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眠る少年、目覚めた【祝福】

 少年を馬車に乗せて近くの村に運んだ。

 宿もない閑散とした村だったが、一番大きな村長の家の一室を騎士が交渉して借りることができた。

 村長さんの奥さんに頼んで胃に負担をかけないスープを調理してもらい、ベッドに寝かせた少年の口に運ぶ。意識はないが喉が動き、スープを飲み込んでくれた。

 水分と栄養を取ればそのうち目が覚めるだろう。幸い怪我や病気はないらしい。


 彼が着ていた服だが、やはり村長さんの奥さんにお願いして他の服を用意してもらって着替えさせた。

 彼が着ていた服も一応洗濯して干してもらったが、改めてじっくりと見てみてもボロボロで、雑巾くらいにしかなりそうになかった。


 スープの食材代や少年の着替え代は当然俺が出している。彼を拾ったのは俺の我がままなのだから、当然面倒は見るつもりだ。


「失礼いたします」


 ベッドの隣の椅子に腰掛け様子を見ていると、ドアを開けて騎士が入ってきた。


「どうかしました?」


「はい、本日の就寝場所についてご相談に。この家の者に命じてもう一部屋ご用意いたしますか、それとも馬車の中でお休みになられますか。いかがなさいますか?」


 普通なら家の中の方がいいのだろうが、今回用意された馬車には長距離移動の為に十分な広さのベッドスペースが備え付けられており、この家のベッドよりも快適に寝られるようになっている。

 異世界版キャンピングカーといったところだろう。

 なので、こうして確認を取られるのもおかしくはないのだが、


「今日はこの部屋で寝ます」


 俺はこの子の面倒を見ながら夜を明かすつもりだったので、どちらも必要ではなかった。


「この部屋で、ですか?」


 騎士が部屋の中を見渡し、困惑の表情を浮かべる。

 室内には少年が横になっているベッドと、その横に置かれた俺が座っている椅子しかない。寝具をもう一つ持ち込めるような余裕はなかった。


「眠くなったらこの子を横にどけて寝ますよ。この子は小さいからスペースは十分ありますし。そういうわけなんで俺のことは気にしないで貴方もゆっくり休んでください」


「いえ、そういうわけには……では、部屋の前で待機しておりますので、何かありましたらお声をおかけください」


「……無理しないでいいですよ? ゆっくり休んでください」


「任務ですので。では」


 一礼をし、部屋から出ていく。きっとさっき言ったとおりに扉の前で待機するつもりなのだろう。


【名前:ロナウド・ルニマ

 種族:人間

 所属:王国第二騎士団

 状態:疲労(軽度)】


 休んで欲しいというのは本当なんだが、まあ鍛えているしなんとかなるんだろう。

 そう思うことにした。


 ◇


 あの時。


 俺はこの少年のことを知りたいと願った。

 この世界に来てから初めて、誰かのことを知りたいと心の底から願った。


 ――次の瞬間、あの声が聞こえた。


《――権能保有者からの要請を確認しました》


 不思議な声だった。老若男女といった特徴が何もない、作り物の機械じみた声。

 あの声が聞こえた瞬間、どこかで何かが動き出したような気がした。

 空回りしていた歯車ががっちりと噛み合ったような、そんな感覚。


 それまでオーラしか見えていなかった情景に重なって、封を切ったように情報が溢れ出した。

 モニター画面を埋め尽くす大量のウィンドウのように、情報の洪水が俺を襲った。

 過去や現在だけではない、ありとあらゆる可能性、未来の情報まで含めた膨大な情報の渦のただ中に俺はいた。夜空に輝く星々のように数え切れないほどの情報が開かれ、その全てを認識することなど不可能だった。


 そして、倒れていた少年――ラチナの情報が恐ろしい勢いで流れていく中で、気がつけば夜空の星に名前をつけて星座を作るかのように、自分の理解できるもの、必要なものだけを選び出していた。


 ――彼のオーラは黄色。敵意はない。


 ――所属している団体や組織はなし。盗賊の一員ではない。


 ――飢餓による衰弱、身動きすらできない瀕死の状態。俺たちを襲うことはできない。瀕死の彼に危害を加えるような存在も周辺にはいない。


 彼は本当にただの行き倒れだった。


 そう思った瞬間、情報の渦から抜け出し、俺は動き出していた。

 動いた理由は同情なのか。それとも何も持たずに干からびて死んでいこうとしている彼が、未来の自分の姿に重なったのか。


 ただ、助けなければと、強い衝動に突き動かされていた。


 ◇


 ベッドの上に眠る少年を見る。

 いくつもの情報が開いたが、俺はそれを認識する前に閉じた。

 見ようと思ったらいつでも見えるし、閉じようと思ったら自由に閉じることができる。

 意識していない状態だとデフォルトでオーラの色のみが見える。


 これが俺の【祝福】の正しい使い方だったのだ。オーラを見る能力はほんの一部分、氷山の一角に過ぎなかった。

 城にいた間、俺はそのことを理解せず、理解しようともしていなかった。


 眠る少年の髪に触れた。

 白だと思った髪は、埃を落として軽く水で拭うと銀色に輝いていた。


 【種族:精霊族】


 どうやら彼は人間ではないらしい。

 先ほど見たロナウドさんは人間だったし、この村で見かけた村人や村長さん一家も人間族だった。

 人間以外の種族がいるということもついさっき知った知ったばかりだ。



 俺は何も知らない。

 何もできない。

 この世界に来て早々に大失敗をやらかしたばかりだ。


 だけど、もう間違えない。

 この【祝福】を信じてみよう。

 信じて、受け入れて、恥じることなく生きていこう。


 この少年の命を救えたように、俺にもできることがきっとあるのだから。

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