指揮官:妃ノ御結衣
「妃之御隊長!ストレイジが三体に増えました!」
「第一部隊はほぼ壊滅です!」
「このままでは第二部隊の作戦が実行できません!」
次々と無線から流れてくる言葉に、妃之御は唇を強く噛んだ。
作戦失敗だった。
敵の人型兵器ストレイジ。その数が予測を超えていたのだ。人間の増援程度ならまだなんとかなっていただろう。しかしストレイジは別だ。殺戮兵器が一体増えただけでも戦況は変わる。
今がまさにその状況。
予想外のストレイジたった一体が原因で、ほぼ勝利を確定できていた戦いは一気に劣勢という位置に立たされた。
妃之御は外を見た。
死体の山がそこにはあった。
そんな絶望の中、無線から聞こえてきた声。
「隊長だけでも逃げてください!」
「そうです!あなたはここで死んでいい人間ではない!」
「我々が全力で進行を阻止します!その間にっ!」
「っはぁ!……はぁ……はぁ……」
唐突にベッドから起きた妃之御は額に汗を浮かばせながら、まだ少し震えている手のひらを見た。
「また……か……」
ただの悪夢ではなく、予言でもない。その夢を起こしたのは彼女自身の記憶である。
部屋の窓を開け放ってくしゃくしゃの髪を掻く。
「最悪の目覚めだな……」
朝食の時間。朝七時。
第四グループは全員同じテーブルを囲って食事をしていた。春瀬はまだきていないのか、食堂には姿が見えない。
「どう思う?」
九重が話を切り出す。もちろん春瀬のことだ。
「ん〜可愛い子だと思うよ?誰かさんと違って素直だし」
桜木が余計な言葉とともに正直な感想を述べる。
そんな彼女を真正面で睨みつける。
「誰かさんって一体、だぁれのこと言ってんのかしらねえ?」
桜木は誤魔化すかのように明後日の方向を見ながら「にしし」と笑う。
「ところで、妃之御はどう思うのよ?」
九重は話を切り替えて妃之御へ質問を飛ばす。
「そうだな……」
顎に手を当てながら答えた。
「確かに素直なのかも知れないし、もしかしたら結構優しいやつなのかも知れない」
その言葉に頭を悩ませたのは九重だ。
「そうかしら」
他の二人が九重を見る。
「あたしね、『私にはあまり近づかないほうがいい』って言われたの」
「どうして?」
「わからない。けど、あたしじゃなくて、みんなに向けて言ってるように聞こえたのよね……」
彼女達自身としては、第四グループに入るのであれば自分達のように仲良くしたいと思っていた。
しかし、本人が忠告をするかのように「近づかないほうがいい」というのには何かしらの意味があるのだろう。彼女達もそれはわかっているはずだが、その意味が全く理解できなかった。
昼間の休憩時間。妃之御は今朝の夢を思い出したくないので、いつもの木陰で青空を眺めていた。
「私に近づかないほうがいい……か……」
考えても疑問は深まるばかりである。魔女という危険な存在であるのはわかっている、しかし護衛対象から自ら離れるわけにもいかないだろう。それどころか、敵軍に奪われたらこの国が破滅してしまう。
そんなことを考えながら、かれこれ十分以上空を眺めていると、
「あ、あの!すみません」
なんともひ弱そうな声が右側から聞こえた。声の主は予想通り春瀬だった。
妃之御が春瀬を見ながら「なんだ?」と返す。
「えっと……こっ、こんなところで何をしてるのかなーと、思ったので……この前もここにいたみたいでしたし」
何をしているのかという問いには戸惑いを感じた。誰か過去を知らない人にこの事を話したらすっきりするかもしれないという反面、第四グループ隊長としてそんなことのために悩み事を話す恥ずかしさもあったからだ。
妃之御は目線をそらしながら、
「そうだな……特にどうということはない」
とだけ答えた。
「そうですか」
春瀬は微笑んでその場を立ち去ろうとした。だが一つ、妃之御には気になる事があった。
彼女が自分から声をかけてきたということだ。
大した日数を共にしてきた訳ではないが、謝ったりする事以外あまり会話しない上に九重にあまり近づかない方がいいなどと言った人間だ。
そんな彼女が自ら話しかけるだろうか。
「なぁ」
その声で春瀬の足が止まる。
「どうして、そんなこと聞いたんだ?」
その問いに考えるような仕草で返答した。
「ん〜、私の思い違いだと思うんですけど。昨日会った時と何か違った気がしたので?」
「何かって?」
「えと……なんといいますか……そこにいる理由?でしょうか」
妃之御に疑問が湧く。なぜそんな事がわかったのか不思議でたまらなかったからである。
そして、そんな春瀬をずっと凝視してしまう。
「あ、いえ、そのっ……ただの勘でなんとなくそう思っただけですので!気にしないでくださいっ!」
あわわと慌てながら春瀬は言うが、その台詞でもう一つの疑問が湧いた。
「勘?魔女の能力という奴ではないのか?」
春瀬は慌てて否定した。
「そ、そんなわけないじゃないですか!そもそも能力はほとんど使えないですし……」
妃之御も正気に戻ったようで。
「あぁ、そう……だったな」
うつむきながらそう呟いた。
そして顔を上げると、
「……うわぁぁ!!」
目の前に春瀬の顔があった。
さらに、春瀬はこんなことを口にした。
「もしかして、本当に何か悩んでたりしてたのですか?」
「っ⁉︎」
図星である。
誤魔化す事はできないだろう。
なぜなら体が思いっきりビクッと反応してしまったからだ。しかもちょっとした事に気づいた少女が相手ならなおさらだ。
春瀬は微笑みながら、
「私で良ければ……話を聞きますよ。お力になれるかわかりませんが」
と言った。
また妃之御もその笑みに負けたかのように少し俯きながら話を始めた。あの日の事、あの時の出来事を……。
「私は、ここの第四グループに配属される前は第一拠点第二グループの指揮官をやっていた。そして、グループ三十人のほとんどが私を信頼してくれていた」
第一拠点にいた時。十六だった私は、自分で言うのもなんだが周囲から期待の目を向けられていた。
そしてその年に、大尉昇格と同時に第二グループの指揮官を任された。
配属先にいた第二グループのやつらは私のことをとても慕ってくれた。
正直に嬉かった。
だから私も必死に作戦を練った。特に第5次領土拡大抗争が始まる可能性があると告げられてからは納得がいくまで作戦を考えてた。
だが、私の作戦は失敗に終わった。
原因はたった一機のストレイジだった。私の予測していたのは二機、それに対してストレイジは三機用意されていた。だから、私の作戦と部隊人数では突破できなかった。
当然劣勢に立たされた。私は指揮のみの出撃を隊員に求められたから、前線には出なかった。でも、あの状態であいつらから「逃げてください」なんて言葉を聞くとは思わなかった……。
逃げれない。
逃げられるわけがない。
なぜなら、作戦が失敗したのは私の予測が甘かったからだ。
私は無線に向かって叫んだんだ。
逃げれるかよ!逃げられるかよ!お前たちを置いて!って、でもあいつらは私を逃した。作戦を勝手に変えたんだ。いきなり。私を逃がせるように。
もう逃げるしかないのだと確信しながら、あいつらの意思を受け止めながら、悔しさを噛み締めながら私は走った。
「結局私はこうして生き延びたが……、今でも夢にでてくる。あいつらの笑顔や戦場での情景が……」
まっすぐな目で聞いている春瀬に、妃之御は言った。
「私が、もっと考えて作戦を練っていれば……」
春瀬が口を開く。
「それは多分、もともとそういうつもりだったのかもしれないですね」
「え?」
「だって、いきなりみんなが同じ作戦に変更できるなんておかしいじゃないですか。……きっと作戦が失敗したら隊長だけでも守ろうって、そう考えてたんだと思います」
微笑みながら……春瀬が答える。
そして、
「愛されてたんですね。隊長さん」
これまでにない万遍の笑み。
妃之御はその言葉に圧倒されるかのように微笑みながら空を見上げた。
「そうか、そうなのか……。ばかな奴らだな、こんな私を……」
それは違いますよ。と春瀬が言う。
「ずっと作戦を考えてくれた隊長だから、妃之御さんだったから……ですよ」
うつむきながら静かに、妃之御は言った。
「……ありがとう」
それは隊員達に向けた言葉だろうか、それとも春瀬に向けたものなのだろうか。
そんな時にふと妃之御は思い出した。
「ところでお前、私に近づかないほうがいいとか言ったんじゃないのか?」
「え?……あっ!」
冷や汗をかき、明らかに忘れてたような顔を浮かべる。
「そっ、そっ、それは!その……」
慌てる彼女をそばに、妃之御は声を出して笑った。
「お前は優しいやつだな、素直だし、本当にいいやつだ」
そんな事を言うと、別の意味でまた慌てた。
「そそそそ、そんな事は!……」
妃之御はニィッと笑って言う。
「でも、佟華はアホだろ」
また慌てかたが変わる。
「ふえええええええ!?そんなぁ!!」
妃之御は密かに決めた。任務ではなく、本当の意味でこいつを守ろうと。