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蠱惑の森

 石畳の道を抜けると一本の大樹が立っている。

 街の中心に位置し、この街のどこからでも見ることができるこの巨大樹こそが【蠱惑の森】という名を冠するダンジョンだ。


 幹の直径は大人二十人が手を繋いでやっとというほど。頭上を見上げても頂上を仰ぎ見ることができない。その太い幹の中へと入っていくように刻まれた上り階段がダンジョンへの入口だ。

 中に入ってまず見えるのは青空。そして野を覆うように咲き誇るおびただしい数の色とりどりの花々。

 第一階層《魅惑の花園》と呼ばれる美しくも恐ろしいフィールドだ。


 ◇


「ラチナー、そっちはどのくらい集まったー?」


 離れて作業をしているラチナに向かって声をかけた。


「らちなはもうすぐいっぱいです」


 真っ赤な花々の間から銀色の輝きが顔を見せる。頭上に自分の頭ほどの革袋を掲げているが、小さな体は胸から上しか見ることができない。

 草丈の高いこの花畑では背の低いラチナが少ししゃがむだけで姿が見えなくなる。はぐれないようにこうして時折声を掛け合い、お互いの位置を確認しているのだ。


「俺の方は三分の二ってところだけど、そろそろ昼だし帰るか」


「らちなはおなかがすきました」


 花が密集している場所を避け、隙間を通り抜けるようにしながら移動する。体が小さいラチナはするすると滑るように近寄ってきて合流した。


「今日の日替わりはなんだろうな」


「らちなはさかながたべたいです」


「昨日も魚じゃなかったっけ?」


「らちなはさかながたべたいです」


「まあ、ラチナがそれでいいなら別にいいけど。俺は今日は肉を頼もうかな」


「……らちなはおにくがたべたいです」


「ん? じゃあ、やっぱり肉にするのか」


 花に触れないようにしながら歩くのにもこの一週間ですっかり慣れた。

 最初はびくびくしながら歩いていたのが、今ではこうしておしゃべりを楽しむ余裕もある。


(この街に来た時はこれからどうなるかと思ったけど、意外と順調だよな)


 ダンジョンの階段を降りてギルドに向かう。背中の革袋の中身が歩調にあわせてたぷんたぷんと揺れ動いている。これが飯の種に化けるのだ。


(連れてこられたのがこの街で本当によかったな。最初は苦労したけど……)


 ようやく到着した到着したギルドの扉を開けながら、俺はこの街に来た初日のことを思い出した。


 ◇


「お、お邪魔します……」


 ――し~ん……。


 入口の扉を開けて中に入ったが、誰もいない。

 机や椅子、掲示板などが申し訳程度に置かれていたが、それを利用する人間の姿が一人もないのだ。

 カウンターに向かってみたがその裏に誰かが隠れているということもなく、本当に無人。


「……誰かいますかー?」


 ――がたっ、ガタガタ、バンッ!!


「冒険者か!?」


 奥の部屋から姿を現したのは酒瓶を片手に持って赤裸顔のおっさんだった。


(朝っぱら飲酒かよ……)


 思わず呆れてしまう。


「……んだ、ガキが二匹か。今は依頼の受付はやってねえ。さっさと帰ってママのおっぱいでも吸ってろ」


 おっさんはそれだけ言うと肩を落として扉を閉め――


「――ちょ、ちょっと待った! 俺たち冒険者志望なんですけど!」


「……はあ? お前らが?」


 目をまん丸にするおっさんに、別れ際にロナウドさんから貰った紹介状を見せた。


(これ、本当に効果あるんだろうか……)


 不安になりながら、酔っぱらいのおっさんに手渡す。王国の騎士が直接が顔を出すといらない勘ぐりをされるだろうと別れる前に言われたのだが……、ギルドの中に人っ子一人いないのだからどっちでも変わらない気がする。

 まあ、今更遅いか。


「王宮からの紹介状ねぇ。……ふん、少しは剣が使えると。そっちのチビは何も書かれていないが?」


「この子はラチナ、俺の……弟みたいなもんです」


「らちなはらちなです」


 訝しげに見つめるおっさんに、ラチナが真正面から見つめ返す。普通の子供なら目があっただけで泣き出しそうな凶悪な面構えのおっさん相手に全く動じる様子はない。


「ふん……おもしれえな」


 そんなラチナの態度が気に入ったのか、にやりと笑ってカウンター席に座った。


「で? ここで冒険者になろうってんだ、当然【蠱惑の森】のことは知ってんだろうな?」


「少しだけ。モンスターらしいモンスターがほとんどいない場所だと聞きました」


「ああ、確かにあそこにゃモンスターはほとんどいねえ。一階や二階をうろつき歩くくらいなら戦闘なんて一度もしないかもしれんわな」


 だが、と声が一際重くなる。


「初級ダンジョン中、死亡率はダントツ一位。【人食いの森】の別名を持つ超危険地帯。


 ――それを理解した上で、冒険者になるんだな?」


 ◇


(あの時は怖かった……主におっさんの顔が)


「おう、おめえら。戻ったのか。よし、大人しく革袋を差し出しな」


「ギルドのマスターが強盗かよ」


「うっせえ! こっちはお前と違って忙しいんだよ! 久々に冒険者が現れたからって依頼がバンバン入って来てんだ!!」


「俺たちは珍獣か何かか?」


「似たようなもんだな。ま、ラチナはともかくアヤトにゃ可愛げってもんが足りねえ――って、いいからさっさと出せ!!」


「はいはい、わかりましたよ」


 すっかり慣れた怒鳴り声を聞き流し、俺の分とラチナの分の革袋を渡す。


「へへへ、これこれ。今日もパンパンじゃねえか」


 手にずしりとくる重さにおっさんがニヤケ面を見せるが全然嬉しくない。美人の受付嬢さんとかがいたらの嬉しいのだが、残念なことにこのギルドはおっさん一人しかいないのだ。


「今容器に移し替えるからちょっと待ってな」


「はーい」


 慣れた手つきでガラス容器を並べると、革袋の口を解いて傾ける。

 袋から溢れる黄金の煌きが透明な器になみなみと注がれた。

 【金花蜜きんかみつ】。【蠱惑の森】の第一階層に咲き乱れる【魅惑花】からとれる蜜だ。


「ひーふーみー……、35個か。まあまあだな。ほれ、今回の報酬だ」


「ありがと。えーと……うん、七万ちょうどだね」


 手渡された金貨をしっかりと数えて財布に突っ込んだ。

 今回の報酬分だけでも七万ダリル。ここに来てからの一週間で実に三十万ダリル以上の金額を稼いでいる。


「次はもっと取って来いよ! あと他所に持ち込むんじゃねえぞ!!」


「わかってるって」


 おっさんが蜜の入った容器を抱えて奥に戻っていった。

 目が金のマークに見えたが、あれをいくらで売りさばこうと俺には直接的には関係ないから放っておこう。何かのきっかけで買取価格が上がってくれたりすると嬉しいのだが、せいぜいその程度だ。


「さ、飯を食いに行くか」


「らちなはおなかがすきました」


 なんだかラチナとは飯の話ばっかりだな、とどうでもいいことを思いつつ、街へ繰り出した。


 ◇


 【蠱惑の森】は全五階層の初級ダンジョンだ。

 ダンジョンには【初級】【下級】【中級】【上級】【神級】の五つの級があり、低い級ほど数も多く攻略も簡単で、高い級になるほど危険度は高くなり数も少なくなる。


 多数ある初級ダンジョンの中でも、【蠱惑の森】が最も危険と言われる理由。それは階層の至るところに咲き乱れる【魅惑花】のせいだ。

 この花の花粉を吸うと《魅了》の状態異常にかかってしまい、花の虜になってしまう。一度そうなると片時も花から離れようとせず、寝食も忘れて花に魅入られ、最後は花の前に屍を晒して自ら肥やしとなってしまうらしい。


 この花の蜜は独特の甘みと、世界的に甘味に乏しいという事情から高値で取引される。

 だが、慣れた者でも少しの油断で花粉を吸い込んでしまったり、集団で採取を入って一網打尽にされるといった事態が度々発生し、その危険度の高さから採取をしようという冒険者は極めて少ない。


 その代わりというように、この森に出てくるモンスターに攻撃的なものは少なく、モンスターに襲われて死亡した冒険者はほとんどいない。

 歩くだけでも注意が必要なこの森で、もしモンスターと戦闘などすればたちまち花の虜となるだろうから当然といえば当然だ。


 そういうわけで、命懸けの採取作業を行った対価が俺の懐の中身ということになる。

 これを安いと見るか高いと見るかは人によって変わるだろうが、俺たちはしばらくはこの調子で荒稼ぎをさせてもらうつもりだ。

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