らせてから教室に入り、私を仕留めるつもりだろう。私の姿がなければ何をするのか分からない。


「さてと。それじゃそろそろ行ってくるよ」

「ここで連中とやり合うつもり? 危険だわ」

「あいつらの狙いは僕だ。僕が出て行かないと校舎を爆破するぐらいはやるかもしれない。そうはさせないよ」

「ふん、言うじゃないの。なら、私も……」


 一緒に行くというシーラさんに、私は首を横に振った。


「いや、シーラさんはここに残ってて。僕に何かあった時は後を頼むよ」

「サラッと言うわね。あなたまさか……死ぬ気?」

「はは、まさか。もう死ぬのは御免だよ。どんな手を使っても生き残ってみせるさ」

「死んだ事があるみたいな言い方ね。ほんと、何者なのよ、あなた」

「地獄から帰ってきた手品師、ってとこかな?」


 シーラさんは眉根を寄せ、不承不承とうなずいてくれた。


「いいわ、行ってきなさい。骨は拾ってあげる」

「頼むよ。それじゃ、また後で」


 シーラさんと別れ、私は一般棟へ向かった。


 一般棟二階の廊下は紫色の煙が充満していた。かなり強烈な匂いと催眠効果だ。少し吸っただけで、さしもの私も頭がクラクラした。

 催眠ガスをまきながら廊下を歩き回っているローブ姿の信者達に姿をさらし、手を振って声を掛ける。


「おーい、僕はここだよー!」

「ぬっ、貴様……おい、いたぞ、やつだ!」


 鼻と口にハンカチを当てて押さえ、なるべくガスを吸わないようにしながら、信者達を引き付け、階段を駆け上がる。

 校舎内に散らばっていた教団の信者達が次々と集まってきて、私を追いかけてくる。

 三階、四階を通過し、さらに上へ。信者達が追ってきているのを確認しつつ、屋上に出るドアを開ける。

 校舎の屋上に出て、そこそこ広い空間の中央付近で待機する。


 やがてローブ姿の一団がゾロゾロと集まってきて、私の前にズラリと並んだ。

 全部で二〇人程度。私を仕留めるつもりで来たにしては少ない気がする。例によってフードを目深に被って顔を隠しているため、誰が誰だか見分けは付かなかった。

 彼らは私と向き合い、中央に立つリーダーらしき人物が声を発した。


「ついに追い詰めたぞ。覚悟するがいい……!」

「君達もしつこいね。僕は邪教徒狩りなんかじゃないって言ってるのに」

「貴様が邪教徒狩りかどうかはもはやどうでもいい。重要なのは我らの同胞を殺した敵であるという事だ。教団に仇なす者を生かしておくわけにはいかぬ……!」


 なるほど、邪魔者は消すという考えか。

 それには同意するが、手を出す相手を間違えたな。

 ……私を誰だと思っているのだ? 人間風情がどうにかできるような存在ではないのだぞ。

 この世界には魔族がいないようだし、彼らは人間以上の存在がいるとは夢にも思っていないのだろう。

 ならば、その事を教えてやるまで。覚悟するのは彼らの方だ。


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