旅に出てしまったのでフラグを建てていこうと思います。
「くぅ~っ、冒険日和のいい天気だなぁ!」
「そうねそうね! お弁当もう少し持ってくればよかったかも!」
青い空。白い雲。テンションがやや高めの和やかな会話が耳をうち、目の前には鬱蒼とした森が広がっています。
どうも。伝説の勇者の生まれ変わりPTがひとり、ナツヒです。
出発は今日だ明日だと大騒ぎしながら村へと戻った勇者さまご一行(笑)の僕たちですが、正確に出立することになったのはそれから3日後に当たる今日になりました。
理由は明確。単に準備に手間取ったから。
なにせ、ニートと病院のボランティアというふたりである。おまけに育った村から外にろくに出たこともない世間知らずなお坊ちゃまがただ。遠足気分で用意された荷物を見て、僕が切れた。「旅を舐めるな」と云ったところで聞くような相手ではないので、訥々と「冒険とは」「かつての勇者はこんなものを携えていたとか」「書物によれば勇者は旅支度を大切にしたとか」云々かんぬん。あの手この手で云い聞かせ、なんとか落ち着いて荷物を整えさせた。
当面の旅の資金だが、そこは問題ない。
なにせアースは村でも有数の実力者の息子であり、国の役人でもある彼の父親はそこそこに金持ちだ。おまけにメルが働く病院はこの国に無数に存在する大病院であり、管轄の病院がある街では滞在できるよう話を通してくれるとのこと。ここら辺に関しては病院の背景グラフィックや人物キャラの使い回しも兼ねたシステム上の都合で、訪れれば自動的に回復してくれる便利ポイントとしてゲーム内にも存在している。
ここだけを切り取ると、どうにも僕のおまけ感が凄まじいのだが……僕ことナツヒの出自や立場などが有利に働くようになるのはゲーム内だともう少し先の王都に入ってからになる。それに、資金面においておんぶにだっこ状態になるのは心苦しいがこのピクニック気分の連中を世話するのはどう考えても僕だ。せめて金銭面くらいは役立ってくれと云ったところでバチは当たらないと思う。
「……そういえば、アース。今日からしばらく野宿になると思うんだけど、食事はどうしようか?」
ぽつんと問いかけてみれば、アースはきょとんとした顔で僕を振り返る。
「村で用意してもらった食材も途中で尽きると思うんだよね。そうしたら現地調達ってことになるんだけど……」
「それならナツヒがいれば問題ないだろ?」
「……僕?」
ほら、当たり前のような顔をして云ってきた。
「そうよ、ナツヒがいればなんの問題もないでしょう? アンタ狩人なんだし、料理だって得意じゃない」
「…………あぁ、うん。そうだね……」
さも当然とばかりにメルが追随し、すぐに話題は流れていった。
こいつらはわかっているんだろうか。ゲームだと一瞬で表示される野宿用のテントや夕食の準備、そういった諸々を自分でしないといけないことを。
まぁ、わかってないんだろうな。わかってたら僕の荷物を見て「寝袋? なにに使うの?」とか「鍋なんか持ってきてどうするんだ? 被るのか?」なんて質問は飛び出さないはずだし。
僕の職業が狩人だからなんだっていうんだろうか。狩りに出て確実に獲物を仕留めてこられるとも限らないのにそればかりを当てにされても困るのだけれど、というか料理得意だからなに? 全部僕がやるの? その間自分たちはなにしてるつもりなんだろうこいつら。いいよなぁなにも考えてないやつらってお気楽で。
……などと卑屈になっていても意味はないので。
好き勝手に盛り上がって、後ろをついて歩く僕に意識が向いていない隙に僕は僕なりにやるべきことをやろうと思います。
さて。この世界が生前にプレイしたゲームに酷似している、もしくはそのものだと気づいたのは残念ながらあの冒頭イベントが起こった瞬間だった。
それまでの僕はなんとなく自分自身の存在に違和感やぎこちなさを覚えながらもそこそこ普通に生きて、生活してきた。ところがあのイベントの直後、流れ込んできた生前の記憶やらなんやら、大量の情報に一瞬頭がパンクしかけて――けれど、特に混乱することはなかった。
『生前』の僕と現在の僕・ナツヒの性格にさほど差がなかったのが救いだろうか。それともうまいことチューニングできたからなのか、精神的な負荷もなく、心が壊れてしまうようなこともなく、僕は自分がゲーム世界に転生したらしいことを認識し、あっさりと許容した。すべてを許せる環境にないことも理解した上で、今はおとなしくストーリーに沿って行動するよう心がけてもいる。
それはなぜか。理由は簡単、まだ動くに時期尚早だからだ。
このゲーム、タイトルを『Legend of Planets Guardian~星々の英雄たち~』。通称LPG(RPGにかけたんだろうが、ダサい)は、キャラクターデザインを超人気イラストレーターがつとめ、主題歌は国家と称される伝説的アニソンの歌手が歌い、豪華声優陣をキャストに取り揃えて、様々なメディアで特集が組まれ、知名度の高いゲーム会社から発売された。
にも関わらず、その評価は散々だった。
キャラ設定もビジュアルもグラフィックも音楽も悪くはない。むしろ前情報での期待値は非常に高かった。けれど、その中身に盛大な問題があった――シナリオが、最悪だったのだ。
物語が進むごとに破綻していく設定、主人公マンセーでご都合主義が連発されてまとまらない展開、風呂敷広げすぎてて最終的にはグシャグシャに丸めてぶん投げられる納得いかないエンディング。おそろしいことにキャラクターごとにマルチエンディング形式をとっていたのだが、それにしたってキャラの立ち位置が変わるだけの金太郎飴展開がひたすらに続く。
メインシナリオライターが主人公萌えで突っ走った結果だの、ライター同士の趣味が合わずに殴り合いガチンコバトルが勃発した挙句にプロデューサーが蒸発して急遽集められたスタッフでツギハギに作られたからだのと様々な理由が憶測として飛び交ってはいたが、真実がどれとは知れない。
ただ、究極のクソゲーとして大炎上が起きたのはいうまでもない。
何分期待値が高かっただけに、そしてキャラクター自体は悪くないだけに評価は割れに割れた。大荒れした。
いわゆるキャラ萌え派とゲーマーの対立。やりすぎた考察厨と原作至上主義の戦争。いろんな方面で問題が勃発し、やがて次ジャンルにユーザーの興味が移ると同時に収束していった。
だが、残ってしまった人びともいた。
なんでこんなクソゲーにそこまで労力を割かなきゃならないんだと思いながらも繰り返しプレイせずにはいられない、そんなプレイヤーもいるにはいたのだ。
キャラに愛着が湧いてしまったり、ランダムに発生するキャライベントを取りこぼしたくなくてやりこんでしまったり、公式が投下するキャラクターの裏エピソードや設定に釣られまくったり――結局のところキャラクター人気に比重が偏っているのは大いに認める。グッズとかはろくに出なかったくせに、設定資料集は無駄に分厚かった。腐女子メインライターの萌えトークコーナーは読みたくなかったけど、とんでもない裏設定が語られてたりしたので泣く泣く目を通した。主人公にちゃんづけしてて気持ち悪かった。
中でも人気があったのがアサシンと呼ばれる女性キャラクターで、公式サイトで唯一書き下ろしイラストが発表される等、破格の待遇だった。しかしそれはリアルの世界においてのみである。
このLPGがクソゲーと云われる理由において、キャラの扱いが不遇というのがある。
人気キャラであればあるほど、ストーリー上で不憫な目に遭うのだ。むしろ、可哀想すぎてキャラ人気が上がってしまったと云ってもいい。
件のアサシンは、マルチエンディング形式をとっているこのゲーム内において、どのルートを選ぼうとも不幸な道筋を辿る。どうにかして彼女を救えはしないのかとひたすらにやりこんでも、報われることはない。
先に述べた通り展開が金太郎飴なので、起きるイベントが変わらないのだ。
また、例の腐女子メインライターは女性キャラにろくに興味がないということを萌えトークコーナーで明言しており、このアサシンに関しても「なんで人気あるのかわかんない」と平然と云い放っていた。「主人公ちゃんの踏み台として消化されるべきキャラクター」とまで云っていた。
…………………………あぁ、気に食わなかったとも。
ご多分に漏れず、僕もアサシンが一番のお気に入りだった。というか、あまりにも可哀想すぎてどうにか助けてあげられないかとゲームをやりこんだ口だ。
にも関わらず、製作者に「踏み台」として扱われている彼女を救う道がないと知ったときの憤りと云ったらなかった。それくらい、彼女の辿る運命は、あまりにも悲惨すぎた。
だからこそ。
それを知っているからこそ、僕は、シーンを盛り上げるためだけに消費されてしまった彼女を助けたいと思うのだ。
このクソシナリオをぶち壊して、彼女を救う。
きっとそれが、僕がこの世界に生まれ直した意味だと思うから。
そのためには彼女に出会うまでシナリオに沿わなくてはならず、しかしできうる限りの準備はしておかなくてはならない。
故に、今はこうして空き時間を見つけては、覚えている限りのゲーム情報を日記帳にメモしたりしているんだけれど――
「ねえ、ナツヒ。さっきからなにしてんの?」
「うわあ! ちょっ、ちょっとメル、勝手に覗かないでよ!」
「なによぉ、ケチー」
危ない。油断していた。
一応アースたちには読めないように思い出した日本語でメモをとっているのだけれど、見られたらそれはそれで厄介なことになる。
慌てて日記帳を閉じると、アースがふと思い出したように云った。
「『そういやナツヒは昔から勉強好きだったよな。狩人にならないで学校に行けばよかったのにって、村の大人連中も云ってたぜ?』」
「え……」
おっと。ここでその台詞が出てくるのか。
ゲームでのLPGは、マルチエンディング形式をとっている。どう変わるのかというと、主人公であるアースがもっとも好感度を上げたキャラクターと、そのキャラクターが進んだ道が複数に分かれるのだ。
たとえばメル。一応メインヒロインである彼女だが、メインライターが腐女子なせいか、彼女がアースと結ばれるエンディングは残念ながら描かれない。今は病院で助手として働いているメルには女神の依代としての巫女の素質があり、村に戻って医師になるエンディングと、王都に残り巫女として過ごす彼女のもとをアースが訪れるという2種類のエンディングが存在する。ちなみに前者のエンディングではアースは冒険者として旅を続けており、彼女はいつか帰ってくるかもしれないアースを生まれ故郷である村で待ち続けているという設定だ。……なにがなんでもくっつけたくはないというライターの強い意志を感じる。
そして僕、ナツヒだが――ここでひとつ、特筆すべき事項がある。
ナツヒは作中において、もっとも年下のキャラクターだ。10歳という年齢はこの世界設定においては一人前として扱われるものの、子供であることには変わりがない。PT内で一番の年下であり、アースより年下なのも僕ひとり。
つまり、ナツヒはショタ担当キャラクターなのである。
……はい。僕、ショタキャラなんです。
見た目も、プラチナブロンドのふんわりとした髪に大きくてこぼれおちそうなエメラルドのように輝く瞳。色白で、ハーフパンツから覗く膝小僧やふっくらとしたほっぺたが魅力の美少年。自分で云うけど。美少年である。
まぁねー、生前の記憶が蘇って自分がナツヒだって気づいた時は、混乱はしなかったけど少しばかり気が遠くなりましたよねー。公式ではなかったものの、二次創作であんなことやこんなことをされてる特殊嗜好のお兄さんたちに大人気だったナツヒだもんなー。薄い本の妙に汁気の多い表紙とか思い出しちゃいましたよ。泣くかと思った。あんな目に遭わないためにも全力でこのクソゲー世界を生き抜かなくてはならないと固く心に誓ったものだ。
えぇと。話がそれた。
要するに、アースより年下なのに既に一人前として扱われることを望み、狩人という職についている点がナツヒというキャラクターの1テーマでもあるのだ。
その出自にも少し関わりのあることだが、ナツヒには実は学者になるために学校に行きたいという夢があった。しかし、早く独立したいという願いと周囲への引け目にも似た感情からそれを諦めてしまったという過去がある。
アースはそのことに気づいているのかいないのか、ゲーム中で不意に問いかけてくることがあり――それがさっきの台詞につながっている。
このゲームのおかしなところは主人公側ではなくキャラクター側の選択肢をプレイヤーが選ぶという点にもあり、アースが他のキャラクターに対して問いかけた疑問に対する選択肢を選んでいくと、最終的にエンディングでキャラクターの選ぶ道が変わっていくのだ。
これはアース本人が冒険者という夢を持ちながらも日々をぼんやりと遊び歩いていたことにも関わりがあるのかというと、実はそんなことはない。
むしろ、キャラクターたちは冒険者という夢を持ち続けるアースの姿になぜか感動し、憧れて、自分たちも夢に向かい合おうと考え始める――というのが共通してシナリオに見られる文面である。
なんで遊び呆けてるだけの夢見がち脳天気主人公に影響されてしまうのかはまるでわからないが、エンディング分岐でキャラクターの職業が変わり、イベントスチルや立ち絵が追加されるのはユーザーには割と評判が良かった。そこにたどり着くまでのクソシナリオっぷりはともかく、キャラグラフィックは良かったからね。
……というわけで。僕、ことナツヒは答えなくてはならないのである。
学者という夢を捨てきれていない事実を認める返事をするか、それを否定するか。最初の選択肢を今、強いられているのだ。
だから僕は、こう答える。
「――そうだね。知識は力になるから、必要だとは思うよ。でも、アースにそんなこと関係ないんじゃない?」
にっこりと。
ナツヒには珍しいほどの笑みを浮かべて云い放つ。
「お? ……おー、そう、か? そうだけどさ、でも」
きょとんと、惑ったように口を開いたアースを制して、彼らより一歩前に足を踏み出した。
これは、決意の一歩だろう。
「あ、そろそろ日が暮れてきたね。野宿できそうな場所を探そうか。メルも手伝って?」
「え? う、うん。わかった。行きましょ、アース」
「ん、あぁ、そうだな!」
ぱくぱくと、なにか云いたげに口を動かしていたアースは、一体どんな返事を待っていたのだろう。
僕は、知ってる。
『……そんなの無理だよ。僕には学者なんて、向いてないもの』
『いいんだよ。僕は今の仕事が気に入ってるんだから。学校なんて遠いし、村から出るなんてまっぴらさ』
このどちらかを選んでいれば。口に出していれば。
アースは、ちゃんと返事ができたのだろう。
だけれど僕は、知っている選択肢は選ばなかった。選んでたまるかとさえ思っている。
だって僕は、これからこのクソみたいなシナリオをぶち壊すんだから、選択肢に沿って行動してどうするんだ。
少しずつ、ほんのちょっとでも崩せるところがあるのなら、僕はそれを見逃さない。
ゲームとは違う現実をこの世界に刻み込んで、いつか必ずぶち壊してみせる。
もうすぐ出会う彼女のために、彼女を助ける、そのために――――――――今度こそ。
…………………………あれ。『今度こそ』って、なんだ?