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ジークフリート王子

「騎士なんて、そんなもの必要ないわ。わたしはいらない」


 リーゼロッテの隣に座っていた美女が、肩をすくめて吐き捨てる。

 色っぽいハスキーボイス。鮮やかなピンク色のメッシュを入れた黄金色の髪は、引っ詰めて編み込んでいるものの、長すぎるために床に達している。

 豊満な胸を押し込めたビスチェと大腿の露わなホットパンツは、ほぼ黒い革のボンテージ。椅子に浅く腰掛け、だるそうに長い脚を組む様子は、男勝りな性格を表している。


「いけません、ラプンツェル。姫たる各国の代表者をおいそれと危険にさらすわけにはいかないのです。姫は騎士と二人一組で行動をともにしていただく。それを守れなければ、シピリカフルーフの探索は許可しません」

 オズヴァルトにはねつけられ、利かん気の強そうな美女――鉱山都市ピラカミオンの代表者、ラプンツェルは面倒臭そうに舌打ちした。


「うふふふふ。超楽しそ」

 耳の上で二つに結んだ髪を、ふわふわっと軽やかに踊らせる。同じ黄金色でも硬そうな髪質のラプンツェルとはまったく違う。

「いいじゃないの。古典的な物語では、姫に騎士は付きものだもん。そうじゃないとだめなのよ」

 少女が笑う。ずっと宙をスキップしているような高い声で。

 大きなリボンの付いたカチューシャ。スカートの裾にギャザーの入ったエプロンドレスと白く透けないタイツ。童顔の可愛らしさとは裏腹に、瞳の奥に見え隠れする深淵。

「あの塔、姫よりもむしろ騎士の方を待ち望んでるみたいに見えるし」

 窓の外にそびえるシピリカフルーフを眺める少女――アリスは魔法都市ノンノピルツの代表者である。


「シンデレラの言うとおりよ。平和な世界のためには……聖女の力が必要だわ」

 自分に言い聞かせているような独白は、夢見るように美しい声。

「ルクレティア……大切な存在なんだもの……」

 蒼白いほどの陶器のような肌に、緩やかに波打つ薄紫色の長い髪。物憂げな表情に笑みはない。

 何しろ声はこの世のものではないような美しさだ。きらめく膜に包まれた音の連なりが鼓膜を震わせるよう。骨の浮く痩せた体にまとうマーメイドラインのドレス。

 彼女は、港町ウォロペアーレを守護する神秘の姫君ルーツィア。海底の城に住む人魚であるが、必要があって(おか)に上がるときは人間の姿を借りる。


「ついては、騎士となれる者を僕に推薦していただきたい。推薦者にはしかるべく試験を受けていただき、合格した者には叙任証を授け、騎士として姫を守る任務を与えます」

 オズヴァルトが厳かに告げる。


 各国の代表者たちの協議は解散となった。


* * *


「リーゼロッテは?」

「寝かしつけてきた」

 ヴァルのにべもない物言いに、オズヴァルトはくすくす笑う。


 アルトグレンツェ有数の高級ホテルで国賓も眠りについた深夜。

 教会の一隅に設けられているオズヴァルトの書斎を、秘密裏に招かれていたヴァルは音もなく訪れた。


「可愛い娘ですね」

「危険なことはさせたくない」

「本気ですか?」

「……どういう意味?」

「本気で惚れているんですか?」

 ヴァルは目を瞬いたが、にわかに苛立ちを表情にのぼらせた。

「そんなはずない。さっさと試験を受けさせろ」

「それが試験官に対する口の利き方ですか?」

「申し訳ありません。騎士試験を受けさせてください」

 すぐに180度舵を切り替えた殊勝な口振りのヴァルに、オズヴァルトは、今度は口を開けて笑った。

「あっははははは。あなたには似合わないな」

「いい加減にしろ」

 樫材の重厚な机に後ろ手をついて、オズヴァルトがまだ笑いを引きずっている。ヴァルは苦虫を噛みつぶす。

「何をすればいい?」

「何もしなくていいですよ」

「は?」

 オズヴァルトは机に用意してあった平たい箱を持ち上げ、ヴァルに差し出す。青い天鵞絨(ビロード)の箱。

 受け取って開くと、小さな徽章が寝そべっている。

「何だこれは」

「それが騎士の叙任証です」

「……試験は?」

「だから、しなくていいです」

 オズヴァルトは箱から徽章をつまみ上げ、ヴァルの服の襟にピンで刺した。先代の聖女ルイーズの横顔が表面に彫られた赤銅のコイン。

「肌に障らないですか?」

「大丈夫だ。……いや、そんなことどうでもいい。試験もしないのは、ほかに示しがつかないだろ?」

「騎士試験の概要は、剣と魔法の初級編というところです。あなたがやっても時間の無駄ですよ、どうせ合格しますから」

 あっさりとオズヴァルトは言う。

「僕は無駄がいちばん嫌いです。あなたもご存知でしょう?」

「それは……そうだけど」

「あなたがどうしてもと言うならやってもいい。試験を受けるためには剣が必要ですがね」

「……剣、か」

 ヴァルは自らの腰に手をやる。彼が帯びている剣は護身用としては十分その役目を果たせるものだが、シピリカフルーフの探索に当たるには心許ない。

「そんな、ぺがぺがのなまくら、だめですからね」

 オズヴァルトは、ヴァルの心を読んだかのように機先を制する。

「試験も受けられないか?」

「もういいですってば。そんなにやりたいんですか?」

「別にやりたいわけじゃ……だが、シピリカフルーフに入るなら、確かにこれは使えないよな」

「支度金も準備してありますから大丈夫ですよ、王子」

「支度金?」

「僕は旅費もエインセールに持たせようとしたんです。でも、重くて持てないって断られまして。まぁ、こちらにいらしたときにお渡しすればよいかと思い直しました」

「わたしはか弱いんですから! この細い腕、見ればおわかりでしょ」

 どこからか不意に現れた妖精が唇をとがらせている。黄金色の光がぱらぱらと舞った。

「リーゼロッテは?」

「お部屋に結界を張ってきました! 悪い夢を祓う安眠のまじないも一緒に!」

 ヴァルの命令を受け、やるべきことはやってきたと声高に訴えるエインセール。

「ほんと過保護なのよ、聞いてオズヴァルト」

「エインセール」

 ヴァルは黙らせようと睨みつけたが、エインセールは毅然と睨み返している。

「守護結界はわかるわよ、夜は魔物が出没する危険性が高いし。だけどね、安眠のまじないなんて、子供じゃあるまいし、悪い夢を見て目が覚めたとき、そばに誰もいなくて慰めてやれなかったら可哀想じゃないかって、ヴァルったらさ、とにかくそういう繊細すぎるケアの指示が多いのよ。二言目には必ずリーゼロッテ」

「エインセール!」

 つかまえようとするヴァルの手を軽やかにかわして羽ばたいたエインセールは、オズヴァルトの肩に留まる。

「耳、真っ赤ですよ、王子」

 にやにやするオズヴァルト。とっさに両手で両耳を隠したヴァルだったが、聞き流しそうになった言葉にはっとして叫ぶ。

「王子と呼ぶな!」

「申し訳ありません、つい癖で。その可愛らしい仕草は王子の癖ですね、まったくお変わりでない」

「謝ったそばからまた言ってるぞ、おまえ改める気がないな」

 年甲斐もない無意識の仕草を恥じて両手を下ろし、ヴァルはため息をつく。

「仕方がないでしょう」

 オズヴァルトは困ったように眉を八の字にする。

「ミラ・カが滅びたとて、僕にとってあなたは永遠に王子なんですよ――ジークフリート王子」

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