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その名はラチナ

 翌日。

 昨日拾った少年――ラチナがまだ目を覚まさないので、今日もこの村に滞在することにした。あと、ロナウドさんも疲労が溜まっていたので休んでもらうことにした。

 ラチナだが、昨日と同じく村長の奥さんに作ってもらったスープを適当に飲ませつつ、基本的には放置。たまに俺の【祝福】の実験台になってもらっている。


 あの後いろいろと試したのだが、まず俺の【祝福】は人間にしか効果がないことがわかった。

 村に飼われていた犬や鶏や、馬車の馬を相手に試してみたが何の情報も見れなかった。元からオーラも見えていなかったのだからこれは仕様なのだろう。

 逆に相手が人間(ラチナは精霊族だが、これも人間扱い?)ならステータスを丸裸にできる。

 暇つぶしに村を探索した時に試したが、視界の範囲内なら距離は関係なかった。豆粒より小さくても情報がきちんと表示された。


 表示される情報だが、現在の情報はほぼ何でも見ることができる。

 筋力や体力、魔力などの基本的な能力値や使える【武術】や【魔法】、身に着けている【技能】もわかった。


 ステータスを見たところ、騎士であるロナウドさんは《筋力》や《体力》などの物理的な能力値が高く、【技能】も《剣術》や《騎乗》、《サバイバル》などを身につけていた。

 一応【魔法】も使えるらしいが、属性は《火》と《風》のみ。他のステータスと比べると魔力は低めで使える魔法の種類も少なかった。


 寝ているラチアを見てみると、体力関係のステータスが軒並み低い……というか、酷い。まあ、行き倒れて死にかけていたのだ、これで体力があったらその方がおかしいか。

 《魔力》はそこそこあったが【魔法】は覚えていない、それと能力値の中で一番高かったのは《感覚》の値だった。この感覚というのは五感すべてを示すだけではなく、手先の器用さとか反射神経の良さなども含めているらしい。

 また、【技能】を見たところ、《家事》スキルの他には《忍び足》と《聞き耳》を持っていた……どこで覚えたんだ、このスキル?


 これらの現在の情報は自由に見ることができたが、なぜか過去の情報は一部しか見れなくなっていた。

 未来の情報となると全く見ることができず、幸か不幸か、最初にこの能力を発動させた時のように情報が氾濫するような事態は起きなかった。

 確認できた過去の情報だが【称号】という情報に、行動の記録が少しだけ残っていた。


 というわけで、ラチナのステータスは次のようになっていた。



**********


 名前:ラチナ

 種族:精霊族

 称号:【忘れられた一族】【世間知らず】【ミクス男爵家の元使用人】【逃亡者】【行き倒れ】

 所属:なし

 武術:なし

 魔法:なし

 技能:《家事》《忍び足》《聞き耳》

 状態:衰弱(中度)


**********



 ……どんな人生だったのか、なんとなくわかるような気がしなくもない。


 ◇


 夜。


「ん……」


 夕食にスープを食べさせようとしたところで、ラチナが目を覚ました。

 スプーンを手に寝ているラチナに覆いかぶさるようにしていた俺の瞳と、ラチナの瞳が重なる。

 初めて見た彼の瞳は髪の色と同じ銀色に輝いていた。


「……?」


 意識がはっきりしていないのか、ぼんやりと俺のことを見つめ返してきた。


「スープだ。飲めるか?」


 まだ暖かいスープを口元に持っていくと少し鼻を鳴らして匂いを嗅いだあと、ちびちびと飲み始めた。

 飲む速度は遅かったが驚異的な食欲を見せ、あっという間に鍋を空にした。明日の朝食の分(俺とロナウドさんを含む)も全部平らげたのだ。とても病み上がりとは思えない。


 幸せそうな顔のラチナの横に座り、話しかけた。


「俺が君を拾ってここに連れてきたんだ。道の途中で行き倒れていたんだけど、覚えているかな?」

「………………」


 そう告げると、何かを思い出そうとするみたいにぼんやりと宙を見つめ、少し時間をおいてから、小さく頷いた。


「らちなは……しにかけていました」


 少し枯れていたが、子供の特有の甲高い声がした。


「ああ、俺たちが通りがからなかったらそのまま餓死していただろうな」


「らちなはかんしゃしています」


 不思議な抑揚と独特の言葉遣いで喋る子だった。

 銀の瞳がまっすぐに俺を見据えていた。


「らちなはらちなともうします」


「ああ、ラチナって名前なんだな。わかったよ」


「……らちなは、らちなともうします」


「? だから、わかったって」


「らちなは、らちなと、もうします……!」


 涙目で三回目の自己紹介をされた。意味がわからない。

 ラチナの名前がラチナということはもう知っている。他に何か伝えたいことがあるんだろうか?


(……あ)


 少しだけ考えを巡らせて、俺は自分の失態に気がついた。


「……俺は高羽綾人。綾人って呼んでくれ」


 俺の名前を告げると、ラチナは初めて微笑んだ。


「らちなは、あやとにかんしゃしています」


 ◇


 簡単な自己紹介をした後、ラチナはまだまだ話したそうな顔をしていたが、病み上がりだからと無理やり寝かしつけた。

 元気に見えたが体は休息を求めていたようで、布団にくるまるとすぐに寝息を立て始めた。

 寝ているラチナを起こさないようにしてスペースを空けると、昨日と同じように横になる。


 ひとり寝のできない幼児みたいで情けないが、誰かが隣にいると確かに安心する。

 人が寄り添い合うのはこの安らぎを求めるからなのだろうか。


(……弟とかいたらこんな感じなのかな)


 兄はいたが弟はいなかったし、昔は年下の兄弟のいる家庭を羨ましがったりした記憶がある。

 だが、それを抜きにしても、こちらに来て【王】の候補者として以外の立場で初めてまともに顔を合わせた相手だ。いろいろと聞きたいこと、話してみたいこともたくさんある。


(仲良くなれればいいな)


 明日のことを楽しみに思いながら、久しぶりにゆったりとした気持ちで眠りにつくことができた。

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