9.邪教徒
電車で移動後、自宅最寄りの駅を出た私は、周辺を歩き回ってみた。
邪神の信奉者がそれと分かるようにして歩いているとは思えないが、先程のシーラという少女がよいヒントをくれた。
つまり、悪しき気配を発している人間を捜せばよいのだ。魔族としての能力に目覚めた今の私なら、そのぐらい造作もない事である……はず。
適当にブラブラと歩きながら、神経を研ぎ澄まし、周囲の気配を探る。
どこだ、どこにいる? 邪神などを崇拝しているぐらいだし、人間とは思えないほど邪悪な気配を有しているはず。たとえ普段は隠していようとも隠しきれるものではあるまい。
駅の周辺には結構大勢の人間が歩き回っていたが、それらしい気配を放っている人間はなかなか見付からなかった。
私の感覚が鈍っているとは思いたくないが……小物っぽい悪党の気配ぐらいしかつかめないな。
もっとドロドロした、この世の全てを呪っているような邪悪極まりない気配の持ち主はいないのか? 私の部下にしてもよさそうな感じの……。
「そこの君、ちょっといいかな?」
「?」
不意に声を掛けられ、足を止める。
それは五十代ぐらいの痩せこけた男と、やたらと体格の良い二十代ぐらいの大男の二人組だった。
親子にしては似ていないが、妙なコンビだな。私に何の用だろう?
私が自分の顔を指差してみせると、痩せた男はうなずいた。
「そう、君だ。女の子のような……あれ、君は女の子か?」
やれやれ、またか。一体、一日に何回女に間違われるんだ……。
別に気にしてはいない。いないが……こう何度も同じ事を言われるとさすがにイラッと来てしまうな。
もういっそ女になってやろうかと思いつつ、否定しておく。
「いえ、僕は一応、男ですが」
「それは失礼。ところでちょっと訊きたいんだが、君は昨日の晩、深夜に街の外れを歩いていただろう?」
「!?」
いきなりなんだ? なぜそれを知っている。昨晩、どこかですれ違ったか?
二人組のどちらにも見覚えはない。何者だ、こいつら。
「歩きながら話そう。なに、手間は取らせないよ」
「……」
実に怪しいが、とりあえず話を聞いてみるか。二人とも妙な気配の持ち主のようだし。
邪悪というわけではないが、なんというか、気持ちの悪い気配をにじませている。
上の者が下の者を見下すような……自分達は選ばれし者だと誇っているような、変な感じだ。
痩せぎすの男が私と並んで歩き、その後ろに大男が続く。二人から敵意をまったく感じないのが、かえって気持ち悪い。
「か、かわいい子ですね。ぐふふふ……」
後ろの大男が何か変な事を呟いているのが気になるが……本当に気持ち悪いのでジロジロ見ないでくれないかな。
「私達は、ちょっとしたサークル的なものに所属していてね」
「サークル?」
「うん、そう。実はサークル仲間の一人が行方不明なんだ。それでその人を捜しているんだけど、彼が最後に会ったのが、どうも君みたいなんだよ」
なるほど、そういう事情か。サークルというのは確か、人間どもの集まりを指す言葉だったな。しかし、妙な事を言う。
行方不明になった人間が最後に会った人物がなぜ分かる? しかもそれが私だと?
昨晩、私が街の外れに行った事を知っているようだし……あそこで出会った人間などいたか?
いや。いたな、一人。……正確には一匹だが。
もしかして、あいつの事なのか?
だとすると、この連中は……。
「こっちだよ」
考え込んでいるうちに、いつの間にか裏通りまで来ていた。そのまま人気のない方へと進み、やがて古びた大きな建物にたどり着く。
痩せぎすの男が扉を開け、私はうながされるまま後に続き、建物の中に入った。
そこは倉庫らしき場所で、天井は高く、壁や床はコンクリート剥き出しだった。今は使われていないのか、広い内部はガランとしていて、薄暗かった。
こんな場所を確保しているとは、ますます怪しい連中だな。サークルが聞いて呆れる。
大男は私の背後に待機し、痩せぎすの男が私と向き合う。大男がハアハアと荒い息を吐きながら熱い視線を送ってきているのが気持ち悪いが、気にしない事にしよう。
「彼が最後に会った人間が君である事は分かっている。そして君と出会った後、彼は消息を絶った。これはつまり、どういう事かな?」
「……彼、というのは誰の事ですか? 僕にはよく分からないのですが」
「いやいや、そんなはずはない。君は彼と会っているはずだよ。なのに……なぜ、生きているのかな?」
「!」
やはりか。この男の言う『彼』とはあの怪物の事らしい。
怪物と接触したはずの私が生きていて、怪物の方が消息不明になっているので、おかしいと思っているわけだ。
私が始末した、と言ってもいいが……もう少し情報が欲しいな。そもそもこいつらは何者なんだ?
「あ、あなた達は一体、なんなんですか? サークルとか言ってたけど、まともな集団じゃないですよね」
「ふふふ、言ってくれるね。まあ確かに、一般人からすると普通ではないかもしれないが……君はよく知っているんじゃないのかな? 邪教徒狩りのハンター君」
「えっ? 邪教徒狩り……って、僕が?」
男がコクンとうなずき、私に鋭い眼差しを向けてくる。
とぼけても無駄だ、全部お見通しなんだぞ、とでも言いたげだが……誤解もいいところだ。
要するに、この連中は例のシーラさんとかいう女性が追っている邪神の信奉者というわけか。
捜す手間が省けたとも言えるが、この状況はまずいな。
まさか、あの怪物が連中の仲間だったとは思わなかった。
なぜ私があいつと接触したのを知っているのか謎だが……怪物がどうなったのか知らないという事は、私の正体についてはつかんでいないと見て間違いなさそうだ。
それならわざわざ正体を明かす必要はないな。ギリギリまでとぼけてやろう。
「あのう、何か誤解をされているみたいですが……僕はそのなんとか狩りじゃないですよ」
「白を切るつもりかね? まあ、『邪教徒狩りだろ』と訊かれて『はいそうです』と答える間抜けなどいないだろうが」
ほんの数十分前にもまったく同じやり取りをした気がするな。
あの時はテストしようという事になったわけだが、この連中がシーラさんと同じ思考パターンをしているのなら、似たような事を言い出すはず。
「参ったな。どう言えば信じてくれるんですか?」
「では、テストをしようか」
「テスト?」
ほら、やっぱり。今度は何だ、聖なる神の踏み絵でもさせるつもりか?
「なに、簡単だよ。まずはこれをこうして……」
「?」
男が小さな水筒らしきものを取り出し、容器を逆さまにしてコンクリートの床にバシャバシャと液体をばらまく。可燃性の石油類かと思ってヒヤッとしたが、匂いや色から判断してただの水のようだ。
さらに男は小さな布袋を手にして、中から黒い豆のような物を出して床の上にまいた。
この豆を踏めばいいのだろうか、と首をかしげていると……濡れた床の上にばらまかれた十数粒の豆が動いているのに気付いた。
水を吸ってふくらんでいるようだが……よく見ると、これは豆じゃないぞ。
人型の生き物が、手足を畳んで丸まっていたのだ。大きく膨張してきてから初めてそれが分かった。
豆粒大から拳大、あっと言う間に幼児ぐらいの大きさになり、まだふくらんでいる。
なんだ、こいつは。たったあれだけの水を吸っただけでこんなに大きくなるのか。すごい膨張率だな。
やがて膨張が止まり、異形の怪物どもが私の前にズラリと並んだ。
身長は小柄な私よりもやや低く、胴長短足で長い腕をしている。赤黒い肌に黒く濁った目をしていて、大きな口からは牙がのぞく。
小型の鬼といった感じだが、こいつはもしかして……。
「こいつらは食人鬼といって、人間の肉が大好物なんだ。我々の忠実な僕だよ」
ふん、やはりその類の魔物か。私がいた世界にも似たようなのがいたぞ。
食人鬼達は奇声を発して私を威嚇してきたが、その場から動けずにいた。おそらく術者である男に動きを制限されているのだろう。
飢えているのか、牙を剥き出しにしてよだれを垂れ流している。
あんなのに食い付かれたら物の数秒で骨だけにされてしまいそうだ。私が普通の人間だったとしたらの話だが。
「さあ、素直に知っている事を全部話すんだ。さもないと食人鬼の餌になってもらうぞ」