12.時限爆弾
外国人の転校生という事もあり、シーラさんは注目の的だった。
邪神狩りなどを生業としているだけあって身体能力は高いようで、体育の時間は大活躍していた。
クラスの男子達は彼女に熱い視線を送り、しきりに「かわいい」だの「胸がでかい」だの「巨乳は至高」だのと言っていた。
胸が大きいと評価されるのか。確かに大きくて柔らかかったが。
知能も高いらしく、授業中に教師から質問されてもスラスラと答えていた。
時折、私に視線を送ってくるのが気になるが……どうも私の正体を探っているようで困ってしまう。
「あ、あの、平賀君」
「?」
休み時間。不意に声を掛けてきたのは、髪の長い大人しそうな子だった。
確か、白原葉月さんだったか。ちゃんと覚えているぞ。
白原さんはほんのりと頬を染め、何やら緊張した様子で話し掛けてきた。
「わ、私、本を読むのが好きで……小説とか、よく読むの」
「そうなんだ。僕も本を読むのは好きだよ」
書物は知識の宝庫だからな。インターネットとかいうのも便利だが、あれは情報量が多い反面、質の低いものがあふれ返っていて、正しい情報を選ぶのに苦労する。
白原さんはうれしそうに微笑み、私に告げた。
「よ、よかったら、お勧めの小説を貸してあげるけど……ううん、お貸しさせていただこうかと思う次第でありまして……」
なぜそこまでへりくだる必要があるんだ。面白い子だな。
「ぜひ、お願いするよ。どんな本を読んでるの?」
「え、ええと、推理小説とか……あとラノベとかも」
「興味深いな。本を読めば白原さんの好みが分かりそうだ」
「そ、そうかな? ……真面目な本を選ばなきゃ……」
「いや、取り繕う必要はないよ。面白いと思った本を貸してくれるとうれしいな」
「は、はい。そうします!」
ペコリとお辞儀をして、白原さんは去っていった。
かわいい子だな。知性にあふれているようだし、部下にするなら戦闘要員よりも秘書か参謀向きかな。
いい気分になっていると、隣の席に座るシーラさんがニヤニヤしながら呟いた。
「意外とやるわね、手品師さん。あんな大人しそうな子まで手懐けてるんだ?」
「……人聞きの悪い事を言わないでくれるかな。普通に仲良くしてるだけだよ」
「ま、いいけどね。そのかわいい顔で女の子を騙して利用したりしちゃ駄目よ。女性として許せないから」
「そんな事はしないよ。……同意の上で協力してもらうのなら合法だよね?」
「何を企んでるの!? 嘘つきのようであなた実は正直者?」
失敬な。どうせなら策略家と呼んでくれ。
しかし、自分は私を利用するつもりのくせによく言うな。男が女を騙すのはアウトだが、女が男を騙すのはセーフだとでもいうのか? 性別で差別するのはよくないぞ。
私は男女平等に扱うぞ。平等に利用させてもらう。
シーラさんが私を餌に使うのならそれで構わない。私は私で、彼女を利用するまでだ。
この私が人間ごときに利用されるだけで終わると思ったら大間違いだぞ? ククク……。
「言っとくけど、私を逆に利用してやる、とか考えないようにね。あなたが怪しい動きを見せたら迷わず狩るのであしからず」
「……」
むう、たまに馬鹿っぽいが、侮れない女だな。
まあいいさ。どちらが上なのか、いずれハッキリさせてやる……。
時はすぎ、放課後。
教室を出た私は、昇降口へ向かった。自分の靴箱を開けようとして、ピタリと手を止める。
「……」
「平賀君、どうしたの?」
声を掛けてきたのは野々宮さんだった。彼女にニコッと微笑んでみせ、私は靴箱に顔を近付けた。
慎重に扉を開き、少しだけできた隙間から中身をのぞき込む。
靴の上に、入れた覚えのない物体が載っている。扉に仕掛けがないのを確認してから開き、その物体をそっと手に取り、野々宮さんには見えないように注意しつつ、通学用バッグの中へ収納する。
「今、何か隠したでしょ。それって何?」
「すごく危険な物だよ」
「もしかして、爆弾とか? ふふ、そんなわけないよね」
「……鋭いな」
「えっ?」
野々宮さんの言う通り、入っていたのは爆弾だった。時限式らしく、タイマーがセットされている。
爆発まで、あと三分。下校時間に合わせてあったのか。ここに来るのが遅れていたら大惨事だったな。
誰の仕業なのか、考えるのは後だ。まずはこいつを処理しないと。
「爆弾じゃないけどすごく危険な物だから捨ててくるよ。それじゃ」
「あっ、平賀君?」
野々宮さんをその場に残し、外へ飛び出す。下校中の生徒達を追い抜き、校門へと走る。
余裕はないので全力疾走、フルスピードだ。生徒達には風が吹き抜けていったようにしか見えなかったと思う。
校門を抜け、可能な限り学校から離れ、人気のなさそうな方へ走る。
広い更地か大きな川でもあればと思ったが、そうそう都合よく見付かるはずもなく、私は走りながらバッグから爆弾を取り出した。
タイマーの数字が三〇秒を切ったところで、爆弾を右手で握り締め、振りかぶる。
魔力を集中し、一瞬だけ右手を戦闘形態に変形させ、上空へ向けて全力で投げる。
爆弾は斜め上空へとすっ飛んでいき、はるか空の彼方へと消えた。
どこか遠くでかすかにボン、という爆発音がしたが、地上には影響ないはずだ。
「これでよし。さて、次は……」
すぐさまUターンし、学校へと引き返す。
校門が見えてきたあたりで速度を緩め、周囲を探る。
成否を確認するため、爆弾を仕掛けたやつはどこかで見ているはず。
爆破の様子が見える場所で待機しているに違いない。逃走の事を考えると、何か乗り物を使っている可能性が高いな。
校門から五〇メートルほど離れた位置に、白いワンボックスカーが停まっていた。近付いてよく確認してみようとしたところ、スキール音を轟かせて急発進した。
あれか。どうやら間違いなさそうだ。
走って後を追おうとしていると、そこへ一台の大型スクーターが滑り込んできた。
「あの車を追うんでしょ? 乗って」
私はうなずき、後ろのシートに飛び乗った。
スクーターが走り出し、ワンボックスカーを追いかけていく。
「どこの誰かは存じませんが、感謝します。後でお礼を……」
「はあ? あなた、誰かも分からないで乗ったの?」
その声には聞き覚えがあり、顔にかかる長い金髪を払いながら、私は尋ねた。
「もしかしてシーラさんなのか?」
「もしかしなくてもそうよ。こんな美人が他にいるとでも言うの?」
「はは、それもそうだねー」
「なに、その心のこもってない台詞は? 失礼なやつ」
別に顔を忘れたわけではない。シーラさんはヘルメットを被っていて、目元をゴーグルで覆っているから分からなかっただけだ。
しかし、うちの高校はバイク通学禁止のはずだが……いいのか、これ。
「連中が仕掛けてきたのね? 何をされたの?」
「靴箱に時限爆弾が仕掛けられていた。僕の素性をつかんでいるらしい」
「ふん、あいつらもなかなかやるわね。でも、学校に爆弾を仕掛けるなんて、ちょっと穏やかじゃないわね」
「そうだね。二度とこんな真似ができないようにしてやらないと」
私個人を狙うだけならよかったのだが、靴箱に爆弾というのはやりすぎだ。
もしも誰かが巻き込まれていたらどうする。それでも構わないという事か。
どうやら、予想していた以上にロクでもない組織のようだな。向こうがそう来るのなら、こちらも容赦はしない。
……叩き潰してやる。それも徹底的に。
この私に手を出すとどうなるのか、思い知らせてくれようぞ。
「気付かれないように距離を開けて追うわ。しっかりつかまってて」
「分かった」
シーラさんの腰に腕を回し、ギュッとしがみつく。
するとシーラさんはビクッと震え、抗議してきた。
「ちょ、ちょっと、少しは遠慮しなさいよ! くっつきすぎでしょ!」
「つかまれって言うから……」
「あまりくっつかないようにしてしっかりつかまりなさい」
「難しい注文だね」
自分は平気で抱き付いたりするくせに、変な人だな。
仕方ないのであまり密着しないように努力してみる。最初のうちは振り落とされそうになったりして苦労したが、すぐに慣れた。
シーラさんは二〇メートルほど距離を開け、ワンボックスカーを追跡した。
スクーターのハンドル付近に液晶パネルがあり、それには地図が表示されていた。あれで現在地が分かるらしい。
GPSとかいうやつか。人間は妙な物を作るものだ。
「渋滞する通りを避けて走ってる。土地鑑のある地元の人間みたいね」
「なるほど。よその地域から来たやつらじゃないわけか」
「ちょ、ちょっと、くっつかないでってば! いやらしいわね!」
そう言われても、身を寄せないと地図が見えないのだから仕方ない。
私に妙な下心などないという事を示しておくか。純粋な少年らしく、素直な感想を述べてみよう。
「シーラさんはいい匂いがするね。すごく柔らかいし」
「なっ……や、やめてよ、そういうの! セクハラよ!」
「……」
セクシャルハラスメントとかいうやつか? そんなつもりはないのだが、普通に女性をほめるのも駄目なのか。
仕方ないな。それがこの世界のルールなら合わせよう。
「シーラさんは無味無臭で何の面白みもないね」
「振り落とすわよ。いいから黙ってなさい」
「はい」
ここはシーラさんに任せてみるか。何もせずに乗っているだけでいいのだから楽なものだ。