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その目に映るもの

連続投稿はこれがラスト

 旅は順調に進んだ。騎士とは特に会話もなかった。道中のほとんどを俺は馬車の中で丸まって寝ていた。


「高羽様、少し揺れますのでしっかりとお掴まりになってください」


 三日目、旅路も半分を過ぎようという頃に御者席の騎士から珍しく声をかけられた。


「……どうしたんですか?」


 道が荒れているとかそういうことだろうか。

 この世界の街道はかなり近代的な整備をされているらしく、馬車内部もほとんど振動がこない。

 それなのにわざわざ揺れると言ってくるというのだから、何かがあっただろう。


「道の先に人影あります。どうやら行き倒れのようですね」


「行き倒れ?」


 御者席へ繋がる小窓を開けて顔を出す。進行方向を確かめると、確かに何かの塊が路上に転がっているのが見えた。まだ距離がありすぎてよくわからないが、あれが人間なのだろう。


 騎士なのだから行き倒れを見つけたら保護くらいはするのだろう。あそこに倒れているのはどんな人間で、どんな経緯で行き倒れることになったのだろう。

 そう、軽い気持ちで騎士に尋ねた。


「どうするんですか?」


「このまま速度を上げて走り抜けます」


「――は? このまま? え? ……でも、あの人は道を塞いでいますよね」


 人影が倒れているのは道のど真ん中。この馬車の幅なら多少端に寄ったとしても、必ず体のどこかを引っ掛けるだろう。


「盗賊が扮している可能性があります。止まったところを狙われたら走り出す前に馬を射られて動けなくさせられます。

 あの人間が生きているとは限りませんし、跳ね飛ばして進むのが一番安全で確実です」


 何でもないようにさらっと答えが返ってくる。

 彼の視線はもう路上の行き倒れには向いておらず、その周辺の地形や木々を探っていた。

 どこかに待ち伏せがいないかと警戒しているのだ。


「馬車にも多少の衝撃が来ると思います、高羽様は席にお戻りを」


 俺は動けずにいた。

 あれが本当に行き倒れだとは限らない。騎士の言うように盗賊の一味である可能性もある。

 もし罠だったら、そして盗賊側の人数が多かったら、騎士の手に負えない相手がいたら、俺たちは殺されるだろう。


(だから、このまま走り抜けるのが正解だ)


 不幸な行き倒れが跳ねられてしまうが、彼が死のうが生きようが俺たちには関係ない。

 俺がこの世界で生きていくために、必要なことなのだ。


 嫌な汗がにじんでくる。

 息が乱れている。

 腕の中に抱えた金貨が、重い。


(……本当に必要なことなのか?)


 俺に力があれば、違ったかもしれない。

 盗賊なんて一蹴できるだけの力があれば、罠なんか気にせずに行き倒れを助けたかもしれない。


(……本当にこれしかないのか?)


 俺に仲間がいれば、違ったかもしれない。

 何人もの頼りになる仲間がいれば、自分たちのチームワークを信じて行き倒れを助けたかもしれない。


(……今の俺に、何かできる?)


 信じられるもの。知識? 力? 仲間?

 こんな時でも抱えていた革袋が、何倍も重くなったような気がした。

 頼れるものなんて決まっている。


 金だ。


 この袋の中に詰まった金貨だけが、俺を助けてくれる。

 他には何も頼れるものなんて――



(――いいや、残っている。

 他の誰にもなく、俺にしかないものがある!)



 目を凝らした。

 必死に意識を集中する。


 倒れている人を強く強く意識する。


(――見えた!!)


 全員を覆う【黄】のオーラが、かろうじて見えた。だが、今まで見たことがない程に薄かった。

 オーラが見えるということは、あそこに倒れている人物は『生きている』ということ。だが、それ以外には何もわからない。


 馬車は速度を落とさずに人影に近づいていく。この距離がゼロになったら容赦なく跳ね飛ばして進むだろう。

 それまでに答えを出さないといけないのに、何もわからない。


 この人物は何者なのか。

 どうしてここに倒れているのか。

 周囲に盗賊などの危険な存在はいないのか。


 何もわからない。


 何も知ることができない


(こんなに知りたいと願っているのに!!!)





《――権能保有者からの要請を確認しました》


「……え?」






 ――そして、世界が目の前に開かれた。







 抱えていた金貨の袋が床に落ちて、音を立てて転がった。

 それに一瞥もくれず、急いで御者席の騎士へと詰め寄る。


「馬車を止めろ!!」


「高羽様!? ですから、あれは盗賊の罠の可能性があるのです! 止めることはできません!」


 騎士がムチを振り上げ、速度をあげようとした。


「あの子は盗賊じゃない! いいから止めろ!!」


 小窓から腕を伸ばし、そのムチを掴む。俺の突然の行動に泡を食っている騎士から手綱を奪った。


(馬なんか乗ったことないけど、漫画とかで読んだことはあるんだよ!!)


 思い通りに動かすなんてことはできない。でも、どうでもいい雑学の一つくらいは知っているのだ。

 例えば馬を止めるには手綱を引けばいい、とか。


 力を入れすぎると馬が暴れるかもしれない、と妙に冷静な意識が囁く。手綱を握り、ぎこちない手つきで少しだけ引いた。

 それまでのスムーズな動きとは違った緩慢な動作だったが確かに馬足が緩んだ。馬車が慣性を殺しながらゆっくりと止まろうとする。


「ああ!! なんてことを!!」


 騎士に手綱を奪い返された。だが、馬車の速度はもう十分に落ちていた。扉を開けて外に飛び出した。

 着地の瞬間につんのめりかけたが、転ぶことなく無事に着地に成功する。そのまま倒れている人影に駆け寄った。


「高羽様、危険です!! お待ちください!!」


 騎士が慌てて馬車から飛び出し背後から制止の声をかけてくるが、すでに俺は行き倒れた人の元にたどり着いていた。


 行き倒れていたのは小柄な少年だった。龍城少年よりさらに小さい、小学三、四年生くらいに見える。

 全身埃と泥だらけで、着ているシャツは何かに引っ掛けたのかボロボロ。半ズボンにストッキングも似たような状態で、靴は片方しか履いてなく、脱げた片方は近くには見当たらなかった。

 肩までかかる白い髪には木の葉や枝が絡まっており、シャツからのぞく腕は枯れ木のように細い。

 傍から見ると死人にしか見えなかった。


 だが、まだ死んでいない。彼は確かに生きている。


【名前:ラチナ

 所属:なし

 状態:飢餓・衰弱(瀕死)】


 俺のにはしっかりと彼の生きている証が映っていた。

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