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次の日、目覚まし時計に起こされた俺はのそのそと寝袋から這い出ると、俺のベッドで寝息を立てる幼馴染みを見た。

「おい!起きろ!」

「……むー…」

唸っているが、起きる様子はない。仕方なく楓の体を揺すった。

「ほら起きろって!部屋戻って着替えてこい!楓!」

「…う……もうちょいー」

「却下!」

しばらく起きる起きないの言い合いをし、ようやく楓はむっくり起き上がった。

「…しぃのケチ」

「人のベッド奪っておいて何がケチだよ。むしろ寛大だろ」

「…お腹すいた」

「聞け!」

「ねぇ、こっちでご飯食べていい?」

「却下ぁ!」

もはや悲鳴のごとく言うと、部屋の戸がノックと同時に開かれた。

「まぁまぁ朝から大騒ぎねぇ」

楽しそうな呆れたようなどっちともつかない表情で俺の母さんが顔を出した。

「あ、おはようございます!」

楓がベッドの上からぺこっと頭を下げる。

いやいやいや!どう考えてもおかしいだろこの状況!

「楓ちゃん、とりあえず帰りな。由美(ゆみ)が心配するよ」

母さんが笑いながら言う。

由美とは楓の母親だ。母さんとは高校からの仲らしい。すると、案の定玄関のチャイムが鳴った。

「開いてるよー」

母さんののんきな声に、慌ててベッドから飛び出し、ベランダに逃亡…しようとする楓の腕を掴んだ。

「逃がすかよ」

「うわ!離せー!」

「こらっ楓!あんたまた時雨君のとこで寝たの!?まったくもう!いつまで時雨君に迷惑を…!」

そう怒鳴りながら入ってきた楓とよく似た母親、由美さんは楓の頭をぺしっと叩いた。

「ひゃっ!」

「ほら帰るよ!じゃ、時雨君。春香(はるか)。お邪魔しましたー」

由美さんは楓の手をむんずと掴み、慌ただしく家から去っていった。

「夕立みたいねぇ」

母さんは楽しそうに笑っている。俺は朝から疲れた…。

「お母さーん!あたしのヘアピン知らなーい?」

そこへ、妹の夕日が走ってきた。

「えぇ?知らないわ。どんなの?」

「ピンクの小さいリボンが三つ付いてるやつー」

「んー?見てないわねぇ…」

母さんが首を傾げる。

…どうでもいいけど、それ俺の部屋で話さなくてよくないか?リビングで間に合わないか?

だが、夕日の言うヘアピンの特徴に見覚えがあった。しばらく考え、思い出した。

「夕日。そのヘアピンなら昨日楓が付けてたぞ。貸してもらったとかなんとか」

夕日は一瞬キョトンとして、すぐにあぁ!とうなずいた。

「そうそう!かえちゃんに貸したんだった!じゃあしぐ兄よろしく!」

「よろしくって何だよ。それぐらい自分で…っておい!夕日!」

何をそこまで急ぐことがあるのか、夕日は来たときと同じように走っていった。気が付けば、母さんもいつの間にか部屋からいなくなっている。

俺は色々諦めて、着ていたスウェットを脱ぎ、掛けてある制服を眺めた。

中学は学ランだったが、今日から俺と楓が通う柏森高校はブレザーだ。この辺ではそこそこの進学校として知られている公立校で、人気は高いらしい。

ネクタイで四苦八苦し、なぜか部屋を覗きに来た父さんにやってもらった。

「時雨お前なぁ、ネクタイくらい結べなくてどうする。そんなんじゃあモテないぞー」

と、明らかにからかう口調で言ってくる父親はどうかと思う。

「初めてなんだからしょうがないだろ」

「男なら一発で決めなくてはならん時があるんだよ」

意味がわからない。そしてその一発は絶対今じゃない。おまけに、

「父さんはなぁ、母さんに告白したときもきちっとネクタイ絞めてなぁ、今日も素敵ね和彦(かずひこ)さん。って母さんがなぁ…」

なんていうのろけにならないのろけを聞かされる。

なぜのろけにならないかというと、大抵は父さんの捏造だからだ。母さんは絶対に「今日も素敵ね和彦さん」なんて言わない。そんな甘いセリフを吐く母ではない。「んー…こないだのネクタイの方がまだマシだったわね」とか平気で言う。ちなみにどこまで捏造なのかは聞かないようにしている。いわゆる家族愛ってやつだ。

「時雨ーお父さーん。ごはんできたわよー」

父さんの偽のろけが鬱陶しくなってきた頃合いで母さんが声を掛けた。俺はこれ幸いとばかりに学校指定のスクールバックをつかみ、部屋を出る。

偽のろけについて更に追加すると、父さんは母さんに「和彦さん」と呼ばれたことは一度もない。じゃあ何て呼ばれていたかというと「カズ」だ。何せ同い年だし、そんなもんだろう。父さんは過去に一度だけ「和彦さん」がいいんだけど…とお願いしたらしいが、無下なく却下されたそうだ。


「しぐ兄はかえちゃんと待ち合わせしてるの?」

「そうだよ」

俺が朝食を食べ終わる頃、制服に着替えた夕日が尋ねてきた。ショートの髪に苺の付いたヘアピンをしている。

「ふぅん。相変わらずだねー」

「何が」

「仲いいねってこと。いいなぁ〜。あたしもイケメンの幼馴染みが欲しかった〜」

「知るか」

テーブルに突っ伏して訳のわからない駄々をこねる妹を放置して、俺は玄関に向かった。母さんが後ろから追いかけてくる。

「じゃあ、後で入学式行くから。気を付けてね。楓ちゃんのこと」

「息子の心配しろよ」

「楓ちゃん守ったら死んでもいいわよ」

「おーい」

「はいはいさっさと行く!あんたも一応は気を付けなさい」

「わぁったよ!いってきます!」

ほぼ追い出されるような形で家を出た俺はマンションのエントランスで楓を待った。



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