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11.転校生


 翌朝、教室にて。

 教卓の横に立った転校生が、笑顔で自己紹介を行っていた。


「シーラ・ミスティーです! 皆さん、よろしくお願いします!」


 それを見た私は、思わず机に突っ伏してしまった。

 腕を枕にして顔を伏せつつ、前の席に座る生徒の陰に隠れるようにしながら、彼女の様子をうかがう。

 きらめく金色の長い髪に青い瞳、白い肌。学校指定の制服を着用しているが、どう見ても彼女は邪教徒狩りのシーラさんだった。

 同名の別人だったらよかったのだが……なぜ彼女がこの学校に転入してくるのだ?

 しかも私が所属しているクラスにだと? これは何者かの陰謀ではないのか。


 自己紹介を終えたシーラさんは、笑顔を浮かべたまま、教室後方にある空席に向かおうとした。

 途中で足を止め、私の席の真横に立つ。顔を伏せている私をジロジロと見つめ、ニヤッと笑う。


「あの、先生。私、視力があまりよくないので、このへんの席がいいのですが」


 担任の教師はあっさり納得し、シーラさんの席を私の右隣にしてしまった。隣の列の生徒達が一つずつ机をずらし、シーラさんが隣に来る。


「お隣ね。よろしく、手品師さん」

「……」


 なんだ、これは……何がどうなっているんだ?

 そもそもこの人、高校生だったのか? 確かに年齢的にはそのぐらいに見えるが、学生に邪教徒狩りなど務まるのか。


 休み時間になると、シーラさんの周りには人だかりができていた。クラスの皆は転校生に興味津々らしい。

 邪魔になっては悪いと思い、私は自分の席から離れた。野々宮さんの所へ行こうとしていると、シーラさんが席を立ち、声を掛けてきた。


「ちょっといい? 話があるの」


 断るわけにもいかず、黙ってうなずく。クラスの皆が怪訝そうな顔をしているのが目に入ったが、特に問題はあるまい。


 教室を出て、人気のない場所まで移動する。周囲に誰もいないのを確認し、シーラさんは私と向き合った。


「ふふ、驚いた? まさか昨日の今日で再会するとは思わなかったでしょ」

「腰が抜けそうになったよ。偶然……じゃないよね」

「まあね。制服からあなたの学校を割り出して、学年とクラスを調べさせてもらったわ。書類を偽造して転校してきたってわけ」

「そんな不正行為を堂々と……年齢もサバを読んでいるとか?」

「さて、どうかしら。書類上は同い年って事になってるから、そういう事にしといて。敬語使ったりしないでね」


 この女、意外とやり手か。名前の方も本名なのか怪しいな。

 彼女一人の力で、これだけ短時間で学校に潜入できるとは思えない。バックに何らかの組織が付いているのか、あるいは協力者がいるな。

 しかし、なぜだ。彼女が追っている組織と私は無関係だと分かってくれたのではないのか。


「学生の方が色々と動きやすいから、というのもあるけど。一番の理由はあなたよ」

「まだ僕を疑っているのか?」

「そうじゃなくて、あなた、邪教徒どもと揉めてるでしょ? あなたを見張っていれば連中が姿を現すんじゃないかと思って」


 私は連中を釣る餌か。なるほど、悪くない手だ。

 ……私は大迷惑だが。


「何よ、不満そうね。こんなかわいい子がわざわざ転入までして来てくれたんだから、もっと喜びなさいよ」

「目的を聞かされた後じゃ喜ぶ気になれないんだけど……」

「むっ、さては私より自分の方がかわいいと思ってるわね?」

「思ってない。なぜ僕がかわいさで君と張り合うんだ?」


 どうも彼女と話すと調子が狂うな。冗談と真面目な話の線引きがあやふやで捉えどころがないというか……。

 話しながらいつの間にかすごく近付いてきているし。威圧されている感じはしないが、少し近すぎないか。

 私が半歩ほど下がると、シーラさんが前に出て距離を詰めてくる。いやだから、近いというのに。


「あの、少し離れてくれないかな」

「ふふっ、照れてるの? かわいいわね」

「いや、そういう事じゃなくて……」


 何が楽しいのか、シーラさんはニヤニヤと笑っている。

 困った子だな。怖いもの知らずなのもいいが、相手を選んだ方がいいぞ。

 ……少し脅してやるか。あまり警戒されてもまずいので、あくまでも軽く。


「……」

「えっ?」


 右手を伸ばし、彼女の肩に手を置く。キョトンとしたシーラさんを見つめ、薄く笑みを浮かべる。

 この状態なら、一瞬で彼女を消滅させる事が可能だ。さあ、恐怖に震えるがいい……!


「や、やだ、いけないわ。いくら私が魅力的だからって、こんな……」

「?」


 なぜかシーラさんは頬を染め、困ったような表情を浮かべながら、どこか喜んでいた。

 ……予想していた反応と違う。彼女は何か勘違いをしているのではないか?


「ひ、平賀君、何してるの?」


 そこで聞き覚えのある声が聞こえ、ハッとする。

 見ると、いつの間にかすぐ近くに野々宮さんが来ていて、私とシーラさんを見て驚いた顔をしていた。

 別になんでもない、と私が告げるよりも早く、シーラさんが野々宮さんに言う。


「ち、違うの、誤解しないで! 私があまりにも魅力的だから、彼は我を忘れてしまっただけなのよ!」

「……何を言ってるんだ?」


 私は意味不明だったが、野々宮さんには伝わったらしい。

 信じられない、といった顔でブルブルと震えている。


「そ、そんな……平賀君、金髪萌えだったの? それとも外人好き?」

「いや、野々宮さんも何を言ってるんだ? 僕は何も……」

「誤魔化さないで! 今、その子に迫ってたでしょ!」

「えー……」


 野々宮さんから険しい顔でにらまれ、困ってしまう。なぜか目尻に涙をにじませているが……何か悲しい事でもあったのか?

 ふと見ると、シーラさんがニタア、と気味の悪い笑みを浮かべていた。

 よせ、やめろ。幼児が悪戯道具を見付けたような顔で私を見るんじゃない……!


「えいっ」

「ちょ、ちょっと」


 うろたえる私の腕をつかみ、シーラさんは両腕を絡ませてベッタリとしがみつき、その豊かな胸をムニュッと押し付けてきた。

 不快ではないし、むしろ気持ちいいが……野々宮さんが目をまん丸にしているぞ。


「な、何をするんだ。離れてくれ」

「んふふ、いいわね、その顔。動揺しちゃって、かわいい」


 この行動に何の意味があるんだ? 彼女の思考が読めない。

 私が困っていると、野々宮さんがキッと表情を引き締め、割り込んできた。


「ひ、平賀君、困ってるじゃない。離れなさいよ!」

「そう? 私には喜んでるようにしか見えないけど」

「喜んでないわよ! そうよね、平賀君!」

「……」


 なんだ、この状況は……人間達はこうやってコミュニケーションを取るものなのか? 何か違うような……。

 とりあえずシーラさんの腕から抜け出し、彼女から離れ、野々宮さんの後ろに隠れる。

 これでいいはずだ。なんだかすごく情けないが……。


「あらら。もしかして、この子が君の彼女なの?」

「ち、違うわ。でも、平賀君に手出しはさせないんだから!」

「ふーん……」


 シーラさんは目を細め、愉快そうに私を庇う野々宮さんを見ていた。

 不意にフッ、と笑みを浮かべ、軽い口調で言う。


「ちょっとからかっただけよ。安心して」

「えっ? そ、そうなの?」

「でも、彼とはあまり親しくしない方がいいと思うわ。平和な生活を送りたいのならね」

「……それって、どういう意味?」

「さあね。それじゃ」


 私に意味ありげな笑みを浮かべてみせ、シーラさんは去っていった。

 余計な事を言うようなら吹き飛ばしてやろうかと思ったが、さすがにそこまで迂闊ではないか。

 ため息をついていると、野々宮さんがジロッとにらんできた。


「なに、あの子。知り合いなの?」

「いや、そういうわけじゃ……昨日、たまたま知り合ってさ」

「なんか怪しい……どこでどうやって知り合ったのよ」

「帰り道に偶然だよ。何も怪しい事なんてないから安心して」

「……」


 納得できないのか、野々宮さんは目を細めて私の顔をのぞき込んできた。

 そんなに顔を近付ける必要はないと思うのだが……余計な事を言うと怒られてしまいそうなので黙っておく。

 ややあって、野々宮さんは顔を離し、ため息をついていた。


「気を付けなさいよ。知らない人にフラフラ付いていかないようにね」

「子供じゃあるまいし……心配しすぎだよ」

「心配するわよ。まったく、昔からすぐ、女の子に騙されちゃうんだから……」

「そ、そうだったかな?」

「そうよ。もっと警戒しなさい」


 どうやら私はしょっちゅう女性に騙されているらしい。

 そんな記憶はないが……もしかすると騙された事にすら気付いていなかったのかもしれない。

 野々宮さんを心配させるようでは駄目だな。今後はもっと女性には気を付けるようにしよう。


「野々宮さんだけを見るようにすればいいのかな?」

「えっ? い、いや、別にそこまでする必要は……もう、変な事言わないでよね!」

「おうっ」


 なぜか胸に掌底突きを受け、咳き込んでしまう。

 怒らせてしまったのかと思ったが、野々宮さんはニコニコしていた。

 どういう事だ? 人間の思考パターンはよく分からないな……。


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