10.食人鬼《グール》
邪悪な笑みを向けてきた男と食人鬼の群れを前にして、私は怯えたような表情を浮かべてみせていた。
無論、内心ではため息をついていたが。
魔物を使って脅しを掛けてくるとは、これのどこがテストなんだ。
さもないと、などと言っているが、私が素直にしゃべったところで結果は同じだろう。
この場所に連れてきた時点で私を無事に帰すつもりなどないに違いない。
「な、なんなんですかこれ……本当に僕はなんとか狩りじゃないのに……」
「まだとぼけるのか。だが、君が邪教徒狩りか否かはすぐに分かる。食人鬼どもに襲われても白を切り通せるかな?」
なるほど、それがテストなのか。本当に何も知らない一般人だった場合、普通に食い殺されてしまうわけだが……血も涙もないな。
ふむ。これは意外と使える連中なのかもしれない。
どうにか取り入って使い捨て可能な駒として利用したいものだが、彼らの仲間を始末したという疑いを持たれていて、しかもそれが事実である以上、ちょっと無理か。
さて、そうなると、この連中は私にとって邪魔者以外の何物でもないわけだが……ここにいる二人は末端の人間でしかないのだろうから、彼らだけ消したところでどうなるものでもないし、幹部かボスの名前でも聞き出しておくか。
まずは食人鬼どもを片付けて、今度は彼らに私のテストを受けてもらおう。
私は優しいので、満足できる解答をしてくれれば生かして帰してやるぞ。
などと考えていると――いきなり、倉庫の窓ガラスが割れ、何かが飛び込んできた。
「……見付けたわよ、邪教徒ども!」
長い金髪をなびかせ、ローブを羽織った少女が膝を曲げて床の上にスタッと着地する。それは邪教徒狩りのシーラさんだった。
彼女はスックと立ち上がると、身体に付いたガラスの破片を払い、ビシッと人差し指を突き付けてきた。
……なぜか私に向けて。
「よくも警察に通報してくれたわね! 『高校生の少年を襲っている変質者は君か?』とか言われて危うく逮捕されるところだったわよ! この外道が!」
「あのー、今はそれどころじゃ……」
「こんな所に集まって悪だくみでもしていたんでしょ! 邪悪な気配が外までダダ漏れよ!」
どうやら彼女は、私が彼らの仲間だと思い込んでいるようだ。
自力でこの場所を探り当てたのは大したものだが、もう少し冷静に状況を把握してもらいたいな。
「な、なんだ、この女は……こいつの仲間か?」
突然の闖入者に、男達も戸惑っている。さて、どちらにどう説明したものか……。
考えるまでもないか。敵になる可能性の低い方に決まっている。
「シーラさん、こいつらがお探しの邪教徒ですよ。ほら、変な化け物を使って僕を殺そうとしていたんです」
「なんですって!? じゃあ、この小さい鬼どもは君の友達じゃないの?」
「違いますよ」
この人も鋭いのか天然なのか分からないな。いや、両方か? 面倒な人だ。
「くっ、やれ、食人鬼ども! 邪教徒狩りの連中を食い殺してしまえ!」
『シャ――――ッ!』
男が叫び、食人鬼の群れが奇声を発し、動き出す。
するとシーラさんがニヤリと笑い、凛とした声を轟かせた。
「ふっ、愚かな! 闇に蠢く腐れ外道どもめ、貴様らに未来はない! この私に勝てるものなら……」
彼女が両腕を振るうと、ローブの袖から先端が尖った幅広の短い刃が飛び出した。
ナイフにしては大型だ。変な武器だな。
「やってみろ、悪党! 八つ裂きにしてやるわ!」
ダン、と床を蹴り、シーラさんが突進する。食人鬼達が身構え、よだれを垂れ流して吼える。
あの鬼ども、見た目よりかなり強いぞ。並みの人間では太刀打ちできないだろう。
だが、邪教徒狩りを名乗るだけあって、シーラさんは並みの人間ではなかった。
常人をはるかに凌駕するスピードで肉迫し、迎え撃とうとした食人鬼の爪による攻撃をヒラリと避け、腕の刃でザクッと切り裂く。
一瞬にして五匹の食人鬼が倒され、男達が動揺している。
「な、なんだ、あの女は……化け物か……!」
「やばいっすよ。今のうちに逃げましょう」
「う、うむ。そうだな」
いかん、逃げる気か。まだ組織に関する情報を何も得ていないというのに……!
男達が倉庫の奥にあるドアへと向かっていく。食人鬼の相手をシーラさんに任せ、私は彼らを追った。
すると痩せぎすの男が床に水をまき、また豆のような物をばらまく。新たな食人鬼が十数匹出現し、私の行く手を阻む。
『シャ―――ッ!』
「邪魔だ、どけ」
右手をかざし、直爆の能力を発動させる。
食人鬼の一体が爆散し、塵と消える。だが、他の食人鬼は恐れもせずに向かってきた。死をも恐れぬ忠実なしもべというわけか。
ならば仕方ない。消えてもらおう。
次々と飛び掛かってくる魔物を、一匹ずつ確実に爆破し、始末する。
もっと威力を高めれば一撃で全滅させられるのだが……まだ威力の制御に不安がある。大爆発でも起こして騒ぎになってはまずい。
やがて全ての食人鬼を倒したが、例の二人はとっくに逃げた後だった。
ため息をつき、私は回れ右をした。
シーラさんが一人で立っていて、私の方を見ている。彼女の方も無事に片付いたようだ。
「あなた、一体、何者? 妙な術を使うようね」
私に鋭い眼差しを向け、シーラさんが呟く。
やはり見られてしまったか。できれば能力は隠しておきたかったのだが。
「手品師、とでも言っておきましょうか。種も仕掛けもあるのですが」
「はあ? ふざけてるの?」
シーラさんは不愉快そうに顔をしかめたが、両手に生やした刃を収納し、殺気を治めてくれた。
どうやら私と戦うつもりはないようだ。面倒な事にならなくて何より。
「ま、いいわ。連中の仲間じゃないみたいだし、無駄な争いをするつもりはないから。見逃してあげる」
「それはどうも」
「でも……やはりあなたからは邪悪な気配を感じる。仲良くはなれそうにないわね」
「そうですか。残念です」
悲しそうに呟いてみせると、シーラさんは苦笑していた。
「その気弱そうな演技、上手いわね。あなた、生まれ付きの嘘つきでしょ?」
「はは、それはひどいなあ。これでも正直に生きているつもりなんですが」
「本性を隠していてくれた方が助かるわ。連中よりも邪悪な存在にならないでね、手品師さん」
「努力します」
私に背を向け、ヒラヒラと手を振りながらシーラさんは倉庫から出て行った。
ふう、やれやれ。彼女と戦わずに済んでほっとしたな。
彼女はかなりの手練れだ。正直言って、現在の能力で勝てるかどうか……負けないにしても、苦戦を強いられるのは間違いないだろう。
あまり詳しい情報は得られなかったが、収穫はあった。
この世界にも邪悪な者どもが存在し、組織で活動している。
そして、彼らは私を『敵』だと認識しているらしい。
なんとも面倒な事になったが……なぜだろう、気分が高揚してくるのは。
魔族としての本能ゆえか。敵が現れたという事実に、喜んでいる自分がいる。
連中を叩き潰し、屈服させる。考えただけでゾクゾクしてしまう。
私は断じて戦闘狂ではないが……潰し甲斐のありそうな敵が存在する、というのはいいものだ。