魔女:春瀬佟華
私は一人。狭い部屋で一人だった。
ご飯は三食、欲しいものもそれなりに与えてもらっていた。
だからふかふかのベッドもあるし、テレビもある。
でも、一人。外に出ることもなく。
狭い部屋で一人だった。
軍服を着た一人の少女が、軍用機の描いた飛行機雲を見ていた。少女の名は妃之御結衣。木陰に座っているその少女は前髪をかきわけながら、
「また第三拠点か……」
と小さく呟いた。
「そろそろ訓練に戻るか」
妃之御は一呼吸し、およそ十メートルほど離れた地下施設の階段へと足を運んだ。
そこで何かを感じた。
人の気配だ。
妃之御はゆっくりと振り向きながら、スッと静かに銃を手に取って隠れている人影に銃口を向けた。
「誰だ。出てこい」
木の後ろから恐る恐る姿を現したのは、とてもひ弱そうな少女だった。
水色の髪の少女の装飾はいかにも普段着というような格好な上、その足元はガクガクと震えていた。
先ほどまでの警戒心がどこか彼方へ吹っ飛んでしまった妃之御は、銃を下ろして呆然としてしまう。
(なんだこいつ?武器ももってなさそうだし、なんか弱そう)
妃之御は声をかけてみることにした。
「おい」
震えているその肩がさらにビクッと震えた。
「ふぁ、ふぁい!?」
どうもここまで恐れられていると会話ができるのかすら不安になってくる。
「あんた……じゃなくて、君はこんなところで何してるの?ここは第二拠点の基地だから、一般市民は入っちゃいけないんだけど」
今度は怯えさせないためになるべく優しい口調に変えた。
すると、少女は下を向きながら口を開く。
「えっと……詠崎司令官という人からここへ来るようにと……その……手紙を頂きまして」
「詠崎司令がか……」
そういって妃之御が近づこうとすると、またしても怯えてしまった。
「あ〜、違う。別に何もしないから。ただ、念のためにその手紙を確認させてはくれないか?」
少女は小さく頷き、そっと白い封筒に入った手紙を渡した。
妃之御はそれをじっくりと見つめる。
彼女は手紙の字で判断したりという高度なことはやっていない。最後に推しているハンコに偽物が使われていないかの確認をしているのだ。
(間違えないようだな。というかこの子、よくもまあ『春瀬佟華さん、うちの第二拠点に来ていただけないでしょうか』って言葉だけで信用できたよな)
少し呆れながら、少女の元に手紙を返した。
「あんた、名前は?」
「……春瀬佟華です」
妃之御は春瀬の顔を見ながら基地入り口側を向いた。
「確認した。春瀬佟華。私が司令官室まで案内しよう」
司令官室まではさほど距離はなく、五分もかからずして到着した。
春瀬の方は通りすがりにいろんな人からまじまじと見られていたが……。
司令官室のドアをノックをすると、青年くらいのが返ってきた。
『誰だ?』
先ほどまでの声とは変わり、少し声を張って言った。
「第二拠点所属戦闘員、妃之御結衣少佐です。詠崎司令官ご指名の客人、春瀬佟華を連れてきました」
「通せ」という声が聞こえた。おそらく執事か誰かいるのだろう。
ドアが開くと、会議室を上回りそうなほど大きな部屋があり、壁には見渡す限り人の名前の刻まれた木の板が所狭しと並んでいた。床は黒一色の触り心地の良さそうなカーペットで囲まれており、司令官と思われる青年の机と椅子も高級感を漂わせている。
妃之御はある程度近づいて足を揃えて止まった。春瀬もそれにならうように同じことをする。
「よく来たな。春瀬佟華。歓迎するぞ」
「ふぇ!?えっと……あ、ありがとうございます」
「話は施設の者から聞いているな?」
「はい、これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく頼む」
隣で話を聞いている妃之御には何が何だかわからない話をされているので、何をしたらいいのかわからなくて周りを見渡すと、後ろの客人用のソファから手招く二人の少女をみつけた。
その少女は妃之御と同じ第二拠点のメンバーであり友人でもある。
しかし司令室に同じ部隊仲間の二人もいることには疑問だ。なので妃之御は直接彼女達のもとに行き訊ねてみた。
「なんで、幹逢と静九がいるんだ?」
その質問には赤髪をツインテールでまとめている九重静九が答えた。
「さあ?あたし達は連絡事項って聞いてここに来たの。詳しい内容はわからないわ」
オレンジ髪の短髪少女の桜木幹逢が九重の言葉に付け加えた。
「訓練中に呼び出されたからそれなりに重要なことなんじゃないかな?」
「それに、私達第四グループのみの全員収集だから、その点も関係してるんじゃない?」
「第四グループとして呼ばれたからね。何かの任務なのかな?」
しかし、その会話に一番入りきれていないのは第四グループリーダーであるはずの妃之御だ。
「え?収集なんてかかっていたのか?」
彼女の反応に、二人は呆れたような声をだす。
「さては結衣。また外にいたのね?」
「いいだろ?落ち着くんだ」
「ん〜、まあ休憩時間の使い方をどうこう言うつもりはないけど、緊急の時とかどうするのよ」
「……まぁ……確かに」
実際、妃之御が外にでるのは癖のようなものなので、さほど気にしてはいない様子ではある。ただ多少心配ではあるのだろう。
「お前らもこっちに来い。重要な連絡だ」
二人の会話を止めたのは詠崎司令の一言だ。そして全員が春瀬の隣に整列した。
「これからお前達の第四グループに加わることになった春瀬佟華だ」
グループの全員が首を傾げた。それもそうだ、見た目からして訓練など受けてはいないであろう体な上に結構弱気な態度。どう考えても軍人向けとしては到底思えない。
「詠崎司令」
「なんだ?」
「失礼ですが、彼女は軍人には不向きだと思います」
「だろうな」
妃之御の意見に詠崎はあっさりと答えたが、
「彼女は軍人として第四グループに入るのではない」
とも言った。
「春瀬佟華の入隊とともにお前らには任務を与える」
彼は春瀬をチラッと見て告げた。
「春瀬佟華を全力で守れ。これが任務だ」
そこの言葉から何かを読み取った九重が質問を返す。
「彼女は何者なんですか?」
その問いにすぐ答える。
「彼女はたった一人の存在。魔女だ」
三人は驚きを隠せなかった。
妃之御は慌てて春瀬をみた。
「この子が魔女だって言うんですか!?あの!」
「そうだ。お前らは春瀬佟華を全力で守れ。こいつがレイ国に奪われれば、どうなるかくらい予測がつくだろ?」
「でも、なんでそんな重要な存在を武力の集中していない第二拠点に」
詠崎は呟くように、そして重たい声で言った。
「そんなもん。武力が集中されている第三拠点が狙われたくないからに決まってんだろ……」
魔女は実在するものなのかどうかさえあやふやなものだった。だが、三年前に魔女を隔離しているという基地が生体データを公表した。
それは本物だった。
人間と同じ体に人間と同じ食生活、人間と同じ感性に人間と同じ思考。
しかし、身体能力ほとんどないはずなのに、彼女の体からは最新型のパソコンでさえ解析不可能な謎の数値が記されていた。
妃之御達が住んでいるセファ国と対立しているレイ国は、その謎データに二年間の歳月とおよそ百五十近くの情報機関を使って解析した。
その結果彼女の謎データは「無限」そのものである事がわかった。なんでも願えば叶うし、なんでも願えばもらえる。そんなむちゃくちゃな能力を彼女は持っていた。
しかし、彼女は決定的なところが欠けていた。自分の意思で能力を使うことができなかったのだ。
第二拠点の二階のレストランで、妃之御は食事をしていた。偶然ではあるが、春瀬も少し離れたところのカウンターにいる。
それを見て、妃之御はあえて春瀬の隣に座った。
第一印象があんな感じだったためか、隣にくるだけでまたビクッと肩が動いた。
「そんなにビクビクしなくてもいいだろ?私がなんか嫌なんだが……」
「えっ、あっ、すみません」
「まぁいいよ。そんな事より」
話題を転換させた瞬間にようやく妃之御を少し見た。
「あんたって、本物の魔女なの?」
「はい、そう呼ばれてます」
「自分じゃ力使えないんだっけ?」
「はい」
「両親は?」
「見たことないです」
「っ……そうか、それは……悪かった」
「あ、いえ、謝らなくていいですよ」
なぜか優しく微笑んでいる春瀬、妃之御には少し不思議なやつだという印象を与えた。
基地の右端には大きな工場が存在する。そこでは人型兵器「イバトリオ」を製造、修理を行っている。
春瀬にとってそんな光景は初めてなわけで、とても興味深そうに修理工程を見ている。
すると、突然肩を少し強めに叩かれた。
「ひゃぅい!」
変な声を上げるとともに叩かれた方向を向く。そこには桜木がいた。
「そーんなに驚くとは思わなかったよ!これはおどかしがいがあるねぇ!」
とても嬉しそうに笑っている桜木から目をそらした春瀬は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
そんな彼女を見てもっとからかいたくなった桜木は、耳元で呟いた。
「春瀬ちゃん、かぁわいい〜」
「!!??」
さらに頬を赤らめる春瀬。
桜木はかわいくて素直な子だなと思った。
第二拠点の周辺には海がある。囲まれているわけではないが、もともと人口島であるがゆえに半分以上の陸地が海に面している。
その海の上にある崖で春瀬はただ静かに夕日を眺めていた。
夕飯の時間に近づいてきたことを知らないのか忘れているのかはわからないが、呼ばないわけにはいかないのでたまたま彼女の姿を発見した九重が声をかけた。
「あんたそんなとこでなにしてんの?」
声に気づいて振り返る。
「あ、えっと、景色を眺めてたんです」
「そんなもんみればわかるわよ!」
「ひゃうう!ごめんなさいぃ!」
九重の怒ってるような態度で怯えてしまった春瀬。
「えっ?あ〜っとね、あたしこういう強気な言い方しちゃうの癖なんだよね。ビビっちゃった?ごめんね」
「あ、いえ」
その返答に九重は胸をなでおろした。
「あたしは、もうそろそろ夕飯の時間なのにいつまでここにいるのってことを聞きたかったの」
えっ!?と言って慌てて腕時計を見る。
「わ!もうこんな時間だったんですか!?すみません!」
九重としてはまだ別に質問したい事も色々あるが、それは全員同じであろうという予想で、第四グループのメンバーが全員いる夕飯の時間にすればいいかと考え、その場を立ち去ろうとした。
「あのっ!」
しかし、春瀬の言葉に足を止め軽く振り向いた。
「なに?」
春瀬は胸の前で手を握った。
「私には……あまり近づかないほうがいいです」
訳のわからない発言だった。
九重は体をすぐに振り向かせた。
「は!?それってどういう……」
その理由を聞こうとしたが、
「通達する。第四グループのメンバーは全員司令室に来るように。繰り返す。
第四グループは全員司令室に来るように」
というアナウンスが入り、聞く暇もなく二人とも司令室に向かった。