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五分程待ったあと、楓がやって来た。
「お待たせー」
ベージュを基調としたブレザーは楓によく似合っている。そもそも楓は何でも似合うけど。
「そんなに待ってない。珍しく」
「うわ嫌味!」
誉め言葉は言えるはずもなく、俺らは揃ってエントランスを出る。
エントランスを出ると、待ち構えていたように強い風が吹いた。
楓の長い黒髪が大きく膨らみ、バサバサと揺れる。楓は気にした様子もなくそのままだ。スカートもはためき、楓の白い脚が見え、俺は思わず目を逸らした。
妹よ、幼馴染みが綺麗だと色々大変だぞ。
そんな俺の様子に楓は気付くこともなく歩みを進めている。他愛もない話をしながら駅に着き、来た電車に乗る。柏森高校は電車で十分程だ。
「よっ!時雨!」
二駅過ぎたところで、中学校が同じで仲の良かった杉谷洸太が俺の肩を叩いてきた。
「洸太。乗ってたのか」
「おはよー洸太君」
「おはよう。西宮は今日も綺麗だな」
「…相変わらずだな、お前は」
洸太とは中学からの付き合いだが、こいつは良くも悪くも素直過ぎる。思ったことは考えもせずに口に出すという厄介な性格をしていた。だが、嫌われるかと思いきや人の悪口を言うことはないのでわりと大丈夫だ。
「思ったことは言わないと、後からじゃ言いにくいだけだよ。時雨は特にさ」
…まぁ、本人の意識がなくても発言が嫌味として刺さることはままある。楓のブレザー姿を見て何も言えなかった俺としては言い返せる言葉はない。
「あれ?陽菜は?一緒じゃないの?」
楓はキョロキョロと辺りを見回す。杉谷陽菜は洸太のいとこだ。洸太達の家は同じ敷地内に家が三軒あり、一つは洸太ん家。もう一つは陽菜。最後の一つが二人の祖父母の家となっていて、とにかく広い上にでかい。
「一緒だよ。あっちで座って本読んでる」
楓は洸太が指差した方を見て、陽菜を見つけたらしくうなずいた。
楓、洸太、陽菜そして俺は中学でいわゆる「イツメン」だった。それは高校生になってからも変わらない気がする。
すると、楓があっ、と小さく叫んだ。
「そうだ!洸太君聞いてよ。昨日しぃが日記書いてたんだよ!」
「へぇ!時雨が?」
「っ、お、おい!」
何さらっととんでもないこと言ってんだこいつ!!
「何て書いてあったの?」
「大したこと書いてなかった」
「なんだ。つまんない」
「でしょー?しぃってつまらない奴なんだよ」
「本人の前で好き勝手言うな!」
「あ、もう着くみたい」
「聞け!」
俺の叫びも虚しくスルーされ、電車が停まる。周りにいた同じ制服の奴らと一斉に電車を降り、改札を出た。学校まで続く道を歩いていると、いつの間にか陽菜が洸太の隣で歩いていた。
陽菜はモフモフとジャムパンを食べている。
「え、陽菜。さっき朝飯食ったよな…?何でパン…」
杉谷家は全員でご飯。というのが義務化していて、いつも皆で食べているらしい。
洸太は呆れ顔をしている。
「ねぇ陽菜ぁ。一口ちょうだい!」
「いいよ。やっとお腹いっぱいになったから残りあげる」
「わぁ。ありがとー!」
残りといってもあと二、三口しかないだろ。というツッコミはあえてしないでおく。
陽菜は昔から大食いだが、陽菜の祖母はどうやら女の子は少食だと信じ込んでいるらしく、陽菜がおかわりをしようものなら「陽菜は女の子なのに…」と嫌がられるそうだ。
「あ!あそこにクラス分けが貼ってあるみたいだ」
洸太が昇降口付近に置かれたホワイトボードにある人だかりを指差した。
俺は楓の袖を引き、振り向かせる。
「お前はここにいろ。俺が見てくる」
「え…でも…」
楓が不満げな顔で俺を見上げた。すかさず陽菜が口を挟む。
「じゃあ、あたしもここにいる。洸太、よろしく」
「はぁ?マジかよ…」
洸太は渋々といった風に俺についてきた。それから小突かれる。
「過保護」
「うるせぇ」
「陽菜と俺の連携プレーに感謝するんだな」
洸太が偉そうに言った。
人混みに楓を入れるとあまりよくない。目立つからだ。変な輩に目を付けられても困る。
「しっかしなぁ…。問答無用でここにいろはないだろー。何、オレ様目指してんの?悪いけど、時雨はそういうの似合わないよ?だってお前、西宮が心配で心配でたまんないんだからさー」
「よーし黙ろうか洸太クン」
「え、うわ怒んなって!ちょっ…やめろ!んな子供じみたことすんじゃねぇ!わぁぁあぁ!」
余計なことをペラペラと言いやがった洸太の頭をぐしゃぐしゃとかき回していると、陽菜の冷たい声が聞こえた。
「早くしろ、バカ共が」
「ほら陽菜に怒られた!」
「お前が意味わかんねぇこと言うからだろ!」
「ひっどー!事実なのに!」
ギャーギャー言い合いながら、ホワイトボードの前にたどり着き、俺は一組から、洸太は八組からクラス分けを見始める。
「あったー?」
「ないな」
「見落とすなよ」
「ありえない」
「いや、意外と…あ、あった!」
洸太が五組の紙をペチペチ叩いた。近くに寄って見ると、
「…マジか」
なんと俺ら四人同じクラスだった。
「双子は同じクラスにならないけど、いとこはなるんだな」
洸太が妙なとこで感心している。そしてニヤニヤしながら俺を肘でぐいぐい小突いてきた。
「お前らは飽きるほどに毎回同じクラスだよな」
「もはや仕組まれてるとしか思えなくなってきた」
俺と楓は未だ嘗て別のクラスになったことがない。小学校は一クラスしかない小さな学校だったので別れるわけもなかったが。
「時雨。戻るよ」
「おう」
洸太に返事をして、俺らは楓と陽菜のところへ戻った。
いとこって普通同じクラスにならないよなぁ。
八クラスもあって、四人とも同じクラスになる確率って…。
そんなことを思ったアナタ。ツッコミは不要です。
なぜなら作者自身がそう思ってるからです!
それはそれでツッコミが必要なのか…?
でも、いいじゃないですか…。だってこれは小説!ファンタジー!夢物語!
確率など超えてゆくのです!
それではさようなら。