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14.格の違い


「ふん、上等だわ。ここで組織ごと潰してやる。あんたらこそ覚悟しなさい!」


 杖を振りかざし、シーラさんが吼える。勇ましいが、ここは任せてもらおうか。


「君が出るまでもないよ。僕に任せて」

「えっ?」


 彼女の動きを制してから、右の掌を食人鬼の群れに向ける。

 群れの中央付近に狙いを定め、意識を集中、魔力を解き放つ。

 直撃を受けた食人鬼を中心として派手な爆発が起こり、爆風が吹き荒れる。

 ――やや強めに能力を使った。前にいるのは敵だけだし、しかもここは人里を離れた郊外だ。騒ぎになる危険は少ないのだから、手加減の必要はない。

 食人鬼はほぼ全滅し、塵と消えた。爆風によって倉庫内に満ちていた妙な匂いも消し飛び、一石二鳥だ。


「……で? 誰がどうやって僕を殺すのかな?」


 爆風が収まるのを待ち、声を掛けてみる。黒装束の連中はうろたえ、明らかに動揺していた。

 シーラさんは目を丸くして固まり、化け物を見るような目で私を見ている。

 いや、そこまで驚かなくても……ちょっとやりすぎたか? 彼女なら平気だろうと思ったんだが。


「い、今の、どうやったの? 何かを投げたようには見えなかったけど……」

「手品だよ。種も仕掛けもあるね」


 眉根を寄せ、納得いかないといった顔のシーラさんに苦笑し、私は黒装束達に目を向けた。


「君達は少しやりすぎたな。僕だけを襲うのなら適当に遊んであげてもよかったんだが……学校に爆弾を仕掛けたのはまずい。あれがもしも成功していたらどうするんだ? 無関係の人間が死んでいたのかもしれないよ」

「……何事にも犠牲は付きものだ。巻き添えになった人間は運が悪かった。それだけの事だろう」

「ああ、やっぱりそういう考えなんだ。どうも君らのやり方は美しくないね……」


 あの時、もしも私が爆弾の存在に気付くのが遅れていたら。

 すぐ傍には野々宮さんがいた。彼女が巻き込まれていた可能性は高い。

 つまり、こいつらは彼女が死んでいても構わないと考えていたわけだ。

 ……これはちょっと、許すわけにはいかないな……。


「降伏すれば命だけは助けてやろう……と思っていたけど、気が変わった。……貴様ら全員、死ね」

「なっ……!」


 手をかざし、生き残りの食人鬼を狙い、爆破する。

 奥にいる連中に直爆ストレートをくらわせるにはやや遠いか。もう少し近付いてみよう。

 ゆっくりと歩みを進め、黒装束達のもとへと向かう。

 彼らはうろたえ、迎え撃つべきか、それとも逃げるべきか、迷っている様子だった。

 悪いが、逃がすつもりはない。一人残らず始末させてもらう。

 他に仲間がいるかどうか聞き出すために一人ぐらいは生かしておいてもいいが、情報を得た後はそいつも消す。

 この私を不愉快にさせたのだ。それがどれほど重い罪なのか、思い知るがいい……!


「くっ、やはりか。あの少年、まともな人間ではないようだな……」

「ならばやるしかあるまい。誰が行く?」

「田中君の仇だ。ここは同じ班の我らが行こう」


 黒装束達は何やら相談をしていて、やがて三人ほど前に出てきた。

 ……私と戦うつもりか? 面白い、人間風情に何ができるのか見せてみろ。

 彼らは口元に手をやり、何かを口に含んでいるように見えた。

 そして……その姿を変化させた。


「ぐ、ぐぐ……ぐぉおおおおおお!」

「!」


 獣のように吼え、肉体が膨張していく。

 まとっていたローブがビリビリと破れ、赤黒い筋肉質な身体があらわになる。

 その顔は、人間のそれではなかった。

 ドロドロに溶けた肉の塊。それに複数の目玉が適当な配列で並んでいる。

 筋肉が肥大化し、異様に大きくなった上半身。丸太のように太く長い腕。指先には長い爪が生えている。

 こいつは、あの時の怪物か。田中君がどうとか言っていたが、あの怪物がその田中君とやらだったわけか。

 しかし、自らの身体を怪物に変えるとは……この教団は何をしているのだ?


「グルォオオオオオ……!」


 巨大な腕を振りかざし、異形の怪物が迫ってくる。

 全身にみなぎる異様な殺気、圧倒的なパワー。この力、食人鬼の比ではない。

 ならばこちらも、本気でやるしかない。襲い掛かってきた先頭の一体に右手をかざし、やや強めの魔力をぶつけてやる。

 魔力が起爆し、激しい爆発が轟く。自分自身も爆風で飛ばされそうになりながら、私は煙に包まれた敵の様子をうかがった。

 怪物は胸より上の部分を失っていた。先日、遭遇した怪物は上半身を完全に消滅させた事を考えると、少し威力が弱かったか。

 だが、一体は倒したぞ。残りは二体、この調子で……。


「危ない!」

「!?」


 シーラさんが叫び、私は反射的に後方へ飛び退いた。怪物の腕らしき物体が飛来し、その長い爪が私のいた場所にドスッと突き刺さる。

 それは本当に腕だけだった。見ると、私が爆破した怪物は頭部や胸部を失いながら、両腕が残っていた。

 宙に浮いた腕が見えない何かで繋がっているように、胴体に付き従っている。

 なんだあれは……頭部を失っても生きているとは、もはや生き物ですらないな。完全に魔物だ。

 両腕が宙を舞い、猛然と襲い掛かってくる。紙一重でかわし、冷や汗をかく。

 ……速いな。こうなると、直爆ストレートのみではキツいか。


「チッ、この化け物が!」


 シーラさんが叫び、右手で杖を構えたまま、左手にローブの袖から飛び出した拳銃を握り締める。

 それは弾倉が回転式の銃で、かなり銃身が長かった。

 迫り来る怪物の一体に銃口を向け、シーラさんは引き金を引いた。

 大砲のような銃声が轟き、弾丸が怪物の胸部に命中、バカッと肉が弾け、大穴が開く。

 どうやら普通の銃ではないようだ。物騒な武器を持っているんだな。

 シーラさんが銃を連射し、怪物の身体をボコン、ボコンと削り取っていく。

 だが、全身に大穴を開けられても怪物は生きていた。崩れかけの肉塊のような状態になりながら、まだ動いている。

 この異様な生命力。やはりこいつらはただの怪物ではない。

 おそらくは、超常的な力を得ている。この世の理から外れた力を。


 ならば、こちらも遠慮なく、この世界には存在しないはずの力を使わせてもらおう。

 両手に魔力を集中、青白く輝く球体を作り出す。原理は地面に作り出す円と同じ。あちらが魔力円ならこっちは魔力弾だ。

 左右の掌に魔力弾を生み出し、空中に放り投げる。

 駆動爆ムービングの浮遊バージョン。私が最も得意とする攻撃方法だ。

 宙を舞う怪物の腕を狙い、魔力弾をコントロールする。一つずつ命中させ、空中で爆破してやる。

 さらに胴体の方にも二発ほどくらわせ、完全に消滅させる。

 よし、いいぞ、悪くない感じだ。コントロールするのにかなり神経を集中する必要があるが、これなら使える。

 シーラさんに穴だらけとなった怪物が迫っていたので、そちらにも一発撃ち込み、きれいに爆破しておく。

 上手く威力の加減ができた。コントロールの方もまあまあの精度だ。

 これで残りは一体。さっさと片付けてしまおう。


「な、なんだ、あいつは……まさか、魔術師か?」

「山田さん達がやられたぞ! おのれ、次は我々が……」

「よせ、犠牲が増えるだけだ! ここは一旦、引こう!」


 黒装束達がうろたえ、撤退か交戦かでもめているようだ。

 私はどちらでも構わないぞ。どうせ、逃がすつもりはないし。

 とりあえず、残る一体の怪物を仕留めておこうと思い、新たな魔力弾を作ろうとしていると。

 黒装束達の背後、倉庫のずっと奥の方で、いきなり派手な爆発が起こった。


「なっ……!」


 すさまじい轟音が鳴り響き、衝撃で建物全体が揺れる。倉庫の奥から火の手が上がり、紅蓮の炎が壁や床を覆い尽くし、瞬く間に燃え広がっていく。

 今のはただの爆発じゃないな。おそらくは火災を起こさせるための……燃料系の焼夷爆弾を使ったな。

 瞬く間に倉庫の半分以上が火の海だ。百人近くいた黒装束達は炎に飲み込まれ、悲鳴を上げている。

 シーラさんが顔色を変え、私に問い掛けてくる。


「ちょ、ちょっと、今のもあなたがやったの?」

「いや、僕じゃない。連中の誰かがやったんだ。建物ごと全てを始末するつもりだな」

「全てって……自分達の仲間もって事? ひ、ひどい……!」


 証拠隠滅のために味方もろとも焼き払うつもりか? そこまでやる者がトップにいるのだとしたら、侮れない組織だな。


 シーラさんをうながし、倉庫から脱出する。火は見る間に燃え広がり、倉庫は炎に包まれた。

 私達はやや距離を取って、燃え上がる倉庫を眺めた。連中の生き残りが脱出してきたら捕まえてやるつもりだったのだが、一人も出てこない。

 ……おかしい。逃げる時間はあったはずだし、例の怪物なら仲間を連れて避難する事も可能だったのではないか。

 なのに一人も出てこないとは……これはもしかして、一杯食わされたか?

 中に飛び込んで確認してみようかと考えていると、そこでまたしても派手な爆発が起こった。

 爆発は、隣の倉庫で起こった。しかも次々と他の倉庫まで爆発し、炎に包まれていく。

 それらは全て、敷地の奥の方にある建物だった。何かの荷物を搬入していた倉庫だ。


「な、何? どうなってるの?」

「証拠を徹底的に隠滅するつもりらしいね。たぶん、何かあった時のためにあらかじめ爆薬をセットしてあったんだろうな」

「くっ、これじゃ教団の手がかりが……連中がここで何をしていたのか分からないじゃないの!」


 まさしく、それが狙いだろう。邪教徒狩りに教団の活動内容を知られたくはないわけか。

 だが、そうまでして秘密にしておきたい事柄とは一体なんだ? 皆で集まって邪神を崇拝していただけではないのか。

 そう言えば、他の倉庫には何かの荷物が積んであったな。信者用の教材か食料などではないかと思い、気にも留めなかったが……。

 確か、箱には『EEP』という文字が印刷されていた。EEP……教団が隠れ蓑に使っているNPO団体、エコロジーエスケープの略称か。

 ふむ。これは少し調べてみた方がよさそうだ。


「行こう、シーラさん。もうここに用はない」

「で、でも、何か残っているかも。火が消えてから焼け跡を調べて……」

「この規模の火災だと鎮火するまで何時間もかかるよ。それに、ここまでして証拠を消そうとしたのに、めぼしい物が残っているとは思えない。時間の無駄だよ」

「ううっ、せっかく追い詰めたのに……最初からやり直しだわ」


 だが、収穫はあった。

 連中は食人鬼だけではなく、信者を怪物に変える方法を有している。

 そして、表向きはエコロジーエスケープというNPO団体を名乗っているらしい。

 わざわざ名を明かしたという事は、知られても構わないのだろうとは思うが。おそらく、他にも隠れ蓑に使っている名称があるに違いない。

 たぶん、あいつらは生きている。倉庫の奥に脱出用の地下道か何かを用意していたのだろう。

 連中がこのまま大人しくしているとは思えない。近い内にまた仕掛けてくるはずだ。

 次こそは組織の全貌を暴き、壊滅させてやろう。

 人間風情がこの私に牙を剥くとどうなるのか、思い知らせてくれようぞ。

 クククク……。


「な、なんで笑ってるの? 怖いからやめてよ」

「ああ、失礼。久しぶりに活きの良い獲物と出会えたものだから、うれしくてつい。ふふふ」

「……もしかして、あなたの方があいつらより邪悪なんじゃないの?」

「どうかな。ご想像にお任せするよ」


 気味が悪そうにしているシーラさんに、私はニコッと微笑んでみせた。

 自分でも驚くほど、清々しい気分だった。

 やはり私は、戦いの場においてこそ、生きているという実感が湧く。

 こればかりは、たとえ生まれ変わっても変えようのない事実だった。


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