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美しい花には

 ギルドで依頼を受けて、今日もまたダンジョンに潜る。


 階段を上って少し歩けば、すぐに足の踏み場にも困るような一面の花畑にぶつかる。

 俺とラチナは二手に分かれ、いつものように近くの花に手を伸ばした。


 魅惑花。

 直径三十センチほどの百合に似た大輪の花。花びらの色は特に決まった色がなく、赤青黄白黒など、様々な色彩がある。

 中心部分からは長い雌しべが一本と、その周りを囲むように何十本もの雄しべが生えており、少しでも揺らすとこの雄しべから花粉が飛び散って、周囲にいる人間へと襲いかかるのだ。


 この花を揺らさないように手で抑えながら傾けていくと、花芯の奥から金色の蜜がこぼれてくる。

 革袋の口を開き、その雫を受け止め、蜜が途切れたらまた次の花へと移る。

 金花蜜はこうした地道な作業の積み重ねで集められ――


「あ」


 ――傾けた花の中から、蜜ではなく金と黒に彩られた一匹の蜂が転がり出てきた。


「パニック・ビー……!」


 この蜂こそが第一階層に出てくる唯一のモンスター。

 大きさは子供の握りこぶしほど、行動は花の蜜を集めるだけで、大変大人しく臆病。

 戦闘力をほとんど持たず、こうして予期せぬ対面をしても、人間に襲いかかってくることはない――このダンジョンで一番危険なモンスターだ。


 ――BIIBBBBBBBIBIBIIBIBBBBBBBBBBIBIBI!!!!!!!


「――くっ」


 けたたましい音を立てながら蜂が飛び立つ。

 真っ直ぐに空へ向かって飛び上がる――なんてことをこの蜂は決してやらない。

すぐ隣の花へと突撃した。


 当然のように、周囲に花粉が飛び散る。


 それを気にせずに蜂はまた別の花、隣の花、近くの花に手当たり次第に体当たりを仕掛けていく。


 ――BBBBBBBIIIIBBIBBBBIBIIBBBBBB!!!!


 思わず耳を塞いでしまうほどの大音量を上げながら、狂ったように近くの花へ突撃をかまして、際限なく金色の花粉を飛び散らせていく。

 この行動からついた通称がパニック・ビー。

 ギルドでは【狂殺蜂】という名がつけられた、このダンジョンの死亡原因ぶっちぎりの第一位だ。


 視界があっという間に金色の霧に覆われて何も見えなくなった。耳をそばだてても大音量の蜂の鳴き声しか聞こえず、息を吸い込めば花粉を吸ってしまう。

 経験の少ない駆け出し冒険者なら、この状況にパニックになってしまいそのまま全滅するだろう。

 経験を積んだベテランでも一つ対応を間違えばお陀仏だ。

 初級ダンジョンで最も危険なダンジョンというのは伊達ではない。



「びっくりした……何度やっても慣れないな」


「らちなはおどろきました」



 そんな致死トラップの花粉の霧の中から、普通に出てくる俺とラチナ。

 服についた花粉を手で叩き落とす。本来ならこの花粉一つとっても劇薬のように取り扱いを中止しなければならない。舞い上がって吸い込んだら一大事なのだ。


「ラチナ、髪にもついてるぞ」


 だが、俺たちは気にしない。

 ラチナの髪にくっついていた花粉をぱっぱっと手で軽く落としてやる。舞い上がった花粉を少し吸い込んだかもしれないが、俺とラチナには何の影響も出なかった。

 これが俺たちが金花蜜の採取を続けてこれた理由だった。


 ◇


 最初にダンジョンに潜った日のことだ。


「そーっとだぞ、そーっと。花粉が飛ばないように気をつけるんだ」


「らちなはそーっとはこびます」


 金花蜜の採取を始める前に、実際に魅惑花の花粉がどれくらいの効果があるのかを確かめようとして、一輪だけ摘み取ってみたのだ。

 下手に揺らすと花粉が飛び散るので、感覚が高く手先の器用なラチナが採取と運搬を行った。


「よし、ここなら大丈夫だろ」


 階段を上がってすぐ。この周辺だけ花が生えておらず、広場のような場所になっている。ここで花粉の実験をしてみて、何か異常があったらすぐに階段の下まで戻る予定だ。


「さてと、どっちから試してみる?」


「らちながやります」


「ラチナが? いいのか?」


「らちなはだいじょうぶです」


 普段と変わらない顔つきだがなんとなく熱意が感じられる。どうやらやる気まんまんのようだ。


(ラチナなら小柄だから俺でも運べるし、最初に試す分にはちょうどいい……のか?)


 魅惑花の花粉は《魅了》されるだけで、ダメージがあるとか重大な後遺症が残るといった危険はないらしい。

 さすがに吸い込んだだけで死ぬような毒なら到底試す気にはならないが、少しの間行動不能になる程度なら問題はないだろう。


「らちなはためします」


 俺と距離を置いてから、ラチナが手の中の花を揺らす。

 軽く揺すっただけなのに花が爆発したかのように花粉が一瞬で広がった。


(あんなに飛び散るのか……あれをひと呼吸でも吸ったらアウトとか、本当に危険なダンジョンだな)


 ラチナの小さな体が金色の煙に包まれたように見えなくなった。


 ――一秒、二秒、三秒……


 動きはない。

 そのまま微動だにしないまま十数秒ほどたち、漂っていた金色の粉は風に流されて消えていった。


「ラチナ……?」


 手の中の花を見つめていたラチナに、恐る恐る声をかける。


「おい、ラチナ? 大丈夫か? 俺がわかるか?」


「らちなはだいじょうぶです」


 返事が返ってきた。

 いつもどおりの言葉に安堵した、が。


 ラチナが、もう一度花を揺する。

 広がる花粉。

 金色の煙に包まれる小さな身体。


「――お、おい!? ラチナ!?」


「らちなは、だいじょうぶ、です……」


 煙の中で動く気配がして花粉の量が更に増えた。

 どんどんと色濃くなっていく様子に、思わず足を止めてしまった。


 しばらくして、ようやくラチナは動きを止めたようだった。

 風が吹いて、重く立ち込めた金色の粒子を運んでいく。


 薄くなった煙の中から体中を黄金に染めたラチナが出てきた。

 右手にはまだ魅惑花をしっかりと握っていた。


 ラチナが俺の前に歩み出て、止まる。



 ――そして、俺の目の前で右手を動かした。



 「らちなはだいじょうぶです」


 ――魅惑花からは、それ以上花粉が飛び散ることはなかった。


 どうやらラチナが全部払い落としたらしい。


「……お、脅かさないでくれ……」


 一瞬、ラチナが《魅了》されたのかと思った。

 だが、ラチナはあれだけ濃い花粉に包まれていたにも関わらず、普段と何一つ変わらず平然としていた。


(やっぱり、あれのおかげなのか?)


 馬車に乗っている間に【祝福】でいろいろと試していた。

 その成果がこれだ。


**********


 名前:ラチナ

 種族:精霊族

 →種族特性:《精霊視》《感覚鋭敏》《精神無効》《毒耐性》《炎熱耐性》《氷雪耐性》


**********


 ラチナのステータスを見ている時に気がついたのだが、それぞれのステータスから更に詳細な説明を見ることができるのだ。

 ラチナの場合、【精霊族】というレアな種族故か、特性として以下の6つの特性を取得していた。


 《精霊視》  受肉した精霊の末裔。【精霊】を視ることができる

 《感覚鋭敏》 鋭敏な感覚を有している。《感覚》の能力値上昇

 《精神無効》 特異な精神構造をしている。《精神異常》を全て無効化する

 《毒耐性》  自然物に対して耐性を有する。《毒》に耐性

 《炎熱耐性》 自然現象に対して耐性を有する。《炎熱》に耐性

 《氷雪耐性》 自然現象に対して耐性を有する。《氷雪》に耐性


 どれもこれも気になるところだが、今回注目するのは《精神無効》と《毒耐性》の特性だ。

 おそらく、魅惑花の花粉は《精神異常》か《毒》のどちらかな、もしくは両方なのだろう。だから無効と耐性を持つラチナには効果がでなかったのだ。


「とりあえずその花の蜜を採取するか」


「らちなはみつをあつめます」


 花を逆さにして蜜を革袋に集める。

 あと何本か花を取ってきて確認するつもりだが、おそらくラチナはこのフィールドで採取しても大丈夫だろう。


「さて。次は俺だが……信じてるから、頼むぞ?」


 自分・・のステータス画面に目を落とした。


**********


 名前:高羽綾人

 種族:異世界人/世界改変因子

 →種族特性:異世界人:《異世界言語》《病毒無効》

      :世界改変因子:《変動誘発》


**********


 ◇


 ――その後、同様の実験の結果、《病毒無効》は魅惑花の花粉にも有効だということがわかった。

 つまり俺たちにとってしてみれば、このダンジョンは何の危険もない、金のなる木も同然なのだ。


「よし、再開するぞ! 目標は二袋! 目指せ、十万ダリル!」


「らちなはがんばります」


 さあ、今日もバリバリ稼ぐぞ!

《異世界言語》《病毒無効》は異世界人に共通の特性です

《病毒無効》は異世界特有の未知の病気や、食文化の違いによる中毒などを向こうにします

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