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焚き火の夜

 村長一家に礼を言い、翌日から再び馬車の旅が始まった。

 ラチナは馬車の中のベッドに寝かせ、俺はその隣のソファーに座って会話をする。

 一日中移動しかしていないのだ、時間はたっぷりあった。


 ラチナの身の上話も聞いた。

 ピクト族という少数部族の出身のラチナは、村の老人たちの語る都会の話やおとぎ話の英雄に憧れて村から出てきたらしい。

 だが、街で使えるお金を持っていなかっておらず途方に暮れていたところ、偶然知り合った《口利き屋》という人の紹介で王都から少し離れた辺りに屋敷を構える貴族に使用人として雇われた。

 そこで働いていれば食べ物を食べれるしお金も手に入ると言われて一生懸命仕事をしたのだが、どんなに仕事をしてもご飯は少ししか出ないし、お金も全然貯まらなかった。

 結局、三ヶ月ほどそこで働いて逃げ出したのだが、住んでいた村の場所がわからずさ迷っているうちに空腹と疲労で倒れてしまった。

 そして、俺に拾われた、ということらしい。


「あやとはごはんくれます。らちなははたらきます」


 ラチナの面倒を見て、食事を与えた俺はラチナからすると雇い主のようなものらしい。

 食事のお礼に働いて返します、と言っていた。


「そうだな、それじゃあラチナにはこれから頑張ってもらうか」


「らちなはがんばります!」


 銀の髪を撫でながら今後のことを考える。

 貰ったお金はまだほとんど残っているが、この世界の物価や生活費にいくらかかるのかといったことがわからない。

 身の回りの細々とした物なども買わないといけないだろうし、面倒を見る相手が一人増えたのだ、お金はいくらあっても足りないだろう。

 どうにかして稼ぐ方法を考えないといけないな。


 ◇


「王都ではよくある話ですよ」


 夜。

 馬車の中にラチナを寝かせた後、見張りをしているロナウドさんにラチナの境遇を話したところ、そういう言葉が返ってきた。

 ロナウドさんが焚き火にかけていた薬缶を取り、中身をコップに注ぐ。


「高羽様も飲みますか? 眠気覚ましの効果があるので寝付くのが少し遅くなるかもしれませんが」


「ありがとうございます、もらいます」


「どうぞ。独特の香りがあるので苦手でしたら言ってください」


 淹れてもらったお茶はジャスミンティーに似た香りがした。確かに特徴的だったが、懐かしい気分にさせてくれた。

 うちでは毎年夏になると、母さんがジャスミンティーを冷蔵庫に入れて冷やしてくれていた。

 口をつけて静かに味わう。少しだけ母さんのお茶とは違う味がした。


「一般的な農家に生まれた次男や三男は、成人しても長男と違って継ぐ農地がないので都会に仕事を求めて出てきます。ですが、仕事を探そうにも伝手もなしでは上手くいきません」


 農村から出てきた若者が都会のど真ん中で途方にくれる姿は、もはや王都の名物と化しているらしい。


「そうした相手に仕事を斡旋して仲介料をもらうのが《口利き屋》の連中なんです。詐欺師まがいの連中も多いですが、貴族らから依頼を受けている者も多く、全てを取り締まることはできません。

 まあ、あの子が給金をまともに貰えなかったというのは、おそらく仲介料を天引きされたか、お仕着せの分の代金を立て替えていたんでしょう」


「お仕着せ?」


「貴族の使用人がボロボロの服を着ていたら主人の顔に泥を塗りますから。最初に会った時に身につけていたシャツと半ズボンとストッキング、それに普通はブーツとジャケットを加えて一揃いです。

 これは仕事に就くときに自前で用意するものなのですが、お金を持っていなかったというなら代金を立て替えたのでしょう」


 どうやらバイトの制服のような物らしい。

 高校の知り合いで安い給料しか出してないくせに制服の買取りさせられた、と文句を言っている奴がいたが、それと同じなのだろう。


「立て替えたって、そういうことはよくあるんですか? あと、逃げてきても大丈夫なものなんですか?」


「普通は雇う前に立て替えるなんてことはあまりないのですが……見栄えが良かったからかもしれませんね」


「見栄え?」


「珍しい銀色の髪と瞳ですよ。それに顔立ちも整っていますね。

 そうした使用人の見栄えというのも上流階級ではステータスになるんです。お仕着せを着せるのと同じようなものですよ」


「珍しい色……ですか」


(ラチナが【精霊族】というのと関係あるのか? 普通の人間には出ない色とか?)


 王城や道中に見かけた人間たちの姿を思い出したが、大抵は金色か明るい茶色系統だった。銀髪に見えた人も何人かいたが、あれは高齢で白髪が混じっただけで元は金髪だと思っている。


「銀髪銀目の人間はどのくらい珍しいんですか?」


「この辺にはほとんどいません。何でも遥か北の大地に見事な銀の髪を持つ一族が住んでいるとか……。

 それらしい人間を私も王都で見かけたことがありますが、せいぜい年に数人です。

 あの子もそこの出身かと思いましたが、話を聞いても一体どこの出身なのやら……すみませんが、私には皆目見当がつきません」


「……そうですか」


「ああ、勤め先から逃げてきたということですが追手に関してはそれほど心配いらないでしょう。


 使用人が逃げるなんてよくあることですし、これから行く街ならまず見つかることはありません。最悪見つかっても知らぬ存ぜぬ、他人の空似と突っぱねれば大丈夫でしょう」


「……貴族相手ですよね? それで大丈夫なんですか」


「逆ですよ。たかが使用人一人が逃げた程度、それで騒ぎになれば困るのは相手の方ですから」


 この時、ロナウドさんがどんな顔をしていたのか、後になって思い出そうとしても何故か思い出せなかった。


「逃げられる方が間抜けなんですよ」


 ただ、この言葉だけはずっと耳に残り続けている。


 ◇


 王都を出発してから十日。当初の予定では一週間の予定だったが、途中でラチナを拾ったことを考えれば十分に許容範囲内だろう。


 街の名前は《シルド》。

 主要な街道から離れており流通が不便な為に人の出入りは少ない。街の目貫通りも活気がなく半分眠っているような雰囲気の街だ。

 街の周りは石造りの城壁がぐるりと囲われており、内部も煉瓦や石造りの建物が多かった。少し歩いただけだが、薄暗い灰色の街という印象が強い。


 なぜ街道沿いから離れたこんな場所に街があるのか?

 それはこの街の特異性が理由だった。


 【初級ダンジョン:蠱惑の森】


 この街の中心にダンジョンの入口が存在している。

 このダンジョンが外へ溢れないように蓋をすること。


 ――《封印の街》。それがこの街の役目だ。

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