綾人の【祝福】と候補者激励会
この【力】に気づいたのは、この世界の来た翌日のことだった。
寝て起きたらいきなり人の周りにオーラが見えたのだ、思わず叫び声を上げかけたが、寸前で異世界に来たことを思い出し何とか飲み込んだ。
(色は黄色……だけど人によって微妙に違う? 緑がかったり、赤みが強かったり何の違いだ?)
そのまま観察したところ、ほとんどの人間が【黄】に近いオーラを纏っていることに気がついた。
だが同じ黄色でも多少の違いがある。例えば騎士団のうち、剣もまともに振ることができない俺に対し、露骨に馬鹿にしたような視線を向けてくる奴は【橙】に近く、懇切丁寧に粘り強く教えてくれる心優しい騎士殿は【黄緑】に近い。
魔術師たちや貴族たちでも同じような傾向が見られた。
もちろん、笑顔で親切な相手が【橙】だったり、一見冷徹で近寄りがたい人が【黄緑】だったりと多少の例外はあったが、それでも概ね間違いはない。
この検証をしつつ、身近な人間の一週間の色の変化を探っていたところ、俺付きの従僕たちと仲が良くなる程に【黄】から【黄緑】に変化していき、城の中の噂話などを教えてくれるようになった頃には【緑】に変わっていた。
また、俺の無能さが広まっていき、他の候補者たちの派閥に入った者が増えていくのと同時に、【橙】のオーラの人間が増えていった。
そうした考察結果から、このオーラの色は俺に対する【好感度】のようなもので、これが俺が神から与えられた【祝福】に違いないと判断した。
大変便利で人間関係を円滑にする力だが、同時に戦闘にはなんの役にも立たない力だった。
俺はこの【祝福】のことを黙っておくことにした。
いらない誤解や諍いの元になるかもしれないし、他の候補者たちと違い、戦闘に使えない能力を持つ俺を見限る人間が今以上に増えるかもしれないと思ったからだ。
俺の【祝福】は不明、まだ目覚めていない、だから将来性がある。そう思わせる必要がある。
【黄緑】や【緑】に近い色の騎士・魔術師たちにも今まで以上に積極的に声をかけて協力を仰ごう。他の候補者のような派手な力がない分、地道にコツコツといくしかないだろう。
(問題山積みだな……)
夕食を食べ終え、寝る前に今日の復習を簡単に行ってから就寝する。
照明を落とした暗い室内でこの一週間で仲良くなった相手を思い浮かべ、彼らとパーティーを組むために今後どうすればいいかを考えるのだった。
◇
「すみません。お誘いいただけたことは光栄ですが、今の職場を離れるつもりはないのです」
「そうですか……すみません、いきなりこんな話をして」
「いえ。私のような若輩者にお声をかけていただきありがたく存じます。――では、これで失礼させていただきます」
「お仕事頑張ってください」
「はい」
振りからずに去っていく騎士の背中を見送った。
(また失敗か)
嘆息を一つつき、気持ちを切り替える。最初は落ち込んだものだが、これで失敗も五人目となると嫌でも慣れる。
なぜ勧誘に失敗するのか、問題点と対策を考えないとこれ以上の進展はなさそうだ。
(色は【緑】なんだよな、まだ好感度が足りていないのか?
それと一度勧誘に失敗すると好感度が減るのが痛いな。好感度の高い相手から声をかけたのは失敗だったか)
先ほど声をかけた騎士も、勧誘して断られた瞬間に【緑】から【黄緑】に色落ちしてしまった。
態度には出ていなかったが好感度は確実に下がったと見ていいだろう。
(他に候補になりそうなのは――)
脳内に知り合いと【色】をリストアップし、誰と接触するのか考える。
せめて騎士一人と魔術師一人は仲間にしないと厳しいだろう。
「――よし、行くか」
次の攻略対象を決定し、俺も歩き出した。
◇
勧誘は一旦諦め、再び好感度稼ぎを始めた。
もちろん鍛錬は真面目に行う。何よりも自分が生き残る為だが、努力している姿を見せると好感度も上がりやすいというのもある。
やはり自分から率先して行動する人間は人気が出るということなのだろう。
起床、朝食、鍛錬、昼食、鍛錬、夕食、復習、就寝。
たまに従僕の少年たちた部屋付きのメイドさんたちとおしゃべりをしたりするが、ほぼ変わりのない毎日を送っていた。
こちらの世界に召喚されてから一ヶ月近く経ち、走り込みだけでなく剣を振るう練習も始めたし、魔術の勉強では瞑想の時に自分の持つ魔力を何とか感じ取れるようになってきた。
ほんの少しの進歩だったが、確かな手応えを感じていた。
――一方、勧誘は遅々として進まなかった。
俺と仲の良かった相手に軒並み断られたというのもあるが、どうやら他の候補者たちの派閥争いや取り込みなどが最近は激化しているらしく、少しでも見所のある者は誰彼構わず声をかけられている状態らしい。
「高羽様、ビスマルク様は百代様のパーティに参加することにしたらしいですよ」
「ビスマルクって、神聖騎士最強と言われている、あの?」
「はい。あと、宮廷魔術師のロウリー様も百代様のパーティに正式に加入するとか」
「百年に一人の天才少年魔術師、か。どんどん強化されていくな」
「百代様の回復魔法はそれだけ強力ですからね。ご家族の病気や怪我を治してもらったという者がこぞって参加しています。この二人もその縁で加入を決定されたとか」
「そうか」
ビスマルクは最高戦力の一人、ロウリーは魔術師の中でも将来性No.1だ。赤髪や白衣と激しい勧誘攻勢をしていたと聞いていたが、決め手は恩だったようだ。
ちなみに龍城少年は美女や美少女を順調に攻略しているらしく、この二人の獲得には動いていなかった。
それはともかく、改めて思う。
(やっぱり、どんな【祝福】を持っているのかは重要だよな)
目に見えるものなら、どんなものでも優劣はついてしまう。
俺の【祝福】ももう少しまともなら発表してもよかったのだが……。
そう、益体もないことを考えてしまった。
◇
その日、いつものように鍛錬が終わって部屋で寛いていたところに、宰相からの使者が訪れた。
重要な話があるらしい。
俺はすぐに支度を整えて宰相の私室に向かった。
◇
候補者たちが召喚されてから一ヶ月が経過した。
最初に集まったホールに候補者が集められた。
一段高くなった場所に少し距離を置きつつ椅子が置かれており、端から少年、女性、赤髪、白衣の順番で座っている。
ホールの中には初日に顔を合わせた国内の有力者のみならず、着飾った服装の貴族や士官服姿の騎士、豪華な刺繍の施されたローブを着た魔術師など、多くの人々が集まっていた。
主催者である老人、宰相が前に進みに出て、声を張り上げる。
「皆様、お集まりのようですな。まずはこのめでたき門出の祝いにご参加いただけたことを心から感謝申し上げます」
今回のパーティは、近々ダンジョン攻略に向けてこの城を出発する候補者たちへの応援の会という題目になっていた。
宰相の開会の挨拶に始まり、候補者たちに異世界から来てもらったことへの感謝の言葉と、これから始まる試練へ向けての激励へと続けていく。
同時に候補者たちがこの世界に来てからどのような日々を送ってきたのか、参加者たちへの説明を兼ねて語り、その努力を褒め称える。
「さて、候補者の皆様に、今回我が国からの贈り物をご用意いたしました」
宰相が合図を出し、候補者たちの前に大きな机と大きな袋が用意された。
袋にはこの国の紋章である【日輪と剣の紋章】が描かれていた。使用人がそのうちの一つの口を開け、パーティの参加者たちに中身を見せた。
ジャラ……ッ
袋の口から黄金の輝きが溢れた。
参加者のうち、幾人かはその輝きに目の色を変えたが、ほとんどの者は気にせずに宰相の言葉の続きを待った。
「これらの袋には一千万ダリルが入っております。どうぞ今後の活動の資金にお使いくださいませ」
「すみません、一千万ダリルってどのくらいの金額でしたっけ?」
龍城少年が首を傾げながら尋ねる。目の前の金貨の山を気にする素振りも見せず、いつもとなんら変わらない態度だった。
「王都にそれなりの屋敷を構えられるか、贅沢をしなければ一家四人が十年は暮らせる金額でございます」
「王都のお屋敷に、十年間の生活費ですか。それは凄いですね、どうもありがとうございます」
にこにこと頷きながら礼を言う。いつの間にか龍城少年が代表のように答えていた。だが、宰相は龍城少年のそんな態度に何の反応を示さず、パーティの段取りを淡々と進行していった。
「この一千万ダリルは国庫からの支度金ですが、皆様へ他にも支援が届いております」
パンパンと手を叩くと、ホールの扉が開きゾロゾロと荷物を担いだ使用人が出てくる。
龍城少年の前に設置された机の上に、先ほどの袋と同じ硬質な音を響かせながらどんどんと袋が積まれていく。それらの袋には各家の家紋が描かれていて、一つとして同じ紋章はなかった。
袋の数が十を越えたあたりで今度は丸めた羊皮紙の束や、ピカピカに磨かれた新品の鎧や盾、衣服、マントなどが運び込まれ、机上に乗り切らない分はホールの床の上に置かれた。
樹少年の目の前に、瞬く間に金銀財宝の山が築き上げられた。
「まずは【光輝の神】の候補者、龍城大和様へのご支援です。贈り主は――」
宰相がリストを手に贈り主の名前と何を贈ったのかを読み上げる。先ほどの一千万ダリルの金貨の山など一瞬で吹き飛ぶほどの衝撃だったが、龍城少年は嬉しそうに顔を綻ばせ、
「みんな、ありがとう! 僕、頑張るよ!」
そう、支援者たちに向けて笑顔を浮かべてみせた。
「次に【慈愛の神】の候補者、百代苺様――」
龍城少年と同じ金貨の詰まった袋や羊皮紙の束に、ローブや杖などが複数。そして色とりどりの大量の満開の花束が運び込まれた。
涙声の、震える声で彼女は礼を言った。
「【武芸の神】の候補者、斎藤大輔様――」
集まったものは武具がほとんど。ひと目で業物とわかる名剣や名槍といった武器に、高名な鍛冶師が作った防具の数々が山と積み上げられた。
これは鍛錬のしがいがある、と赤髪が野太い声で応えた。
「【魔術の神】の候補者、鈴木壮也様――」
ローブや杖が運ばれたのは女性の時と同じだったが、他にも怪しげな素材や鉱石、檻に入れられた生きた魔獣などが届けられた。
これで研究がはかどりますと、涼しげな顔で言って終わった。
「では、この後はどうぞお寛ぎになられてご歓談をお楽しみくださいませ」
壇上から四人の候補者が降りる。
――五人目の候補者の姿はそこにはなかった。




